平成30年予備試験刑事訴訟法の論述例と若干の補足

第1 設問1 ①の行為の適法性
1 甲のシャツの上から臍付近を右手で触った行為は、職務質問に伴う所持品検査として適法か。所持品検査は、警職法2条4項、銃刀法24条の2を除き明文規定がないため問題となる。(※1)

2 所持品検査は口頭による質問と密接に関連し、かつ、職務質問の効果を上げる上で必要性、有効性の認められる行為であるから、警職法2条1項を根拠として許容される。

3 所持品検査は任意手段である職務質問の付随行為として許容されるのであるから、所持人の承諾を得て行うのが原則であるが、常に承諾が必要であるとすると犯罪の予防鎮圧等を目的とし、流動する各般の警察事象に対応して迅速適正に処理しなければならないとする行政警察の責務を果たすことが困難となり妥当でない。
 そこで、強制処分に相当する行為は刑事訴訟に関する法律の規定によらなければ許されないとする警職法2条3項の趣旨から、相手方の承諾がなくとも、⒜捜索に至らない程度の行為は、⒝強制にわたらない限り、所持品検査においても許容されると考えるべきである。そして、これに当たらない行為であっても、これを受ける者のプライバシー等の権利を侵害しうるものであるから、状況の如何を問わずに常に許容されるべきではない。よって、警察比例の原則(憲法31条参照)より、⒞所持品検査の必要性、緊急性、これによって害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況の下で相当と認められる限度においてのみ許容されるものと考える。(※2)

4 ⒝甲のシャツの上からへそ付近を触る行為以外に有形力を行使している事情はないから、強制にわたっているとは評価し難い。
 また、⒜Pの行為は、間接的ながら身体に触れる行為ではあるので、身体のプライバシー(憲法33条)を侵害しうる。しかし、シャツの中という類型的にみて秘匿への期待が高い領域とは異なり、シャツの上という外界で行動していれば不可避的な接触もあり得べき場所について、服の下に在中する物の形状を確認する趣旨で、右手で触れたのみであり、身体のプライバシー侵害の程度は高いものとは言えず、捜索に至っているとは評価できない。(※3)
 ⒞甲は、平成30年5月10日午前3時頃という通常は人が外を出回らない時間帯において、凶器を使用した強盗等犯罪が多発しているH県I市J町の路地に佇んでおり、警ら中の警察官Pと目が合うや、急に慌てた様子で走り出している。これは、警察官に発覚を免れたい事情等があるために、警察官から離れようとする行動であると考えるのが自然であるから、甲は凶器を使用した強盗等犯罪等について事情を知っている可能性があったと言える。加えて、甲のシャツのへそ付近は不自然に膨らんでおり、Pが「服の下に何か持っていませんか。」と質問したのに、甲は何も答えずにPらを押し除けて歩き出している。これは、シャツの下に警察官への発覚を免れたいような物が在中しており、その場から逃走するための行動と見ることができる。その際、Pの右手に何か固い物が触れた感覚があり、これと凶器を使用した強盗等犯罪が多発している地域であることも併せ考えれば、甲のシャツの下には凶器が隠されているものと疑うのが自然であり、これを確認するべき必要性は高かったと言える。(※4)
 これに対して、前述の通り甲の身体のプライバシー侵害の程度は低いので、具体的状況の下で相当な行為であると言える。

5 よって、Pの①の行為は適法である。

第2 設問2 ②の行為の適法性
1 ②の行為も所持品検査の一環として行われたものであるから、第1と同様の判断枠組みにしたがって検討する。

2 上記行為は、⒝①の場合とは異なり、甲のシャツの中という秘匿への期待が類型的に高い領域に手を差し入れるというものであるから、身体のプライバシーを侵害し、かつ、その程度も重大であると言える。よって、捜索に至っていると言える。
 また、⒝背後から羽交締めにして甲の両腕を腹部から引き離すという行為は、甲の身体に対して有形力を行使して、その身体の自由を奪うものであるから、強制にわたっていると言える。

