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IT古典良書を読み解く《第10回》「明快ながら役に立たない製品価格付理論」

第10回 Joel on Software(ジョエル オン ソフトウェア) 〜その6〜
「明快ながら役に立たない製品価格付理論」


ビジネスとは

こんにちは。スクラムマスターの伊藤です。

最近は、日本でも起業する人が増えてきました。IT業界としてはいい傾向のはずです。起業するということはビジネス(事業)を起こすというわけですが、ビジネスとはなんでしょうか。一言でいうと、モノやサービスを販売して対価(お金)を得ることではないでしょうか。ということは、大事なことはいくらで売るかということになります。

売るモノに関しては前回などでも紹介してきました。そこで、今回はいくらで売るかに焦点をあててJoel on Softwareを読み解きたいと思います。
価格設定、カタカナで言うとプライシングはとても重要であり、いくら良い製品を作ってもプライシングを誤ると、ビジネスとして破綻してしまうからです。

Joelは以下のように冒頭で述べています。プライシングにも銀の弾丸はないようですが、ヒントにはなるかと思います。

あなたの次なる大きな疑問は、「このソフトの値段をいくらにしたらいいんだろう?」ということだ。専門家に聞いてみても、どうもわからないようだ。価格付けというのは暗くて深い謎なんだ、と彼らは言う。ソフトウェア会社が犯す最大の間違いは、値段を高くしすぎて十分な数の顧客が得られず、ビジネスから脱落するというものだ。ビジネスから脱落するというのがまずいのは、みんな職を失うことになり、●●(自主規制:アメリカの有名なスーパー)の出迎え係として最低賃金で働き、一日中ポリエステルの制服を着る羽目になるからだ。

だから綿でできた服を着ていたいと思うなら、価格付けはちゃんとやることだ。その答えはとても込み入っている。私はちょっとした経済理論からはじめて、それからその理論を破り捨て、そうして終える頃には、あなたは価格付けについてたくさんのことを知ることになるが、それでもあなたは相変わらずソフトをいくらにしたらいいかわからないだろう。価格付けの特性というのはそういうものなのだ。

引用: More Joel on Software
259ページ「第34章ラクダとおもちゃのアヒル」
(原文)
- Camels and Rubber Duckies
(日本語アーカイブ)
- ラクダとおもちゃのアヒル https://bit.ly/3sS92RJ


《よもやま話》
本blogは毎月更新をしていたのですが、先月は更新できませんでした。楽しみにしている読者の皆様(存在するのか疑問ですが?)申し訳有りません。実は私事ですが、子供が生まれまして、時間の捻出が困難になっていました。子供が生まれて分かったことは哺乳瓶を除菌してくれる「除菌じょ~ずα」は、もの凄く考えられた製品だなということです。

机上の空論

ここからはJoelが説明した経済理論をドルから円に直して紹介します。ちなみに売り切りなのか、サブスクリプションなのかといったビジネスモデルについては言及しません。あくまでプライシングとなりますので読み替えていただければと思います。

仮にあなたのソフトの値段を19,800円とします。なぜとは聞かないで下さい。そして顧客が250人いるとしましょう。グラフにするとこうなります。

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このグラフが何を表しているかというと、ソフトの値段を19,800円にすると250人が買ってくれるということです。

では、24,800円に値上げしたらどうなるか?
ある人たちは高すぎると思い、ドロップアウトするでしょう。
つまり減ることになります。これを200人としましょう。

では、安くした場合はどうでしょう?
 14,800円にしたら買ってもいいと思う人が増えるでしょう。
これを325人とします。同じ様に続けていきます。

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これを曲線にし、X軸上の間隔も縮尺に合わせてみましょう。(Joelが作ったExcel先生だと縦棒グラフから散布図に変更するだけで出来てしまう!)

