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夢野久作「キャラメルと飴玉」は誰が喧嘩している?


はじめに


夢野久作の「キャラメルと飴玉」は、短編ですがマウントを取り合う喧嘩が面白い作品です。江戸弁で大人たちが大人げない喧嘩をしている様が浮かびますが、会話を少し変えると小さい子供たちの喧嘩になったり、山の手のご婦人のいやらしいマウントの取り合いになったりといろいろと遊べます。方言で読むのも面白そうです。

ということで、ここでは、子ども版と、山の手御婦人版をつけさせていただきます。

自由に朗読されて結構ですが、事前にご一報ください。また、テキストについて、こうした方がよいのじゃないか、等々、コメントは大歓迎です。朗読を楽しみましょう!


こどもの喧嘩版


キャラメルと飴玉とがお菓子箱のうちで喧嘩をはじめました。

「ヤイ、飴玉の間抜けん坊。おめぇはまん丸くて甘ったるいばかりで何にもならないじゃないか。俺んこと見てみろやーい。ちゃんと着物を着て四角いおうちにはいっているんだぜー。おめぇなんかは着物なんか欲しくたって持ってないんだろう。おめぇのかあちゃん、でーべそ!」

 飴玉は真赤になって憤(おこ)り出しました。

「なんだとぉー。うちにいる時は裸だけど、外に出る時にゃちゃんと三角の紙の着物を着て行くんだぜ。第一おめぇの名前が生意気だぃ。キャラメルなんてすかしやがって、日本にいるんだから日本の名前にすりゃいいじゃないか。アッカンベーだ!」

「こん畜生、生意気だい。キャラメルが悪けりゃあカステイラは西班牙(すぺいん)の言葉だぜ。シュークリームでもワッフルでよ、お菓子にはみんな西洋の名前が付いてんだい。あめだのせんべいなんぞ言うのはみんな安っぽい不味いお菓子ばかりじゃねぇか」

「嘘いぇ。羊羹(ようかん)なんて言うのはおめぇよりよっぽどいいぞ。コンペイトウは露西亜(ロシア)語の名前だけれど、俺よりずっと不味(まず)いじゃないか。ウエファースなんていうのはいくら食べたって食べた気にならないじゃんか」

「馬鹿いうんじゃないよ。あのほうが身体(からだ)にいいんだぜ。おれなんか牛乳が入っているからおめぇよりずっと上等だい」

「こん畜生、おれだって肉桂(ニッキ)が入っているんだい。肉桂はお薬になるんだぞ。おめぇの中にいったい何合の牛乳が入ったらそんなに威張(えば)れるんだ」

「何を小癪(こしゃく)な」

「何を生意気な」

 とうとう取っ組み合いの大喧嘩になりました。最前から見物(けんぶつ)していたキャラメルの仲間のミンツ、ボンボン、チョコレート、ドロップス、飴玉の仲間の元禄(げんろく)、西郷(さいごう)玉(だま)、花林糖(かりんとう)、有平糖(あるへいとう)なぞはソレというので馳け寄って、双方入り乱れてゴチャゴチャに押し合い掴(つか)み合っているうちに、みんなお互いにくっつき合って動けなくなってしまいました。

 そこへ坊ちゃんが来てお菓子箱の蓋(ふた)を取ってみるとビックリして、

「お母さん。大変大変。お菓子が喧嘩をしている」

 と叫びました。お母さんもやって来てこの有様を見ると、

「それ御覧なさい。一緒に仕舞(しま)って置いてはいけないと言ったではありませんか。私がこわして上げるから、お姉さんやお兄さんと一緒におやつに食べておしまいなさい」
 
 と言って金槌(かなづち)を持って来て、パラパラと打ちこわしておしまいになりました。

(朗読用縦書き原稿)


山の手御婦人版


 キャラメルと飴玉とがお菓子箱のおうちで喧嘩をおはじめました。

「まーあ、飴玉さんでござーますね。あなた様はまん丸くて甘ったるいばかりで 何にもならないのですねぇ。私をごらん遊ばされ。ちゃんと着物を召して四角いおうちにはいってござーますのよ。あなた様なんぞ着物をお召しになろうとされてもお持ちではござーませんでしょうね。まぁ、お気の毒でござーますねぇ。おっほほほほ」

 飴玉はお顔を真赤になされてお憤(おこ)り出されました。

「奥様、なにを申されます。私、屋敷におりますときは、ひろびろとしておりますので裸でくつろいでなんの問題はございませんが、外に参りますときには三角の紙の着物でかけましてよ。そもそも、奥様のお名前は、なんとも鼻につきますこと。キャラメルだなんて、あーあ、高慢チキなおなりでござーますねぇ。日本にいらっしゃるのですから、もっと日本らしいお名前になされたらよいものを。」

「おやまぁ、なにを仰いますか。ご自分のことは棚に上げられてずいぶんなことを。キャラメルが悪うござーますならカステイラは西班牙(すぺいん)の言葉でござーます。シュークリームでもワッフルでも良ろしゅうございますが、お菓子にはどれにも西洋のお名前が付いているものでござーます。あめだのせんべいなぞ。なんとまぁ安っぽく美味しくないお菓子ばかりでござーますこと」

「なにを心にもないことを。羊羹(ようかん)などは奥様よりはよっぽど上等でございますわ。コンペイトウは露西亜(ロシア)語の名前でございますが、私よりはとてもとても美味しくはございませんわ。ウエファースなんていうものは、いくら食べても食べたような気がしないではがございませんか」

「まぁまあまぁご冗談をおっしゃられますこと。あれでもなかなか身体(からだ)のためにはよろしゅうござーます。私には牛乳が入っておりますから、あなた様よりはずっと上等でござーますわ」

「なんということをおっしゃいますか。私にも肉桂(ニッキ)が入ってござーます。肉桂はお薬になるのでござーますよ。奥様の中に牛乳がいったい何合入っていらっしゃって、そんなに横柄なものの言い方をされるのでしょうねぇ」

「何を失礼なことを」

「何とおこがましい」

 とうとう袖をつかみ合っての、大喧嘩になってしまいました。最前から見物しておりましたキャラメルのお仲間のミンツ、ボンボン、チョコレート、ドロップス、飴玉のお仲間の元禄(げんろく)、西郷玉(さいごうだま)、花林糖(かりんとう)、有(平糖(あるへいとう)なぞは、ソレというので馳け寄って、双方入り乱れてゴチャゴチャに押し合い掴(つか)み合っているうちに、みんなお互いにくっつき合って動けなくなってしまいました。

 そこへ坊ちゃんが来てお菓子箱の蓋(ふた)を取ってみるとビックリして、

「お母様、大変です。お菓子が喧嘩をされています」

 と叫ばれました。お母様もやって来てこの有様を御覧になると、

「それ御覧なさい。一緒に仕舞(しま)って置いてはいけないと申し上げたではございませんか。私がこわしてさしあげるので、お姉様やお兄様と一緒におやつに御召上がれ」

 と仰って金槌(かなづち)を持ってまいりまして、パラパラと打ちこわしておしまいになりました。

(朗読用縦書き原稿)

原作


(朗読用縦書き原稿)

クラブハウスのリプレイ

2024年6月19日 Yukaさん

2024年6月22日 Yukaさん

2024年6月25日 おもにゃん、山の手ご婦人編

2024年6月30日 Yukaさん


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