3 したがって、②の行為は違法である。(※5)

第3 設問2
1 ②の行為は違法であり、これに引き続き行われた試薬検査によってはじめて覚せい剤所持の事実が明らかになった結果、甲を覚せい剤取締法違反被疑事実で現行犯逮捕(212条1項、213条)する要件が整ったのであるから、当該逮捕に伴って行われた本件覚せい剤の差押え手続は違法と言わざるを得ない。このような違法な手続きによって採取された証拠に証拠能力が認められるか。(※6)

2 証拠収集手続に違法があったとしても、証拠物自体の性質や形状に変化はなく、当該証拠の証拠価値も低下しないから、証拠能力を認めてもよいとも思える。しかし、違法な手続きによって得られた証拠をいかなる場合にも証拠能力が認められるとすると、司法の廉潔性、適正手続の保障(憲法31条参照)、将来における違法捜査抑止の観点から妥当でない。そこで、当該証拠収集手続につき⒜令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、⒝これを証拠として許容することが、将来における違法捜査抑止の見地から相当でないと認められる場合には、当該証拠の証拠能力は否定されると考えるべきである。(※7)(※8)

3 ⒜②の行為は、捜索に至っていると評価でき、これは捜索令状がなければ許されないものである。しかるに、令状なく行われているため218条1項、憲法35条に違反する。また、甲の背後から羽交締めにして甲の両腕を腹部から引き離すという非常に強力な有形力が行使されており、甲の身体の自由への侵害の程度も大きい。
 次に、Pが「服の下に隠している物を出しなさい。」と言ったところ、甲は「嫌だ。」と言って、腹部を両手で押さえたのであるから、上記行為は甲の意思に明確に反している。
 加えて、甲が凶器を所持していた可能性はあったものの、その可能性は高いとはいえないものである上、薬物事犯にかかる具体的な嫌疑があったとも言い難い。
 以上より、PとQの行為には令状主義の精神を没却する重大な違法が認められる。
 ⒝本件覚せい剤は、PとQによる違法な所持品検査の結果発見されたものであるから、捜査の違法との間の因果性は強い。加えて、PとQの行為は令状がなければ許容されないことが明らかであり、本件覚せい剤に証拠能力を認めてしまえば、フリーハンドでの捜査を認めるに等しく、単に手続の選択を誤った場合とは異なり、証拠として許容することは将来における違法捜査を助長するおそれがある。よって、本件覚せい剤を証拠とすることは将来における違法捜査抑止の観点から相当ではない。

4 したがって、本件覚せい剤には証拠能力が認められない。

以上

 

※1
 警職法2条4項、銃刀法24条の2以外の場合に所持品検査を可能とする明文の根拠がない以上、法律の留保原則に反し違法でないかという問題意識です。警職法2条4項、銃刀法24条の2に言及する必要性は高くないと思いますが、明文の根拠を警職法2条1項に求めることとその理由は端的にでも指摘した方がよいと思います。
 また、承諾なき所持品検査の限界については、米子強盗事件(最判昭和53年6月20日(百選4))の判断枠組みを正確に示せるかが評価を分けるポイントになると思います。
 以上の点は、平成18年の「司法試験新司法試験考査委員(刑事系科目)に対するヒアリングの概要」の言及から窺うことができます。

  「例えば,警察官が職務質問の過程で,対象者の所持品を検査することができるかという問題を出したが,これについてはどの法科大学院でも必ず勉強するであろう最高裁の判例がある。多くの答案が最高裁判例の法解釈を援用した論述をしていた。しかし,その判例の行っている法解釈の位置付け,意味内容の具体的な理解にまで及ぶような答案,いかなる論理で条文に規定のない所持品検査が許される場合があると説明できるのかという点,あるいは,許される場合に,判例がいう必要性とか緊急性とか法益の均衡といった要件が要求されている理由は何かといった点についてまで判例の論理を内在的に理解して,その上で具体的な事例の当てはめを丁寧に行うというような極めて優れた答案も散見された…」