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それっぽくなってきました。これで5,000円から4万円の間の任意の価格について、買う人の数がわかるようになりました。これが有名な需要曲線です。

では、プライシングはいくらにすればいいでしょうか?
「¥5,000? 一番たくさん売れるもの」 これは不正解です。
本数を最大化するのでなく、利益を最大化する必要があります。

利益を計算するにはコスト計算が必要です。ソフトウェアにかかるコストは様々ですが簡略化して開発費と1本に必要なランニングコストとしましょう。ここでは開発費は、何本売ろうと変わらないので、ここでは考えないことにします。

ランニングコストを3,500円として、Excel先生の出番です。

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おっと、どうやら何かに辿り着きそうです。
さぁ、グラフ化してみましょう。

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ワクワクしてきましたね。いよいよ最適なプライシングが行われます。
あとは、こぶの頂上からまっすぐ線を下ろして、利益を最大化するだけです。

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「嗚呼ゆるばしき日かな!億歳!兆歳!」(引用 ルイス・キャロル 「鏡の国のアリス」ナンセンス詩 山形浩生訳) 私たちは遂に最適な23,800円プライシングを決定することができました。ここまで読んでいただいてありがとうございます。

ゴホン! もう、見せるものはないですよ。さぁ、行った。行った。

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…行かないですね。という訳で、もう少し続きます。

《よもやま話》
英語の勉強のために「不思議の国のアリス」の原本を読んだら英語の古典らしく、単語や表現が古いというまさかの展開に。何とか頑張って読み切りました。終盤は法廷の単語が頻出します。

セグメント

突っ込みどころがある方も多いでしょうが、ひとまず無視して話を続けます。

Joelはここから消費者余剰の話を展開しています。どういうことかというと、23,800円で販売すると39,800円で買ってくれた高貴な12人からは1万6千円の消費者余剰が発生しているということです。(ちなみに、Joelは消費者余剰のことをエコノミストのジャーゴン[jargon: 素人にはわからない専門語・業界用語のこと]と呼んでます。)

これを使って、富裕層からは高い値段で、もっと安くないと買わないという方には安い価格で提供すると総利益は2倍ほどになります。
ただ、そんなことは不可能ではと思いますが、セグメント化を使うことで実現します。

ソフトウェアでないサービスも同じサービスなのに価格が違うことがあります。例えば以下の通りです。
●映画館:時間帯や性別・年齢により価格が異なる
● 航空料金:日付だけでなく、用途レジャーかビジネスかでも価格が異なる
● クーポン券:定価では来てくれない人たちを呼び込む
これらもセグメント化して集客を行い利益を最大化していることが分かります。子供料金は安いですが、大人も必ず来ますので収益アップに繋がるといった仕組みです。

では、ソフトウェアでのセグメント化はどうするのがいいのでしょうか。個人向け法人向けで機能や値段を変える。(プロフェッショナル版とホームエディション版ですね)教育機関向けのアカデミックエディションを作るというのは上記の例からもすぐ気付きますね。
ソフトウェアではバージョンを分けてセグメント化するのが良さそうです。これを採用する場合のJoelの話を引用します。

セグメント化のアイデアを試してみるつもりなら、一部のユーザにプレミアム価格で売るよりも、ある種のユーザにディスカウント価格を提示するほうがいい。誰だってふっかけられたくはない。59ドルの製品を79ドルで買うよりは、199ドルの製品を99ドルで買うほうをみんな選ぶ。理論的には人は合理的なものであり、79ドルは99ドルより安いのだが、現実には、彼らはぼったくられるのを嫌う。ペテンにかけられたと思うよりは、バーゲンで買ったと思うほうがいいのだ。

しかし、セグメント化にはデメリットもあり難しいところです。

セグメント化は「消費者余剰を掴む」ツールとしては有用であるにしても、長期的には製品のイメージに対してネガティブな結果をもたらすことになる。

これは難しいところですが、セグメント化は逆の見方をすれば同じものを違う価格で売っているのであり不公平感があります。高級ブランドなどが値下げはせずにセグメント化をするときは別ブランドを立ち上げるのはこういった理由があるからと思われます。

