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「それでも生きなくちゃ」(23)

会社の冬休みに入ってから、アタシには朝の日課が1つ増えた。
毎日、起きて直ぐに体温を図る。

生理が遅れていた。
元々不順だし、来ない時は半年なんて長い期間生理が止まることもあったけど……

大晦日に君とセックスをしてから、アタシは夢の中の住人だった。

高温期が続いていた事……
怠さと、軽い吐き気が止まらなかった事……

妊娠初期の症状にどういうモノがあるのか、アタシは携帯で色んな検索ワードで調べながら、淡い、淡い夢を見ていた。

2週間……
本来の生理の予定日より遅れたら、薬局でこっそり買った、妊娠検査薬を使おうと、アタシは枕元にお守りのようにソレを置いていた。

2週間後は、1月14日は、17年前に亡くなったおとーさんの誕生日だった。

かかりつけの心療内科での1月の診察の時に、アタシは思い切って、担当医に聞いてみた。

「せんせ?今ねアタシが飲んでるお薬あるでしょ?あれさ、もし、もしもよ?妊娠してたら、赤ちゃんに影響あるのかな?」
アタシの言葉に担当医は、一瞬驚いた顔を見せたが、直ぐに真面目な顔をした。
「その可能性が今あるんですか?」
「ん……わかんない…わかんないけど、もし、もしね、妊娠してたらアタシ産みたい」
「相手の方は知ってるんですか?」
「ううん。言ってない。アタシ1人でも育てたい。アタシに子供が産めるならだけど……」
担当医はパソコンの画面を見て、アタシに言った。
「ADHDの薬はとりあえず、1ヶ月止めましょう、あとは幾つか減らすか、違うものに変えましょう」
「せんせ?」
「ん?なんでしょうか?」
「もし、妊娠してたら、アタシ……赤ちゃん産んでいいのかな?」
俯いたまま、担当医の顔を見る事がアタシには、できなかった。

年齢的にも、確実に高齢出産になるし、アタシの障害のひとつ、ADHDは遺伝する事も調べ済みだったから……

「正直、医者としての意見ですが、厳しいとは、思います」
「だよね……」
「でも、子供を産む事で、あなたの生きる気力となるのなら、私は産んでいいと思いますよ?」
「うん。やっぱりね、アタシ、自分の子供産みたい」
「とりあえず、ハッキリわかるまで、薬は調整しましょう」

そして、アタシは冬休みの間、君に会うことはなかったけど、1人毎日体温計の温度を確認して、幸せな未来を夢見ていたんだ。

君はそんなことちっとも知らなかったでしょ?

アタシね、普通のつまんないオンナなんだよ?
好きな人と、結婚して、好きな人の遺伝子を残して、そして、しわくちゃのおじいちゃん、おばあちゃんになっても、君と一緒にいたかったんだ。

アタシね、君と「家族」になりたかったんだ。

平凡でつまらない、普通の人生が欲しかったんだ。
もしかしたら、君ぢゃなくてもよかったのかもしれないけど、アタシはあの時は君と、君にそっくりな子供を産んで、2人で大切に育てていきたかったんだ。

笑えるよね?
君は1ミリも、アタシにそんな事期待もしてないし、アタシの事「好きだ」とも言ってくれた事がないのにね。

結局それは、夢で終わってしまったけど、アタシがおとーさんの誕生日まで、待てずに、まだ生理予定日から1週間しか経ってないのに、アタシは我慢が出来なくて、妊娠検査薬を使ってみた。

結果は「陰性」だった……
でも、アタシは諦めが悪くて、まだ、生理が来ないから、また、後1週間待てば、ハッキリする。

アタシは、夢を見ていたかった。
アタシは、ただ、自分を産みなおしたかっただけだったのかもしれない。

アタシの中にいる、小さなまだ、傷つく前の無邪気な子供の人格「sumire」をアタシの中から、カタチにして、あんな忌まわしい経験なんてせずに、真っ直ぐな人生を、君の子供を産むことで、やり直したかっただけなんだ。

今も、覚えてる。
1月11日に、下着に薄い赤い染みを見つけた時、まだアタシは生理ではなくて、着床出血かもしれない、なんて……

諦めの悪い夢の中の住人のまま、冬休みを終えた。

ねぇ?あの時、もし、もしもね、アタシが君の子供を妊娠してたら、君はどうしてた?

君に聞きたくても、聞けやしない……

結局アタシは、1月14日には普通に出血が始まって、予備で買っていた妊娠検査薬が使われる事は二度となかったのだから……


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