 

※2
 「捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り」の扱い方には議論がありますが、「強制の処分」の意義である、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加える行為かのレベルの検討であると捉えるのが事情の拾いやすさの面でも、「強制の処分」該当性⇒任氏捜査の限界の枠組みをそのまま使うことができていつも通りのやり方で検討できるという面でも楽でしょう。「捜索に至らない程度の行為」であるかの検討で、身体住居財産等に対する制約の検討、「強制にわたらない限り」の検討で、個人の意思を制圧しているかを検討しておけばOKです。
 
 強制処分該当性の検討の当てはめのポイントは以下の記事で補足してあります。 

※3
 刑訴の捜査の分野で頻出なのですが、似たような性質の行為を並べてそのいずれにも法的な分析を加える問題は確実に対比しながらの検討が要求されています。
 本問もシャツの上かシャツの中か、明確な拒否の意思が表示されているか、有形力の行使があるかなど①と②の相違点が複数あるところですから、これらの点に集中して法的意義を説明するのが高得点のポイントになるでしょう。特にシャツの中は身体のプライバシーそのものではないか、シャツの上からは外界で生活していれば触れられること自体は甘受すべき領域ではないか(例えば満員電車など)という点はあからさまな対比があるので、事実の意味合いの分析も深く行うべきです。

 ※4
 やはり、所持品検査の必要性の検討が当てはめの力の見せ所だと思います。何故本問の事案の下で、所持品検査を行うべきであったのかを具体的に説明しましょう。
 本問では、甲の不自然な行動がどのような意図の下生じたのかを分析することを通して、所持品検査の必要性に結びつけています。特に、凶器を使用した強盗等犯罪が多発している地域であったという事情と甲のシャツのへそ付近の不自然な膨らみ及び固い手触りについての事情は落とせないと思います。これらがあって初めて凶器を携行している可能性が肯定され、したがってまた所持品検査の必要性も基礎付けられるからです。

※5
 法律学に唯一の正解はないとは言われますが、さすがに②の行為を適法とする立論は難しいと思います。素朴な人権感覚からすれば違法と考えるほかないと思います。設問2を読んでも違法収集証拠排除法則くらいしか書くことはないと感じるので、題意としても②の行為を違法と判断してほしいということだろうと予想できます。

 ※6
 本問の事案は、違法な所持品検査⇒覚醒剤と注射器1本在中のプラスチックケース発見⇒覚せい剤所持の現行犯人逮捕⇒逮捕に伴う差押え、という時系列をたどるので、違法の承継を論じるべきか悩ましいところではありますが、本問と同様の事案である最判昭和53年9月7日(百選90)は、特段違法の承継について論じることなく、現行犯逮捕が違法で、それに伴う差押えも違法だと端的に結論付けて、違法収集証拠排除法則の判断枠組みを明らかにしています。
 上記判例が違法の承継について触れないのは、違法の承継について論じたものといわれる最判昭和61年4月25日(百選91)よりも前の判例であるからという可能性も残りますが、違法が承継されることをそこまで緻密に論じる必要もなく明らかに違法だと言える事案だったからかも知れません。ここで悩んでも仕方ないので、前掲最判昭和53年に従って簡単に説明しておくのが無難でしょう。最判平成15年2月14日(百選92)に倣って排除相当性のレベルで違法の承継について論じてもいいでしょう。

※7
 令状主義の精神を没却する重大な違法の有無の当てはめは設問2の中心になります。違法の重大性の当てはめでは、①手続違反の程度(法規逸脱の程度、令状主義との関連性、法益侵害の程度)、②手続違反がなされた状況(遵法行為の困難性、緊急性)③対象者の承諾の有無及び程度、④捜査の必要性の有無及び程度、⑤手続違反の有意性等を考慮できるようにしておきましょう。
 以下、各考慮要素の意味合いを整理しておきます。事実の評価のバリエーションとして参考になれば幸いです。

