平成24年予備試験刑事訴訟法の論述例と若干の補足

第1 Aと会話している甲の発言内容を密かに録音した行為の適法性
1 強制処分法定主義の趣旨は、処分の要件及び手続を予め法定することにより捜査機関による権限濫用を防ぎ、もって個人の自由を保護し、その要件及び手続について国会の制定した法律への明文の根拠を要求し、民主的授権をする点にある。そうだとすれば、「強制の処分」は、捜査のうち捜査機関の濫用を防ぐ必要性があり、事前の国民の同意を得る必要があり、これに加えて事前の裁判官の令状発付がなければ許されないという限界な手続規律(令状主義、憲法33条、35条)を設ける必要があるほどの重要な利益侵害を来すものに限定されると考える。よって、「強制の処分」(197条1項但書)とは、個人の意思を制圧し、身体住居財産等の権利利益を制約するものをいう。(※1)
 甲は上記行為をしていることが分かれば、これを拒否するであろうといえるから、上記行為は甲の意思に反する。よって、甲の意思を制圧する。上記行為により、甲の会話内容のプライバシーが侵害されるものの、その対話内容の秘密は、いったん言葉が発せられてこれが相手方に伝達された場合にはその相手方の処分に委ねられるから、当該プライバシーの利益は会話の相手方であるAとの関係では放棄されたものと評価できる。よって、身体住居財産等に匹敵する重要な利益を侵害しているとはいえない。(※2)
 したがって、上記行為は「強制の処分」に当たらない。
2 もっとも、上記行為は甲の会話内容のプライバシーを侵害するから、捜査比例の原則(憲法31条参照)を及ぼすべきである。具体的には、必要性緊急性を考慮し、具体的状況の下相当をと言える場合には「必要な取調」として197条1項本文を根拠に許容される。(※3)
 まず、甲はAに対し覚醒剤の購入を持ち掛けたことがあることが判明しているため、甲の検挙に向けた証拠収集の必要性がある。次に、甲の嫌疑は覚醒剤譲渡等に関するものであるところ、覚醒剤事犯は密行性が高く、かつ、直接の被害者も存在しないため、類型的に証拠の発見が困難である上、本件ではAからの情報提供及び通常の捜査方法のみでは甲の検挙が困難であったのであるから、証拠収集の必要性は高かった。そして、覚醒剤の取引が行われたことを立証する場合取引の相手方であるAの供述を録取する方法も考えられるが、供述は誤りが入り込みやすいため、ビデオカメラによる録画という機械的正確性の担保された方法で取引の状況を音声データとして押さえた方が証拠としての価値が高いといえる。よって、上記行為に及ぶ必要性は高かったといえる。(※4)
 これに対し、甲の会話内容のプライバシーは前述の通りAとの関係では放棄されたものと評価できるから、権利侵害の程度よりも必要性の方が大きい。
 以上より、上記行為は相当な行為であるといえるから、「必要な取調」として197条1項本文により適法である。
第2 Aと会話している甲の姿を密かに録画した行為の適法性
1 甲は上記行為をしていることが分かれば、これを拒否するであろうといえるから、上記行為は甲の意思に反する。よって、甲の意思を制圧する。甲の姿を録画する行為は、甲のみだりにその容ぼうを撮影されない利益(憲法13条参照)を侵害する。しかし、甲は喫茶店という少なくともそこに居ることを不特定多数人から認識されること自体は甘受しなければならない場所に居るのであるから、その場所にいることの秘匿に対する期待可能性は低く、上記利益の要保護性は低いといえる。よって、身体住居財産等に匹敵する重要な権利利益が侵害されているとはいえない。したがって、上記行為は「強制の処分」に該当しない。(※5)
2 もっとも、上記行為は甲のみだりにその容ぼうを撮影されない利益を侵害するのであるから、捜査比例の原則を及ぼすべきである。前述した基準に従って判断する。
 甲を対象として覚醒剤譲渡罪に関する証拠収集保全の必要性が高いことは前述同様である。そして、覚醒剤取引の事実を立証するために甲の発言内容を音声データを押さえるだけでなく、その発言が甲によってなされたことを担保するため取引している甲の姿を動画データとしても残した方が証拠価値が高いと考えられるから、発言内容の録音に加えて甲の姿をビデオカメラで録画する必要性が高かった。これに対し、甲のみだりにその容ぼうを撮影されない利益は前述の通り要保護性が低いのであるから、権利侵害の程度よりも必要性の方が大きい。
 以上より、上記行為は相当な行為であるといえるから、「必要な取調」として197条1項本文により適法である。
第3 Aを利用して甲をして覚醒剤の取引に出るようにさせた行為の適法性
1 上記行為は、Aは、警察官Kから捜査への協力を依頼され、甲に対してその身分及び甲を検挙しようとする意図を秘して、甲に「覚せい剤100グラムを購入したい。」と申し込み、甲がこれに応じたところを現行犯逮捕(212条1項、213条)によって検挙するものであるから、いわゆるおとり捜査にあたる。(※6)
 おとり捜査によって実現される行為は、対象者の意思に沿って生じるものであるといえるから、おとり捜査自体が対象者の意思に反してその者の権利利益を侵害することはない。よって、「強制の処分」には該当しない。
2 もっとも、おとり捜査は対象者を犯罪の実行に駆り立てる点で司法の廉潔性の見地から一定の限界があり得る。そこで、捜査比例の原則を及ぼし。前述した基準に従って判断する。
 甲を対象として覚醒剤譲渡罪に関する証拠収集保全の必要性が高いことは前述同様である。本件のおとり捜査は覚醒剤譲渡罪という直接の被害者がいない犯罪を対象として行われており、直接の被害者がいる犯罪と比して司法への信頼が害される程度は低い。また、甲はAに対して覚醒剤の購入を持ち掛けたことがあることが判明しており、甲は初めから覚醒剤取引を行うつもりであり、覚醒剤取引の機会があればこれに乗ずるつもりであったことがうかがわれる。そして、捜査協力者Aの申し向けも「覚せい剤100グラムを購入したい。」と単に取引を願い出る態様にとどまり、甲に対し執拗に働きかけるような態様ではない。よって、甲に対する犯意誘発の程度低いといえる。したがって、司法の廉潔性を害する程度よりもその必要性の方が大きい。
 以上より、上記行為は相当な行為であるといえるから、「必要な取調」として197条1項本文により適用である。

