令和2年予備試験憲法の論述例と若干の補足

論述例

1 憲法上の権利の制約
 報道関係者が犯罪被害者等に対して取材及び取材目的での接触をすることを禁止する本件の立法は、報道関係者の取材の自由を制限する。
 「その他一切の表現の自由」は、民主主義の基盤を保護する趣旨であるから、自己の思想の表明のみならず、事実を他者に伝達することの自由も含む。報道機関の事実の報道は、国民が国政に関与するにつき重要な判断の資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するという意義がある。よって、事実の報道の自由は「その他一切の表現の自由」の一環として憲法21条1項で保障される。報道機関の報道が正しい内容もつためには、事実に関する取材が必要不可欠であるから、報道のための取材の自由も憲法21条1項の精神に照らし、尊重に値する。

2 憲法適合性の判断枠組み
 上記した報道の自由の性質によればその要保護性は高いといえるし、取材の自由は報道内容の正確性担保のため憲法21条1項の精神に照らして尊重されるべきものである。しかし、憲法上保障されているものではないから、その要保護性は同条項で保障される人権と比して低いといえる。(※1)
 本件の立法は、報道関係者が犯罪被害者等に対して取材及び取材目的での接触を禁止し、当該犯罪被害者等の同意がる場合に限ってこれを解除する。この規制方法は、被害者等の同意がない限り犯罪等に関して被害者等からの情報を得ることを封じることとなり、犯罪等に関する報道できなくなり、あるいはその内容が希釈され、報道機関の事実の報道が公の批判を受ける機会を減少させ、国民の知る権利への奉仕が不十分になってしまう。そのため、本件の立法が、取材の禁止に違反した報道関係者に対しては行政手続法等の定めるところに従って憲法上適正な手続を履践した上で取材等中止命令を発することができ、その命令に違反して初めて処罰されるという、適正な手続が保障された段階的な実効性確保手段になっているという手段の穏当さを加味しても、取材活動への制約は強力なものといえる。(※2)
 よって、本件の立法は、立法目的が重要で、目的達成の手段が実質的関連性を有する場合に合憲となるものと考える。

3 個別的・具体的検討
 本件の立法目的は、犯罪被害者等の私生活の平穏を確保する点にある。この点、私生活の平穏は主観的な利益であり、取材の自由を制限するには不十分との評価もあり得る。しかし、メディアスクラムによって犯罪被害者等が何の落ち度もなく悲嘆の極みというべき状況であることも多く、そのような状況は人格的生存(憲法13条後段参照)が確保されているとは言い難い。よって、取材活動の制限によって獲得できる利益は憲法的保護を受けるものであり、取材の自由の制約根拠として充分なものであるといえるから、立法目的は重要である。(※3)
 本件の立法の規制手段は、犯罪被害者等に対する取材及び取材目的での接触を行うことを禁止し、当該犯罪被害者等の同意がある場合はこれを解除するというものである。取材活動によって生じる私生活の平穏への悪影響は、取材活動自体を禁止すれば生じなくなるから、立法の目的を促進する関係にはある。また、この同意は、被害者等において報道関係者一般に対しても、特定の報道関係者に対する者でもあり得、希望がある場合は記者会見等で一部又は全員の取材等に同意しないことを公表できる。犯罪被害者等が取材に応じるかは任意であるから、上記のような取材等を許すか否かを被害者等の意思に委ねる方法は目的を阻害する効果があるわけではない。(※4)
 もっとも、メディアスクラムは国民の耳目を集めることが期待され、あるいは国民が国政に関与するについての重要な資料となる特定の事件・事象に際する取材活動において生じる可能性が高いと考えられ、犯罪すべてにその可能性があるとは考え難いため、「犯罪等」を規制対象とすることは広きに失する。(※5)
 また、取材及び取材目的での接触には自宅・勤務先等への訪問、電話、ファックス、メール、手紙、外出時の接近等が含まれ、これらは取材及び取材目的での接触の典型的方法である。これら全てを禁止の対象とするのではなく、被害者等の私生活への影響が大きいと考えられる直接の接触や電話・ファックス等の方法に限定し、比較的穏当な方法であるメールや手紙等により取材交渉の余地を残すことでも充分に立法目的を達成することができる。(※6)
 これに対し、犯罪等について捜査機関が捜査に当たる場合は、犯罪被害者等が取材等に同意するか否かについて確認し、報道関係者から問い合わせがあった場合に回答するというルートが残されている以上、取材方法に対する制限は過度なものとはいえないという反論があり得る。しかし、取材に応じるか否かという犯罪被害者等の意思は時間の経過や取材者との接触の中で変わり得るものであるから、取材のための接触として比較的穏当な手段までも奪うのは行き過ぎであると言えるし、捜査機関にとって被害者の供述は重要な証拠資料であるから、取材によって被害者が刺激され、捜査に支障が生じることを避けるというインセンティブが生じ得、捜査機関による被害者等への取材等に同意するか否かの確認が適正に行われるものであるか疑いが残るといえる。(※7)
 さらに、取材活動を被害者等の同意にかからしめる事前抑制的方法を採らずとも、犯罪被害者等の私生活の平穏を害する悪質な態様の取材活動を行った報道関係者を摘発することでも立法目的を達成することは可能である。(※8)
 以上の次第であるから、本件の立法の手段の必要性が認められず、目的との関係で実質的関連性が欠けると言える。よって、本件の立法は憲法21条1項に反し、違憲である。

