東中野駅

東中野駅にはロータリーがあった。
どの駅にもロータリーがあった地元とは違い、東京の繁華街にある駅にはロータリーがなかった。
東中野に降り立った時、久々にロータリーを見た気がした。

駅前はうるさすぎず、スーパーやドラッグストアと、一人でも入れそうな飲食店がいくつかあり、単身者が住みやすそうな街だと思った。

ロータリー前の横断歩道を渡ってコンビニの裏に入ると住宅地が広がり、5分ほど歩いたところにあるマンションの一階がその男の部屋だった。

間取りは1DKだったように思う。
玄関を開けたらダイニングキッチンで、その奥が寝室、二つの部屋を隔てるスライドドアは常に開けてあり、大きな一つの部屋のようだった。
トイレや風呂がどこにあったかは思い出せない。

男は漏斗胸だった。
漏斗胸とは胸の形が凹んでいる状態のことで、重症だと手術が必要な場合もあるらしいが、男は軽症で、日常生活に問題はないようだった。
見た目ではわからず、そうと知った上で触るとわかる程度だった。

漏斗胸のことを教えてもらったのは、初めてセックスをした後だった。
お互い裸でベッドにいる時に、胸の凹みを触らせてもらった。
その時男は自分の男性器が硬くなっても下を向くということも教えてくれた。
初めての行為の時はそれに気づかなかったけれど、教えてもらってからは、それがどのように自分の中に当たるのかが気になって、行為に集中できなかった。

東中野に通う期間は、長くは続かなかった。
季節が春だったと覚えているのは、男が勤め先で新入社員研修の講師役を務めていると聞いていたからだ。

新入社員たちは東京本社での研修期間の後、全国の支社に配属が決まるのだと男は言っていた。
講師の仕事の負荷が大きいのか、休日も仕事を理由に会えない日が増えるようになった。
会えなかった週末には電話をくれたが、私は元々電話が苦手だった。
電話をしていると、視界に入る自分の部屋が急に散らかっているように思えてきて、掃除や整理を始めてしまい、男の話をあまり聞いていないのだった。

「その子が最後にどうしても会いたいと言うから」という言葉が聞こえて、服の山を必要なものと処分するものとに仕分けていた手を止めた。
研修最終日の打ち上げで新入社員の一人に告白されたらしい。
その週末に彼女は配属先の大阪へ引っ越すことになり、彼女が最後にどうしても会いたいと言うから、男は東京駅まで送りに行き、一緒にオムライスを食べたということだった。

自分の部屋の壁を見ながら、電話は視覚から得られる情報と聴覚から得られる情報に関連がないから、集中力が分散されるのではないかと考えていた。
「こんな話されてもどう答えたらいいのかわからないよね、ごめん」と男は言い、私はいつからか相槌を打っていなかったことに気づいた。
その後自分が何か言ったのか覚えていないが、それが多分最後の電話になった。

東中野駅駅前の商店街には小さいけれどちゃんとしたピザ窯のあるピザ屋があり、マルゲリータとプラスチックのグラスで出される冷えた白ワインが美味しかったことを思い出す。

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