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ジズス

7
フィクション。シリーズ。閲覧注意。未完。
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#fiction

ジズス(1)

マレーンの最初の夫は、戦争で南に行ったまま帰って来なかった。 彼女は生まれて間もない男の子を抱え、不安のうちに、鉄道会社で働く独り暮らしの叔父を頼った。 ごく狭い寝室と、わずかな衣食を得る代償として、マレーンはそのやせ細った体を提供することに同意した。 たぎった欲望を昼夜の境もなく注ぎ込まれ、やがて彼女は身ごもった。 風の強い新月の晩に生まれた男の子は、背中一面に生えた獣のような太い毛と、いびつに曲がった二本の腕を持っていた。 彼につけられた名前は、ジズス。 この

ジズス(2)

幼い頃、私は常に4歳上の兄、ヴィゴと一緒だった。 ヴィゴは私のことをジズーと呼んだ。それは私が赤ん坊だった頃から、彼だけが使っていた呼び名だった。 私の持ち物は、着るものであれ、おもちゃであれ、すべて兄がくれたお古だった。 私の湾曲した腕を隠すために、彼は自分の長袖のシャツを着せ、袖の長さを、拳が隠れるくらいに調節しながら言った。 「いいかい、ジズー。この袖をまくってはいけないよ。天使様が自分の羽だと思って、お前の腕を持って行っちゃうといけないから」 彼はやさしく微

ジズス(3)

父のイゴールは野卑な性格で口数も少なく、仕事から帰ると酒を飲んで寝るだけ、といった生活をしていた。政治や読書やスポーツなどの多くの事柄と同じく、私たち兄弟にもまったく関心を持っていないようだった。 彼が私たちと接触してくるのは、母の体を欲したときだけ。 深夜、寝室のドアを手荒く叩く音。暗闇の中、そっと部屋を出ていく母。 私にとっては腐っても父親であったが、兄にとってイゴールは、愛する母を苛む、不潔すぎる害虫であった。 兄の憎悪は黒い炎となり、その熱は彼の内側を日に日にた

ジズス(4)

ヴィゴが先に学校へ行き出してから、私にひとりだけ親しい友人ができた。 道向かいのパン屋の娘で、名をヘレナといった。 短い髪の、ひとつ年下のヘレナ。忙しい両親にかまってもらえない日の彼女は、私たちの部屋の窓をたたく。 その小さな手は、いつも水色の毛糸で編んだミトンで覆われていた。店のオーブンで負った、ひどい火傷の痕があったのだ。 体を隠さなくてはならないという点において、私たちは出会ったときから同志であった。 ふたりは時間を埋め合った。同じ絵本を何度も読み合い、道端の石を蹴

ジズス(5)

私がヘレナとの距離に身を焦がしている頃、兄のヴィゴは闇の世界で生きていた。 学校を早くに辞め、母の制止を振り切って家を出たヴィゴは、生きるために法に触れる仕事に手を染めた。 若いながら彼は、彼の躊躇のない暴力に引き寄せられる不良たちをまとめあげ、街の顔役のひとりになった。 たまに会うヴィゴの目は、澱をたたえて赤く濁り、その視点は常に定まることがなく、彼の日常が緊張の連続であることを伺わせた。 それでもヴィゴは、私に優しかった。真新しいシャツや箱入りの鉛筆を買い与えてくれ、

ジズス(6)

いつものように、ヴィゴの部屋から女の声が聞こえていた。 ヴィゴの元に集められた女たちは、まず、彼の査定を受ける。 常連向けのお披露目会に向けて、連日、彼の部屋には女たちが届けられていた。 仕事で訊ねたいことがあったが、自室に戻って扉を閉めた。 夜中に、車が出て行く音で目が覚めた。ヴィゴは出かけていったようだった。 水を飲もうと起き上がると、ヴィゴの部屋のドアが開いているらしく、廊下に女のすすり泣きが漏れ出ていた。 私は戸惑い、しばらく部屋でじっとしていたが、押し殺したよう

ジズス(7)

生い茂る若葉は、差し込む日の光を透かして輝いていた。 その枝と枝の間に張られた小さなクモの巣に、丸い水滴が転がっている。 美しい夏の午後。 幼い私たちは、自分の身の丈ほどの生い茂った草木をかき分けて歩いている。 私は彼女の手をとって歩く。息が荒い。 赤いリボンを結んだ麦わら帽子と、白い麻のワンピース。 ハンカチで汗を拭いてやり、大丈夫かいと問う。 彼女は声も無く、ただ頷く。 短い夏を楽しむために、ヘレナと計画していた森へのピクニック。 反対していた大人を説得