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ゼロからのスタートだから足並みが揃ったRubyでの協業関係構築

 OSSの中でもRubyに特化して取り組んでいるIT企業団体があると聞いて、新潟県は柏崎市を訪れました。この原稿を書いているのは猛暑の7月終盤ですが、訪れたのはまだ涼しさの残るGW明け。柏崎iT・ソフトウェア産業協会(以下、KSK)について話を聞かせてくださったのは株式会社カシックスの代表取締役社長である木村 雅之氏と、品田通信電設株式会社で顧問を務める久保田 博氏のおふたり。

地元IT企業自らが立ち上がったRubyへの取り組み

 この取材の1ヵ月前に、長野でもOSSへの取り組みをうかがいました。そちらは長野県塩尻市が主導し、軌道に乗ったところで民間へ移管するというアプローチ。それに対して柏崎市のKSKでは、事業に対して市からの補助金こそ受けているものの、地場IT企業みずからが動き出して協業体制を構築していったのだといいます。まず興味がわいたのは、狭い地域でパイを奪い合っているというイメージがあった地場IT企業が、どのようにして協力体制を築いていったのかということでした。

「そもそも競合って言っても、地方のIT企業には独自コンテンツがほとんどないので、言語や得意分野で差別化していただけ。それぞれが得意な分野で開発を行なっていて、敵味方の意識ははじめからほとんどありませんでした」(木村氏)

株式会社カシックス 代表取締役社長 木村 雅之氏

 各社共通の悩みとしてあったのは、大規模開発が難しいことでした。それぞれに強みがあるということは、裏を返せばオールマイティな能力を持っている訳ではないということ。大規模な開発案件は、やはり全国規模の大手企業に持って行かれてしまいます。ローカルのIT企業が生き残っていくにはそれぞれの強みを持ち寄って、共同体として受注できる体制を整えなければなりませんでした。

“ゼロから”という各社同じ条件からのスタート

 それにしても、なぜRubyにこだわったのでしょうか。各企業がOSS、中でもRubyに早くから取り組んでいたからなのか、そんな疑問を投げかけてみたら、返ってきたのは予想とは正反対の答でした。

「元々、柏崎にはRubyはもちろん、OSSに特化したIT企業はなかったんですよ。どの企業も強みとして持っていない、同じゼロからの条件でスタートできる。だから、協力体制も作りやすかったんです」(久保田氏)

品田通信電設株式会社 顧問 マネージャー 久保田 博氏

 既に色々な技術に特化している企業が足並みを揃えるのは容易ではないと思っていましたが、同じラインからスタートできるというところがポイントだったようです。OSSの中でもRubyに特化したのは、OSSにも新しい技術の波が来ることを見越して新しい開発言語を武器として持ちたかったというのが理由でした。共通の武器を持つことで企業同士が協業する基盤を作る、しかもどの企業も強みとして持っていない武器だったので主導権の奪い合いにもならないという妙案でした。

「Rubyにこだわったというか、どの企業も持っていない新しい武器を持つというところもポイントでしたね。KSKに参加している企業はみな、中核となる事業を持っている。屋台骨は既にしっかりしているのです。その上で新しいチャレンジを行なう。うまくいけば事業領域が広がり、多様な人材の採用にもつながっていく。逆にもしうまくいかなくても、既存事業さえうまく行っていれば経営は揺らぎません。この安心感があったからこそ、みんなで協力できたという側面もあります」(久保田氏)

 経営的なリスクマネジメントまで考慮した、Rubyへの取り組み。最初は約半年間の徹底した研修で、各社の既存エンジニアにRubyを学んでもらい即戦力としました。さらに2013年、2014年と柏崎市から人材育成の助成金を受け、Ruby技術を持つ新しいエンジニアも育てました。

役割分担から、より親密度の高い共同開発へ

 協業体制の構築は、いくつもの効果を生み出しました。最もわかりやすい効果はもちろん、大型案件の共同開発です。既に何件かの案件を受注してRubyで開発を行っています。中には近年話題にのぼることも多いIoT分野の案件もあるそうです。

「IoTはモバイル端末との相性もいいので注目も集まっていますし、導入効果もわかりやすい。最初に手がけたのは大学の学園祭で、見学コースの案内をスマートフォンで受信できるようにしました。同じような仕組みを使い、柏崎祇園祭の大花火大会の情報配信なども行なっています」(木村氏)

 柏崎祇園祭の大花火大会では、駅にビーコンを設置。電車で訪れた人がスマートフォンをかざすことで、案内図やプログラムを受信したとのこと。紙のプログラムに比べて配付も持ち歩きも容易で、好評だということでした。またRubyで開発したものはOSSの精神にのっとり、シェアされ、次回以降の開発をさらに効率化していきます。こうした取り組みが、協業する企業同士の距離を縮めていきました。

「以前も、自社だけで解決できない案件については他社の力を借りることはありました。でもそれは、ドアをノックして『手が空いていたらお手伝いいただけませんか』と伺い、軒先を借りるような協力体制でした。それが今では共通の開発環境を持ち、リソースも共有できるようになったので、より一体感のある共同開発ができています」(久保田氏)

 その波及効果は大きく、Ruby以外の開発案件でも共同開発が増えていると言います。

「営業窓口は一本化していないので、各社が勝手に案件を受注してきます。そのときにお互いのリソースや強みをより深く理解できるようになったので、既存顧客の新たな課題に対しても『この課題はあの企業と協力すれば解決できる』と、受注しやすくなっている現状があります」(木村氏)

 Rubyに一本化し、ゼロからという同じスタートラインから取り組んだことで得られた最大のメリット。それはフラットな協力関係の構築に成功したことと言えるでしょう。地域内で競争するのではなく協力することで、お互いの強みをもっと活かせるようになり、柏崎市のITの力が底上げされたことは間違いなさそうです。

柏崎に雇用をもたらし市の活性化にもつなげていく

 柏崎市にはIT以外にも大きな産業がいくつかあります。中でも発電所を運営する東京電力や、お菓子メーカーとして身近なブルボンをはじめとする製造業は大きな柱となっていました。柏崎市の近隣には2つの大学があり、地元に残りたい優秀な人材の受け皿としても、これらの産業は貢献してきました。

「ところが最近は、大きな変化が起きてるんですよ。年間売上が2000億円にものぼる製造業よりも、年間売上で20億円をやっと超えるIT産業の方が、多くの新卒採用を行なうようになっています。協業の成功により、優秀な人材を地元に根付かせることにも貢献できるようになったんです」(久保田氏)

 そもそもカシックスやKSKは、学生の新卒採用の受け皿となる魅力ある産業を育成するためにつくられたものでした。地元のIT企業を元気にし、当初の目的通り人材の受け皿としても大きな役割を担いつつあるKSKの取り組み。特に企業同士の協力体制については、参考になる点がおおいにありました。

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