以上

 漠然不明確ゆえに無効、過度広範ゆえに無効への言及について

 言及をすること自体によるマイナスはないと思いますが、題意としては言及を求めていないのではないかと推察します。そもそも出題趣旨に言及はありませんし、明確性や過度広範性の検討を要求するなら参照条文を示さなければ不親切でしょう。過度広範ゆえに無効となるかの検討をした判例である、広島市暴走族追放条例事件(最判平成19年9月18日(百選Ⅰ84))と福岡県青少年保護育成条例事件(最大判昭和60年10月23日(百選Ⅱ108))の事案は、いずれも条文上に「何人も」という表現があり、他の規定を総合すれば過度広範とはいえないという趣旨の判断をしているので、本問が過度広範ゆえに無効の検討を要求しているというのは難しいと思います。

 あり得るとすれば「犯罪…に準じる心身に有害な影響を及ぼす行為」の漠然不明確性の検討です。この点についての判例としては、徳島市公安条例事件(最大判昭和50年9月10日(百選Ⅰ83)、「交通秩序を維持すること」)、札幌税関検査事件(最大判昭和59年12月12日(百選Ⅰ69)、「風俗を害すべき書籍、図画」)、福岡市青少年保護育成条例事件(同上、「淫行」)がありますが、どの事案も条文上の文言が多義的であるという共通点があります。本問の「犯罪…に準じる心身に有害な影響」が判例の事案と同程度に多義的かは一考を要します。

 また、判例は他の法令中の言葉の使われ方を参照したり(札幌税関検査事件は、旧刑法の「風俗ヲ害スル罪」の規定や現行刑法の規律⇒「風俗」は性風俗を指していると考える)、犯罪構成要件になっていること自体から社会的に非難される態様のもの等の限定をしたり(福岡市青少年保護育成条例。徳島市公安条例事件も集団行進等に不可避的に随伴するものは対象外になるはずという趣旨の判示をしている)等その文言の表現ぶりのみに頼って判断しているわけではないので、本問で漠然不明確性の検討をするなら解釈のヒントになりそうな事情を振りそうに思えますが、不見当です。むしろ、犯罪被害者等への取材等の禁止に違反することそれ自体は罰則の対象になっていないわけですから、憲法31条の範疇で論じることは難しいでしょう。