《よもやま話》
セグメントで思い出したのが、ある百貨店で安い布団と高い布団を販売していたところ、高い布団が全然売れず困っていたところ、後にNHKのプロフェッショナルで紹介される小売のプロが更に高い布団を販売するようにしたところ高い布団が売れるようになり利益が大幅アップしたという話です。少し日本的ですが、松竹梅を用意すると竹が売れるのはセグメント化で使えます。

やはりプライシングは難しい

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はい。お待たせしました。疑問にお答えします。
需要曲線の話をしたときにこういった疑問を持ったと思われます。
「人々がどれだけ払うつもりがあるかどうしたらわかるんだ?」

Joelの回答は以下です。

その通り。
そこが問題なのだ。
あなたは需要曲線がどんなものになるのか実際に知ることはできないのだ。

それどころか、需要曲線は右肩下がり(価格がある価格を超えると利益が下がっていく)であることすら確かなことではないそうです。

これは値下げすれば、今までの顧客は買ってくれるし、新たな顧客が増える。値上げすれば、ある程度の顧客は離れるし、今まで値段で買わなかった人は買わないだろうという前提で成り立っています。しかしながら、製品を腕時計としましょう。1万4800円で買う人が4,800円ならば買わなくなるかも知れません。逆に3万円以上だと買う人が増える可能性もあるのです。

人々は払っただけの価値のあるものが手に入ると信じているからです。安物買いの銭失いという言葉は優秀で、実際に人々は、一般的に高いものほど優れていると考えています。これはソフトウェアにも当てはまります。その結果、以下のようなことがおきています。

1. 無料
オープンソースその他。プライシングとは関係ないのでここでは割愛。

2. 安価(10ドル~1000ドル 日本だと1,000円~25万円)
低価格で非常に多くの人にセールスマンなしで売られる。

3. 高価(75,000ドル~100万ドル 日本だと100万円~1億円)
口のうまいセールスパーソンのチームを使い、一握りのお金持ちな大企業に対して売られる。

2と3の違いは承認がいるかいらないかの話です。日本だと一般的に25万円以下だと稟議不要で購入が出来たりする企業が多いです。そして、この中間(25万円~100万円)がないのはなぜでしょうか。ここは稟議が必要なのに、販促費がかかりすぎて、100万円以下の売上では利益にならないため、必然的に高額にせざるを得ないのです。
そして、大企業は実績の少ない安価な製品より、実績のある高価な製品を選択することがあります。
価格設定はシグナルだとJoelは言っています。

あなたが価格を設定するとき、あなたはシグナルを送っているのだ。競合ソフトウェアの価格が100ドルから500ドルの範囲にあり、あなたが自分は中間を行きたいと思って自分のソフトを300ドルで売ることにしたら、あなたは顧客にどんなメッセージを送ることになると思う? あなたは彼らに、自分のソフトは大したものじゃない、と言っているようなものだ。もっといいアイデアがある。1,350ドルにするのだ。顧客は「あれはとびきり上等にちがいない。連中はあんなに高い値を付けているんだから!」と考えるのだ。

そして彼らは会社のクレジットカードの上限が500ドルのために買わない。
まいった。

プライシングについて学べば学ぶほど、分からなくなってきますね。このトピックについて4000文字以上書いてきましたが、どこにも辿り着いていないようにも思えます。

え? 結論? 冒頭に書いた通り、本書は「明快ながら役に立たない製品価格付理論」ですよ。

あしからず。とはいえ、プライシングの奥深さ難しさは伝わったと思います。更にビジネスモデルと組み合わせることで深淵になっていきますが、少しでも参考になれば幸いです。

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執筆者プロフィール:伊藤 慶紀
大手SIerにて業務用アプリケーションの開発に従事。
ウォーターフォールは何故炎上するのか疑問を感じ、アジャイルに目覚め、
一時期、休職してアメリカに語学留学。
Facebookの勢いを目の当たりにしたのち、帰国後、クラウド関連のサービス・プロダクト企画・立ち上げを行う。
その後、ベンチャーに転職し、個人向けアプリ・WebサービスのPM、社内システム刷新など様々なプロジェクト経験を経てSHIFTに入社。
趣味は将棋、ドライブ、ラーメン、読書など

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