以上

※1
 強制処分法定主義への言及の必要性は平成27年司法試験の出題趣旨(刑事系第2問)で指摘されているので配点はあると思います。論述例では令状主義の観点も入れるとどうなるか考えてみました。これ以上長くなると時間と紙幅を圧迫するので思考過程は所々端折っていますが、これでも伝わると思います。
 ただ、時間がなければ「強制の処分」の理由付けは削ってもいいと思います。少なくとも司法試験で長々した論述をする余裕はほとんどありません。
 また、「強制の処分」については、最決昭和51年3月16日(百選1)の判断枠組みを採用していますが、「個人の意思に反し、重要な権利利益を実質的に制約する」という有力な学説もあるところです。判例と学説どちらの方がよいかという質問を受けることがありますが、正直どちらを選択してもよいと思います。いずれの判断枠組みであっても必要な事実を指摘して、その意味を深掘りした説明をすることが重要です。ただ、平成27年司法試験の出題趣旨(刑事系第2問)では、前掲最決昭和51年の判示が引用されていることを考慮すると判例の判断枠組みの方が望まれているのかもしれません(ただ、同出題趣旨では「本設問を検討するに当たっては,このような最高裁決定の判示にも留意しつつ…」とされているので、留意できていれば学説の基準でも大丈夫だと読むこともできますね)。

※2
 秘密録音の適法性が争われた千葉地判平成3年3月29日(百選9)の判示を意識した説明をしています。地裁レベルの裁判例でもその捜査手法をどのように評価したか(被侵害利益の性質、侵害態様程度についてどのように評価したか)についての参考になります。百選掲載のものはもちろん、その解説で指摘されていたり、基本書でも指摘されているような重要な裁判例は事案の概要とその判示を簡単でよいのでチェックしておきたいところです。

※3
 197条1項本文の指摘はマストです。また、当該捜査がどのような権利利益を侵害するのか特定するようにしましょう。権利侵害に見合った公益上の必要性が認められるかを検討するのが比例原則ですから、具体的な権利利益の侵害又はそのおそれが肯定されなければその検討に入れないはずです。