 以上の理由から、私は漠然不明確性ゆえに無効、過度広範ゆえに無効への言及はする必要がないと考えます。それでも不安ということであれば、憲法21条1項を根拠とする漠然不明確ゆえに無効の検討を簡単に行っておけば保険になると思います。

 その他若干の補足

※1
 取材の自由は「十分尊重に値する」権利なので、筆記行為の自由が憲法21条1項の規定の精神に照らして尊重されるべきことを示したレペタ事件(最大判平成元年3月8日(百選Ⅰ72))の「憲法21条1項の規定によって直接保障されている表現の自由そのものとは異なるものであるから,その制限又は禁止には,表現の自由に制約を加える場合に一般に必要とされる厳格な基準が要求されるものではない…」という評価がこの事案でも妥当するだろうと考えています。

 博多駅事件(最大決昭和44年11月26日(百選Ⅰ73))の「十分尊重に値する」とレペタ事件の「尊重されるべき」というニュアンスの差が気になりますが、これをどう評価すべきかは価値判断によると思います。取材と筆記行為はいずれも表現の補助行為に位置づけられますが、筆記行為の方が一般性が高い(表現の自由の中核である思想の表明との距離が遠い)と考えられることが影響しているとするなら、「十分尊重に値する」権利の方が要保護性は高いとも考えられそうです。ただ、普通の受験生であればこのニュアンスを答案で示す技量も時間もないでしょう。

 博多駅事件は公正な裁判の実現等の利益と取材の自由への影響を比較考量する枠組みを示しているので、そのような判断態様からも取材の自由の要保護性は直接保障の権利よりも低いと言えそうですが、これは取材の自由そのものの制約ではなく、将来における取材の自由への支障に着目した制約(あるいは事前制約ではなく事後制約)であったことが理由となっていると考える余地もあります。その点本問は事前抑制的側面があるとも捉えられるので博多駅事件の事案と対比してほしかったのかもしれません。その意味ではやや厳格な中間審査基準は題意に沿っているとも考えられるでしょう。

 他の「尊重に値する」人権としては再婚禁止期間のうち一部を違憲とした最大判平成27年12月16日(百選Ⅰ28)があります。この判例は、「婚姻をするについての自由は,憲法24条1項の規定に照らし,十分尊重に値する」と示しています。また、この判示に続いて、「そうすると,婚姻制度に関わる立法として,婚姻に対する直接的制約を課すことが内容となっている本件規定については…」と示しているので、審査密度を高めた検討をして違憲の判断をしている同事件では、権利の直接制約が理由となって厳格な判断がなされたという評価が可能でしょう。

 以上からすると、基本的に「尊重に値する」人権は直接保障される人権よりは要保護性が劣るが、それが直接制約(再婚禁止期間についての判例から考えれば、全くできない状態等)されている場合には比較的厳格に判断されると考えるのが穏当に思えます。

※2
 犯罪被害者等の同意がなければ所在等ができないという手段は、博多駅事件とは異なりそもそも取材ができないので、比較的厳格な判断枠組みになりそうなことは予想できます。表現行為の事前抑制については、北方ジャーナル事件(最大判昭和61年6月11日(百選Ⅰ68))が「表現行為に対する事前抑制は,①新聞,雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ,公の批判の機会を減少させるものであり,また,②事前抑制たることの性質上,予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く,濫用の虞があるうえ,実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであって,表現行為に対する事前抑制は,表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法21条の趣旨に照らし,厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうる」(丸数字筆者)との評価を示していました。

 判例の評価のポイントは①思想の自由市場への影響と②広汎にわたりやすく、濫用の虞があることです。本件の立法については、犯罪被害者等の一存で犯罪等について取材等ができるか決まるという意味で①への影響は否定できないと思い、答案でも言及しています。②は広汎な規制からくる委縮効果に着目したものです。本問での委縮効果は簡単に想像できるものではなく、答案で言語化するのは難しいと思います。例えば、犯罪等についての取材等に該当するかもしれないと考えて取材を控える可能性を想像すれば委縮効果を肯定することもできるでしょう。
 本件の立法がいわゆるハイブリッド型であることをどのように活かすかも悩みましたが、手段の態様として穏当なのではないかという着眼点として示しました。少なくとも手段審査の中で評価すればいいと思います。

