![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/30277599/rectangle_large_type_2_85bc581cbb301440a0e9aa9297d91c1e.jpg?width=1200)
ぼくはブラック・マジシャンではないとわかった日
電車に乗る。切符をなくさないようにしなくてはいけない。そんなとき、どこに仕舞うかといえばスマホケースの中、正確に言えばスマホの背中とケースの間である。私はあらゆるものをその狭間に入れ込んできた。非常用千円札やICカード、アクセサリーやロッカーキーのような固形物まで、合成樹脂の柔軟が許す限りは何でも入れた。「もろとも」という感じがよかった。スマホをなくしたらすべて失う、という危機感がよかった。すぐに取り出せる手近もよかった。そして当然、その中身は入れ替わりが激しかった。
しかしその中で、きのうスマホを新調するまで、約500日も居座り続けたものがあった。それは<黒・魔・導>である。
ご存じの通り、<黒・魔・導>とは自分フィールドに「ブラック・マジシャン」が存在する場合、相手フィールドの魔法・罠カードをすべて破壊する強力な魔法カードである。
元はといえば遊戯王チップスというお菓子についていた、いわばプロ野球チップスと同じ類の玩具がなぜスマホケースに居座り続けたかというと、それがちょうどよいコミュニケーションツールだったからである。
私は友人の間で「決闘者(デュエリスト)」として通っている。「決闘者」とは「遊戯王カードを楽しむ人」という意味であり、26歳の「決闘者」はあまり多くない。多くない肩書を持つ人は、よかれあしかれ、それを武器として持つことができる。
たとえば友人が私を紹介してくれるとき、「こいつは友人の決闘者。」という。私はスマホケースから<黒・魔・導>を取り出す。するとコミュニケーションが始まる。<黒・魔・導>には相手フィールドの魔法・罠カードをすべて破壊するほか、ある層の人々の心をつかむ効果もあることを私は発見した。
そうしたわけで<黒・魔・導>を持ち歩くことになった。しかし、それから約一年がたち、一つの問題に気づいた。それはマンネリである。初めこそ面白がっていた友人も、そして自分自身さえも<黒・魔・導>に飽きつつあった。「まだ<黒・魔・導(ブラック・マジック)>持ってるの?」と聞かれたこともある。<黒・魔・導>の後ろに<メンダコ>を入れたりもした。私はそろそろ潮時だと思った。
<黒・魔・導>を取り出すこともなくなったある日、スマホの異変に気付いた。いくつかの、特に新規リリースしたアプリが開けなくなったのである。その中には決闘者待望の新サービス、「遊戯王NEURON」も含まれていた。早急にスマホを替えねばならないと思った。
私はいわゆる「情弱」の部類、その極北に暮らしているため、特にほしい機能も希望もなかった。ただ「遊戯王NEURON」、あわよくば「アイドルマスターシャイニーカラーズ」が起動しさえすればよかった。店頭を見回った結果、よくわからないので中くらいの値段のものを選ぶことにした。入店から五分後のことである。
画像などのデータ移行は旧端末に挿さっているSDカードを新端末に挿すだけでよいらしい。ドコモのお姉さんに教えてもらいながらスマホケースをめくると、<黒・魔・導>が見えた。おそらくお姉さんもその背面を見た。
しかしそれがどうだというのか。思春期ならいざ知らず、人が自分に注意を払っていないことはもう知っているし、羞恥もない。私は落ち着いてSDカードを取り出した。当たり前だがその後、お姉さんは何も言わず、説明のための動画を見せようとタブレットを私の眼前に置いた。
動画を見ながら私は考えた。今まで忘れていたくらいだから<黒・魔・導>は家に帰ってその役目を終えるに違いない、と。
なんだか少し寂しい気がした。「コミュニケーションを始める」というせっかく発見した新しい効果をここで終わらせるのは決闘者としても忍びない。<黒・魔・導>は役目を終えるとしても、なんとかその大なる功績を後世に伝えたい。思えばこれまで懐の<黒・魔・導>に甘えるばかりのコミュニケーションだったが、そんなレベルの低い自分にきょう、別れを告げよう……。
そんな風に考えるうちに説明が終わり、私はお姉さんに昂然と告げた。「一緒にケースもほしいんです。透明なものが。」
これまで使っていた真っ黒なケースとはちがう、何が入っているのか一目瞭然のケース、2000円。ドコモショップを出ると、新しいケースに入れた新端末、その背面に<黒・魔・導>を仕舞った。思ったよりひどいことになったけれども、私のスマホだという感じがした。
家に帰ると<黒・魔・導>を取り出した。一年半もポケットで擦られ、角はボロボロ、ひっかき傷だらけで、小学生のころを思い出すその魔法カードには手厚く保護をして、遊戯王カードの束の中に仕舞った。もしも今後、【ブラック・マジシャン】デッキを組むなら、絶対に使おうと心に決めた。
そして空隙が拡がる新しいクリアなスマホケース。私は今度こそ自分の意志で入れるカードを選ぼうと思った。チップスのおまけとしてランダムに封入された<黒・魔・導>。<ブラック・マジシャン>の知名度を生かして、私を生かしてくれたカード。その後釜に、これだと思ったカードをケースに仕舞った。
<アポクリフォート・キラー>である。
ご存じの通り<アポクリフォート・キラー>は魔法・罠に加えて、「自分よりレベル・ランクの低いモンスターが発動した効果を受けない」効果を持つ。<黒・魔・導>に甘え、感謝を忘れて放置した低レベルな自分に負けないよう、自戒を込めて選んだ一枚である。ちなみに<ブラック・マジシャン>はもとから効果を持たないから、強化すれば<アポクリフォート・キラー>を倒すことができる。
こうして私は新しいスマホケースに新しいカードを入れることにした。これからはボロボロの<黒・魔・導>に恥じないよう、胸を張って、決闘者として暮らしていきたい。
ちなみに、その場で新端末とケースを受け取ったため気付かなかったのだが、購入したスマホにはケースが付属していた。それは透明なケースであった。とんでもない罠である。別にお姉さんを責めるわけではないが、それならそうと言ってくれてもよかったのではないか、という気はする。付属品の方には、<黒・魔・導>の絵でも描こうかと思っている。
しかし図らずも、この一件は私に一つの気づきを残した。それはつまり「私はブラック・マジシャンではない」ということだ。なぜなら、もし私が<ブラック・マジシャン>だったなら、そんな罠くらい、<黒・魔・導>ですべて破壊していたはずだから。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?