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(6)手術前検査 - 大腸カメラ

セットでいかがですかって雰囲気で薦められた大腸カメラ。いやー、大変な目に逢いました。今回はシモのお話なので苦手な方はスルーでお願いします。赤裸々に参りますので(笑)

うんこのために朝5時起き!

検査が行われたのは、2018年3月15日。病院での受付時刻は8時45分となっています。が、指定の起床時刻は午前5時。朝5時から下剤を飲んで腸をキレイにしなければならないのです。事前に手渡された腸内洗浄液、有り体に言えば下剤ですが、これが2リットル。200ccを10分から15分掛けて飲み、1リットル飲んだら500ccの水を飲む。この間にバッと出てシューッとなってカラリとすれば万事オッケー。1リットルでダメなら追加でもう1リットル飲めます。水も追加して飲んでいきます。

で、1リットル飲んだんだけどおおおおおおおおおお何ちゃんと働いてんのクスリ寝てんじゃないのってな具合で。腸が活性化する気配もありません。

追加1リットル入りまーす
はいよろこんでー!

ってな具合で残り1リットルいきます。200cc当たり10分から15分掛けて飲む、合間にトイレにも行く。計算してみるとわかりますが、時間が足りません。あっとゆーまに8時半。そして、全2リットルを飲み切っていました。追加で飲んだ水も合計2リットル近くに達していました。

しかたない、とりあえず病院行こう

一応固形物はでなくなっていたので、大丈夫だよと言われる可能性もゼロではないかなと思ったこと、予約があるくらだから何か対策があるだろうと思ったこと、そしてなにより、予約をすっぽかすより現場に行って相談した方がいいだろうと思ったことから、病院に行くことにしました。

病院に行ってみて、まず対面で問診。状況を説明すると、「とりあえず状況を見せてください」と。担当、状況を見せてくださいってことは、うんこがどんな状況か見せてくださいってことで。女性医師なんですよね。若めの。この年になって偏見はないし病院で恥ずかしさを感じるような感性もどこかに置いてきましたけど、「この後、OKが出るまで“うんこ出ました見てください”って言わなきゃいけないのか」と思うと、やっぱり気分は沈みます。

私の気分とは関係なく、事態は進みます。明け方に飲んだものとは別の経口腸内洗浄液を2リットルもらい、飲んでいきます。このときに案内された控え室には、同じ容器を持った人が何人か待機していました。

向かいに座ったおばあちゃんが「大腸癌を摘出して、再発、転移がないが調べるのだけど、カメラまでの準備が大変ねえ」と話しかけてきました。うっかり「私の父も大腸癌でした」と言ってしまったものだから、おばあさんから「お父様は今もご存命?」と聞かれてしまい。癌発見がもうすいぶん以前であること、3年前に父が他界していることを話さなければならなくなりました。「でも父親は60代での発病で進行や転移も早かったのだと思います」と言ってみたけれど、フォローになったのかどうか。

苦闘7時間、でも本番はこれから

12時すぎ、担当医からOKが出ました。朝5時から7時間、経口腸内洗浄液を2種類各2リットル、ミネラルウォーターを約3リットル、合計7リットルほどの水分を撮ったあとでした。やっと検査着に着替えて本番です。

この検査、本番まで長すぎます。朝5時からの苦闘だけでも7時間、就寝前の21時の下剤から数えると15時間、消化のいい食事を摂るという準備から考えると前日の朝から24時間以上の準備が必要です。マジつらいっす……。

苦痛の中、現れた旧知

検査着に着替え、13時から検査が始まりました。大腸カメラ、いったいですね。大腸って曲がりくねっていますから、曲がり角を通過するたびにカメラがが大腸の壁を押すようで、痛みが走ります。

いくつもの曲がり角を通り抜け、やっと最後の曲がり角にまで内視鏡が進みました。しかしここが最難関だったようです。痛い思いを繰り返すばかりで、ちっとも先に進みません。

と、唐突に「こんにちは」と声をかけられました。私の顔をのぞき込んできたのは、父の主治医だったエヌ医師でした。飄々としていて、でも医師として事実をきちんと話してくれる誠実な方です。父は死ぬ間際までエヌ医師のことを信頼していましたし、直前まで父が人間らしく生きられたのも彼のおかげだと私は今でも感謝しています。数年にわたる闘病に付き添ってくれたエヌ医師の突然の登場、ほんの一瞬驚き、そして一気に気持ちが和みました。

「ご無沙汰しています」
「どうも、ご無沙汰しています」

飾りのない挨拶だけ交わすと、エヌ医師は内視鏡を操作している医師に色々と指示を出し始めました。難関クリアの応援に来たようでした。「こうやってみて」「そうなるのか。じゃあ今度はこっちから」と、色々なアプローチを次々に指示します。

「最終コーナーなんだけどなあ」
「最終コーナー、難関なんですか?」
「最終コーナーが、超難関ですね」

大変な状況だということも、こうしてさらっと語られると緊迫感なく、「腸だけに超難関か」ってな具合で体の力を抜いて内視鏡の映像を見入っていました。少し時間はかかったもののなんとか最終コーナーを抜け、大腸の一番奥まで到達。旧知に窮地を救われた訳ですが、そこまでが長かった……。もうベッドに横になってから1時間近くが経過していました。

大腸カメラの本番は帰り路

最終コーナーを抜け内視鏡が最奥部にたどり着いたことを見届けたエヌ医師は、すぐに去って行きました。話をしたかったけど、こちらもそれどころではありませんし、入院すれば会う機会もあるでしょう。

さて、あとはカメラを引き抜くだけかなと思ったら、医師が「やっと一番奥まで内視鏡が入りましたので、ここから観察、撮影をしながら戻ります」と宣言しました。マジか。まだ準備が終わっただけだったのか……!

といっても、帰り路は行きのように痛みを伴うこともありません。画面を見ながら「ポリープがありますね」などの説明をしながら撮影をし、順調に戻ってきます。行きの苦しみはなんだったのかと思うくらい、本番は短く、楽な気分のまま終わりました。

その後、着替えや精算を済ませて帰宅したのは15時も過ぎた頃。5時から10時間、残業代が出るレベルの苦行でした。でもポリープが見つかったりしたので、やっといて良かったと思っています。終わった今となっては。

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