※3
 目的審査では、立法の必要性審査をします。立法はある利益の獲得やある害悪の除去を目的になされるので、立法が着目している利益や害悪が本当に存在するか、その利益の獲得、あるいは害悪の除去が被制約権利の犠牲に見合うものかという検討をしていくことになります。
 目的が重要であるかという審査は、立法が獲得したい利益が憲法的保護を受けるものであるか否かを念頭に置くと説明しやすいと思います。生命身体等の不可逆的な性質がある高次の利益はもちろん、憲法的保護を受けるような重要な利益であれば制約原理たることを認めるのが「重要な目的である」ということです。

※4
 犯罪被害者等が同意するか否かを決定できるという趣旨の手続が設けられていたのでこれに対する評価をしようと試みましたが、手段の適合性として、目的を阻害するようなものではない(犯罪被害者等が取材を受ける義務はないので当然だ)という評価が精一杯でした。

※5
 問題文を読んで、犯罪等はさすがに広すぎやしないかとの感想を抱いたのでその説明をしています。被害者参加制度(刑訴法316条の33以下)でも事件の種類で参加できる範囲が決まっているので、さすがに何らかの制限はあった方がいいのではないかと単純に考えました。

※6
 こちらも広すぎやしないかシリーズです。問題文にあえて取材及び取材目的での接触の具体的方法を指摘していたので使ってほしいのかなという判断です。深読みに過ぎないかもしれませんが、被害者に対する影響の大きさの差があることは確かだと思います。

※7
 出題趣旨に「捜査機関を同意確認のための主たるルートとすることの問題性や,犯罪被害者等の身上が時間とともに,また,取材者とのコミュニケーションの中で変化する可能性についても,考慮して論じることが期待される」という記述があることですし、問題文には捜査機関を通じた意向確認の事情と取材目的での接触も規制対象となることが明らかに記載されているので、これらも手段の必要性審査で論じればよいと思ってここでまとめて説明しています。
 規制態様に第三者が介在している場合は、その第三者が公正な判断を下すことが期待できるのかを分析するようにしていました。捜査機関を信用していないわけではないのですが、被害者等の供述が重要な証拠であることからすると、取材を受けることを回避したいと考えるインセンティブもあり得るのではないかと予想(偏見に近いかもしれません。警察官検察官関係者の皆様ごめんなさい)しました。

※8
 本件の立法の規制手段は事前抑制的なので、事後規制でも充分ではないか、という検討をしています。事前ときたら事後、と反応できるように準備していました。薬事法違憲判決(最判昭和50年4月30日(百選Ⅰ92))も事案に対する個別的検討に際して、以下のように示して許可制を違憲と判断しています。

 「薬事監視員の増加には限度があり,したがって,多数の薬局等に対する監視を徹底することは実際上困難である…ことは否定できないが,しかし,そのような限界があるとしても,例えば,薬局等の偏在によって競争が激化している一部地域に限って重点的に監視を強化することによってその実効性を高める方途もありえないではなく,また,……医薬品の貯蔵その他の管理上の不備等は,不時の立入検査によって比較的容易に発見することができるような性質のものとみられること,更に医薬品の製造番号の抹消操作等による不正販売も,薬局等の段階で生じたものというよりは,むしろ,それ以前の段階からの加工によるのではないかと疑われること等を考え合わせると,供給業務に対する規制や監督の励行等によって防止しきれないような,専ら薬局等の経営不安定に由来する不良医薬品の供給の危険が相当程度において存すると断じるのは,合理性を欠く…。」

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