【エッセイ】32歳クライシス~小笠原逃亡記②~
その日、竹芝桟橋は重い雲に覆われていた。
小笠原へは唯一の定期便「小笠原丸」に乗り込むしかない。9月末の乗客は少なく、船底に近い3等客室は閑散としていた。船が沈むと、ここの客が真っ先に死ぬんだなと思うと、想像しただけで暗澹たる気持ちになる。どうしよう。帰ろうか。
広いカーペット敷きのフロアには、人ひとりが眠れる大きさに畳まれた毛布が、お行儀良く列を作って並べられている。ここで雑魚寝をして見知らぬ人と28時間も過ごすのか。なんか、惨めだ。その上、用途の分からない金属製の洗