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「それでも生きなくちゃ」(21)
君が、アタシの部署に久しぶりに顔を出した日。
あの日は、多分そんな状態になる事は二度とないくらい、本館のラインが動かず、その為、アタシの工程もほぼ作業がストップ状態だった。
手待ちの時間は、なるべく他の仕事をするアタシも、さすがにする事がなくなり、掃除でもするしかないな……なんて思っていた。
作業途中で、1つ確認したい事があったのをアタシは思い出して、ADHDの障害があるアタシに、1番わかりやすく説明をしてくれるAさんの工程に向かった。
アタシがAさんの工程で、Aさんと話をしていたら、君が事務所から、ぷらぷらと歩いてくるのが見えた。
Aさんの工程が1番事務所に近いから……
君は、アタシを見つけると、いつもなら立ち寄らないAさんの工程に1番にやってきたんだ。
アタシに声を掛ける前に、Aさんに「よう!久しぶり。元気か?」なんて言って、アタシの顔をチラリと見た。
「あー元気です。元気です」と答えるAさんの肩をワザと強く揉んで、困り顔のAさんの反応を君は楽しんでいた。
アタシは君の制服の上着を指先で摘んだ。
軽く引っ張って、君の反応を待った。
君は、すぐに気がついてアタシの顔をやっと正面から見つめた。
眼鏡越しの君の目にアタシがいた。
「アタシは……元気ぢゃなかった……よ?……」
小さな声で、君にだけ聞こえるようにアタシがボソリと呟く。
「そっか……少し、話そうか?」
「ん……」
君はいつものように、アタシの工程に向かう。
アタシは君の後ろを歩きながら、君の広い背中を見つめた。
君と、手を繋ぎたい衝動を抑える為にアタシは自分の手をキュッときつく握った。
君はアタシの工程で、休憩用に置いてある椅子に腰をかける。
「アタシ、誰かさんのせいで元気ないんだけど?」
君はアタシの顔を見て、そして指先を見つめた。
「ごめんね」くらい言うのかと思っていたら、君はアタシの指先に触れて口にした最初の言葉が呆れるくらい、何にも変わらない、いつもの君だった。
「爪、新しくしたんだね」
悔しいくらい、そんな君の言葉に胸が熱くなる。
君がいつも、1番に褒めてくれるアタシのネイル。
君がいつも、1番に気づくアタシの香水の匂い。
君が……
君が……
君が……
何時だって、アタシが嬉しくなる言葉をくれるのに……
君の言葉1つで、こんなにも傷ついていたのに、アタシは君に、ごめんねって言って欲しかった訳ぢゃなかったんだ……
アタシは、ただ、また前みたいに、君とたわいないお喋りがしたかったんだ……
アタシの中にあーちゃんがいるのがわかった。
あの時アタシが君に投げかけた、強気なセリフは、アタシが言いたかった言葉ぢゃなかったけど、あの言葉が、君の不器用な気持ちを少しだけ引き出す事になった。
あの日の君の言葉、今でもアタシ覚えてる。
照れ臭そうに、ポツリとこぼした、あの言葉……
あの言葉が、今もアタシを支えているなんて、君は夢にも思わないよね。
「ねぇ?……1つ聞くけどさ、君、アタシに本当は興味なんか無いでしょ?」
「なんで……そう思うの?」
「だって、おかしくない?今まで、そんな素振り1ミリも無かったぢゃん?あの日、誰でもいいから、やりたかっただけぢゃないの?違う?」
アタシの口から出る乱暴なセリフ。
アタシいつもこんな風に喋らないのに……
君は、アタシの言葉に、触れていた指先に力を込めた。
「……可愛いと……思ってるよ?……」
その瞬間、アタシの頬に熱が籠っていくのを感じた。
恥ずかしくて、照れくさくて、でも、どうしようもないくらい、嬉しくて……
でも、素直になれないアタシは天邪鬼だ。
「嘘つき……」
「嘘ぢゃないよ?」
君がアタシの指先を弄ぶのをそのままに、アタシは涙が零れそうになるのを、必死に堪えた。
「まだ、怒ってる?」
君がアタシの顔を下から覗き込むように見つめた。
アタシは溢れ出しそうな涙を堪えたまま、首を横に振った。
アタシの中の、怒りの感情が遠い、遠い彼方へと消えていく。
君はどんな魔法を使ったの?
君だけがアタシに使える魔法……
いつか君がアタシにかけたその魔法が解ける日が来たとしても、アタシは君と過ごした日々が、アタシの人生で1番幸せな時間だったと……
どうしようもないクズなアタシの人生の中の、1番幸せな日々だったと、きっと、きっと、アタシの人生の終わりに思い出すよ……
ねぇ?君はそんなアタシの想いを抱え込んで、支えていける自信が無いから、あんな風にアタシを突き放したの?
馬鹿だねキミも、アタシ君となら、自分の脚で、君と歩幅を併せて、歩く事くらいなんでもない事なんだよ?
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