①手続違反の程度
 適法行為からかけ離れる程度、法益侵害の程度が大きくなればなるほど違法の重大性に積極方向に作用します。令状主義の精神を没却する重大な違法の有無の検討であるから、違反した規律が令状主義に関連するものであることが基本的に求められます。もちろん、令状主義に関係なくとも重大性は肯定される可能性はありますが、捜査官の主観的悪性(⑤手続違反の有意性)も肯定される等その他の考慮要素についても緻密に検討するする必要があります(前掲最判平成15年参照)。

②手続違反がなされた状況
 事案によっては規律に従うことが難しい場合もあります。そのような場合は規範逸脱に対する非難可能性は故意的規範逸脱を行った場合に比して小さく、違法が重大であると評価し難いでしょう。

③対象者の承諾の有無及び程度
 承諾があり、かつ、その態度が明確であれば、対象者が保護法益を一定程度処分しているとみることができるので、違法の重大性に消極的に作用することになります。明示的な承諾がないとなればその消極的作用にも限界があり、明確な拒否があれば消極作用はないということになるでしょう。

④捜査の必要性の有無及び程度
 「理由」(憲法33条、35条1項)があれば、身体住居財産等に対するプライバシー侵害は適法に制約できるので、捜査の必要性があればあるほど、一定程度の法的侵害は許容されるということになり得ます。そのため、捜査の必要性の高さは違法の重大性の有無に対して消極的に作用します。

⑤手続違反の有意性
 違法捜査と分かりながらあえてやったのか、あるいは過失があるに過ぎないのかによってその非難の程度に差があり、遵法意識に欠ける度合いも変わってくると思います(令状主義の精神というのは、捜査は国民の権利を侵害するので手続はしっかり守ろう、権利侵害見合った配慮をしようというという内容と捉えるとわかりやすい)。また、違法捜査の後にそれを隠蔽するような行動をとっている場合も遵法意識の欠落が見えるので、違法が重大である方向で評価されます(前掲最判平成15年参照)。

※8
 「将来における違法捜査抑止の観点からこれを証拠とすることが相当でない」については、あまり深く検討していくことがないために考慮要素は何か、「令状主義の精神を没却する重大な違法」との関係をどう捉えるべきかについてあいまいなままにされている方も多いのではないかと思います。

  まず、排除相当性では、手続違反が偶さかの違法か否か、模倣性があるかなどを検討するのが基本です。偶さかの違法というのは、当該事案でしか起こりえない手続違反と捉えると分かりやすいと思います。
 この場合に証拠能力を認めたとしても、将来における捜査で「前同じようなミスがあっても許されたよな。じゃあいいか。」となる可能性は低いでしょう。逆に、ありがちなミスやその違法を許すとフリーハンドの捜査を許すことになるような場合に証拠能力を認めると、「じゃあいっか」と将来における違法捜査を助長するおそれが生じます。
 また、前掲最判平成15年に従って排除相当性の中で毒樹の果実に関する検討を行うことを許容する手法を採るなら、違法捜査と証拠の関連性や証拠の重要性、希釈化法理、独立入手源の法理、不可避発見の法理などの考慮も可能でしょう。

  次に、①違法の重大性と②排除相当性の二つの要素の関係ですが、「かつ」の関係と捉えるのが一般的です。ただ、①を否定する場合でも②を一応検討しておくのが無難だと思います。この場合に②を肯定することも論理的には可能かもしれませんが、①が認められるなら②も認められ、①が認められないなら②も認められないという、②は①に従属する関係にあるという感覚があるので、何となく肌感覚ですが気持ちが悪いです。判例も①〇②〇か①×②×の判断しかしないので、この感覚はあながち間違いでもないと思っています。

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