吉野拾遺 下 07 兼好法師御来談ノコト

【兼好法師御来談ノコト】
 おなじ比、兼好法師が玉津島にまうで給へるとて、たづねおはせしに、いにへ深く契りける中なりければ、いとうれしくて、むかし今のものがたりけるに、「古法皇の和歌の道にふかくおぼしいらせ、御なさけの浅からせ給はで、かしこき御影とならせ給ひし、かなしさのままに、世にながらふべき心地もあらざりけらし。せめてのやるかたなさに、御後の世をもとおもひ給ふるままに、かかる姿となり侍れども、露の命のきえがたくて、かからん世をまのあたりに見侍ることよ」と、袖をしぼられけるに、「我も先帝の御情のわすれがたくて御跡をもしたはまほしくおもひ給ぶれども、さすがにおもひかへし侍りて、柴の戸そぼには侍れども、心はうき雲の風にただよふらんさまして、はかなき夢路にには、ふるさとの空にもかよひ、思ひとぢむれば、西の御空にもあこがれ、春の朝には、よしのの花の梢にやどり、秋の夕べの哀をおもひつづけては、さやけき月の影をもくもらせ、もろくも落つる木の葉を見ては、はかなき世をおもひめぐらす袖の時雨となりて、そめにし墨の衣もむなしく、旅行く人をおもひ送りは、まだ見ぬみねをもこゆるにこそ。いかなる縁にふれ侍りて、人めたへなん山深きいはほのほらにも、をさまらでとこそ、なげきて過し侍りぬれ」といへば、誠に「さには候へども、我一とせ、木曽の御さかのあたりにさすらひ侍りし時、山のたたずまひ、川のきよきながれに、こころとまり侍りしかば、ここにとおもひとどまりぬべき所にこそ侍れとて、
 おもひたつ木曽のあさぎぬ浅くのみ そめてやむべき袖の色かは
と詠じて、庵を引結びて、しばし侍らひしに、国のかみの鷹狩に、人あまたぐし給ひて、山ふかき庵のほとりまでいまして、かりし給ふさまの浅ましく、たへがたかりければ、
 ここもまたうき世なりけりよそながら おもひしままの山ざともがな
とながめすてて出で侍りき。それよりいづかたへこころとむべくもあらずとおもひとりて、ふるさとに立ち帰りて侍れば、世の中のみだれけるほどに、ただ和歌をともなひとして、心をすまし侍らんよりほかはあらじと、おもひ侍るにこそ」とのたまはせしに、誠に世をそむくこころは、ひとしくこそありけれと、そぞろに袖をしぼり侍りき。

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