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「それでも生きなくちゃ」(19)

アタシは君と「普通」の恋愛がしたくて、ただそれだけで、君に、アタシの我儘を押し付けてしまっていた事、今ならわかる。

君は、まだスタートラインにもいなかったのに、アタシは君の手を引いて一緒にゴールテープを切ることだけをただ夢見ていた。

タイムリミットが近づいていたから、アタシは「普通の幸せな人生」を手に入れたくて仕方がなかったのかもしれない。

だから、君が「あんまり、俺に、本気になるなよ?」ってメッセージを送って来た時、一瞬でアタシの夢見た世界が崩れ落ちて、アタシは、自分の感情を制御出来なくなったんだ。

女子更衣室で真夜中の休憩中、1人で泣いた事なんて、君は未だに知らないよね。

君がどんな気持ちであんなメッセージを送ってきたのか、今なら、わかる気がするけど、あの頃はわかってあげられる余裕なんてアタシには無かったんだ。

君、本当は、怖いんでしょ?

今更、本気で誰かに恋をする事が……

アタシとのメッセージのやり取りで、話の辻褄が合わないこと、君は気がついてたのかな?

アタシに話したはずの事を、アタシが理解してなくて、ただアタシが我儘言ってるってきっと思ってたよね。

ごめんね。アタシの中にいるあの子が、君とセックスする前から、目覚めてた事に、アタシ自身が気がついてなかったから……

君が、日曜日も忙しくて、時間が無い理由を知っていたのはアタシぢゃなくて、あの子。
君が喫煙所で会社に内緒でしているアルバイトの事を話したのは、アタシぢゃなくて、あの子だったんだって後からわかったの……

だから、アタシ君が休みの日に「時間が無い、会えない」って言う理由がわからなかった。

君は、アタシとあの子の区別なんてつかないだろうし、アタシの中に別の人格がいるなんて、普通は、わかるわけないもの……

いつから、あの子は目覚めていたんだろう?
アタシが君に恋をしたんぢゃなくて、あの子が君を気に入ったから、あの日アタシと君はセックスする事になったの?

全部、あの子が仕組んだ事なのかな?
自分の気持ちが揺らぐのを感じた。

君と「普通」の恋愛がしたかっただけなのに……

不意に、昔付き合っていたオトコの事を思い出した。
君と同じ、遊び人で、優しくて、でもちょっとズルい人……
あの子が好きなタイプはいつもそんなオトコだった。
「あーちゃん?ねぇ?今、何処にいるの?」
アタシの中のあの子に問いかけた。
アタシは自分の中の人格に名前を付けていた。
「あげは」
昔、アタシが夜のお仕事をしていた時の源氏名……
アタシはあの子がサポートしてくれていたから、ホステスとしての仕事を嫌だと思うこと無く続けられていた。
臆病なアタシをずっとずっと支えてくれていた大切な人格。

怖い事からアタシを守る為に生まれた、もう1人のアタシ……

脳裏に声が響く……
(もしかして、なんか怒ってる?)
「……ううん……怒ってない……怒ってないけど……あーちゃんまた、アタシでゲームしようとした?」
(やっぱり怒ってんぢゃん)
「……あーちゃんのする事にアタシ怒ったりしないよ……だけど、今、自分がわかんなくなっちゃった……アタシ、勘違いしてた?……また、都合よく遊ばれただけなのかな?」
自分で言ってアタシは悲しくなった。
愛される資格なんて、とうの昔に失ったのに、こんなにも、まだ誰かに愛されたくて仕方ない自分がいたなんて、気付きたくなかった。
(遊ばれたかどうかはアタシにもわかんないよ?だけど、あの人アンタに優しいぢゃん?だからさ……ちょっときっかけ作ろうかなってだけだったんだけど……余計なお世話だった?)
「……ううん……いいよ……もう……なんか……疲れた……なんにも考えたくないや……もう……」
(眠りなよ……後は、アタシがうまくやるから)
アタシは脳裏に響く声に従うように、そのままゆっくりと目を閉じた。

アタシはまた自分の中の暖かく、柔らかい場所に堕ちて行く。


その後、アタシの記憶にないメッセージが君に、送信されていた。
「暫く、君の顔みたくない。アタシの部署に、仕事ぢゃない時はもう来ないで」

「わかった」と一言君からの返信。

それから、君はアタシの部署に顔を出す事が無くなった。

それで終わりに出来たなら、アタシは、タイムリミット前に全ての秘密を抱え込んだまま、消えてしまえたのに……

結局、秘密を秘密のままに出来なくて、家族だと思っていた人達から決別してしまった後も、アタシを支えてくれたのが、君だなんてね……

これが、愛ぢゃないなら、なんなのかな?
君の不器用な愛だけを支えに、今もアタシが生きている事に君は気がついてるのかな?





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