※4
 平成27年司法試験の出題趣旨(刑事系第2問)によると「当該捜査手段を用いる必要性を検討するに当たっては,対象となる犯罪の性質・重大性,捜査対象者に対する嫌疑の程度,当該捜査によって証拠を保全する必要性・緊急性に関わる具体的事情を適切に抽出・評価する必要がある。」とのことです。これは、対象犯罪の性質や事案としての重大性を踏まえつつ、①なぜその人に、②なぜ当該捜査を行う必要があるのかを具体的に示してほしいということだと思います。
 この説明は具体的であればあるほど説得力が上がりますので、脳に汗をかいて必死で考えをめぐらし、その思考過程を文章に起こす訓練をしておきしょう。特に、「当該捜査によって証拠を保全する必要性」は、「当該捜査」とありますから、その捜査をすることがぜひとも必要なのであった、ということを説明する必要があります。一般的な必要性ではなくなぜその捜査をする必要があるのかを説明しましょう。「当該捜査によって証拠を保全する必要性」は、その捜査から得られる証拠を想像し、それが犯罪の立証にどれほど役立つかを考えると具体化できると思います。

※5
 身体住居財産等に匹敵する権利利益を侵害しているか否かについては、「秘匿に対する期待(可能性)が高い領域」であるかという被侵害利益の性質と、その侵害の程度を考慮するとあてはめが締まります。この点に関しては、平成27年司法試験の出題趣旨(刑事系第2問)の部分が参考になります。

「【捜査➁】,通常の人の聴覚では屋外から聞き取ることのできない乙方居室内の音声を,本件機器を用いて増幅することにより隣室から聞き取り可能とした上で,これを約10時間にわたり聴取・録音するというものであり,外部から聞き取られることのない個人の私生活領域内における会話等の音声を乙の承諾なくして聴取・録音しているものであることから,乙の『住居』に対する捜査から保護されるべき個人のプライバシーと基本的に同様の侵害が認められ,その侵害の程度も重いと評価できる。【捜査➁】が強制処分か任意処分かの区別を検討するに当たっては,この点に関する具体的事実を考慮しつつ,丁寧な検討と説得的な論中をなすことが求められている。」

 「秘匿に対する期待(可能性)が高い領域」というのは、「私生活領域」が典型例なのですが、中でも住居の中や服の中が最たるものでしょう。このようにその中が秘匿されるべきことが類型的に期待できる領域であるか(身体住居との近接性)、あるいは、隠されていたり、封をされていたり等その中を見られたくないという意思を伺えるような状態にあるか等を考慮します。

 前者の点は、前掲出題趣旨の「通常の人の聴覚では屋外から聞き取ることのできない乙方居室内の音声」「外部から聞き取られることのない個人の私生活領域内における会話等の音声」という評価が参考になります。後者の点は、米子強盗事件(最判昭和53年6月20日、百選4)が、施錠されていないボーリングバッグのチャックを開披して内部を一べつした行為と施錠されたアタッシュケースをこじ開ける行為について評価を異にしていることが参考になると思います(ボーリングバッグの中を一べつした行為は「法益の侵害がさほど大きいものではなく…相当と認めうる行為である…」としているのに対し、アタッシュケースをこじ開けた行為はボーリングバッグの適法な開披行為は「緊急逮捕手続に先行して逮捕の現場で時間的に接着してされた捜索手続とと同一視しうるものであるから,アタッシュケース及び在中していた帯封の証拠能力はこれを排除すべきものとは認められず…」と違法であることを前提とした説明をしています。この事件の控訴審判決(東京高判昭和52年6月30日)は「アタッシュケース及び帯封については、それらが職務質問に付随する所持品検査としての許容限度を逸脱し,刑訴法上の捜索と目すべき態様の行為により発見されたものであり…」とアタッシュケースの開披行為は捜索に類する行為であることを認めているように読めます)。

※6
 おとり捜査を論じる場合は、おとり捜査の意義を意識して、本問の捜査がおとり捜査にあたることをまず説明しましょう。
 令和4年司法試験の出題趣旨(刑事系第2問)では、「おとり捜査の適法性を検討するに当たっては、おとり捜査に関する法律上の定義規定がないことから、前提として、おとり捜査の意義に関する理解を示すことが求められる。」と、平成22年新司法試験論文式試験問題出題趣旨では「前提となる捜査の適法性については,おとり捜査の意義を定義し,…」と、指摘されているので、おとり捜査の定義についても配点があるものと考えられます。
 最決平成16年7月12日(百選10)が示している「捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が,その身分や意図を相手方に秘して犯罪の実行をするように働き掛け,相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たことろで現行犯逮捕等により検挙するもの」という定義を指摘あるいはそれを意識した事実の評価を示せば十分でしょう。

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