見出し画像

「それでも生きなくちゃ」(17)

家に着いて、君をリビングに招き入れた。
入院した、おかーさんからのびっしりと書き込まれた書き置きが、テーブルの上一面に広がっていた。
赤いペンで、ゴミ出しの日、冷蔵庫のドアを閉め忘れるな、玄関の鍵をかけろ、事細かく書かれた紙を見てアタシは、軽くため息をついた。
(いつまで、この人は、アタシを何も出来ない子供の様に扱うんだろう)
そんなアタシを、君は黙って見つめていた。
君の手がアタシのカラダを後ろから抱き寄せる。
アタシの服を脱がそうとする君の手を、アタシは振りほどく事すら出来なかった。
君の手が、アタシの顔に触れ、そのまま、君の唇が私の唇に重なる。

アタシは君の貪る様な激しいキスに、何もかもがどうでもよくなって、君の舌に自分から舌を絡めた。
君の頭に手を伸ばし、君の髪に指先を絡めた。

あの日のキスを今でも、ハッキリ覚えている。

想像もしていなかった、君の情熱的なキス。
今まで、色んな人と唇を重ねてきたけれど、アタシが人生の最後に思い出すのは、君と初めて唇を重ねた、あの日のキスだけだ。

「ねぇ……ダメ……シャワー浴びなきゃ……」
君はアタシを抱きしめていた腕を緩めて、そうだね。と言って、素直に服を脱ぎ始めた。
アタシも、自分で服を脱いだ後、チラリとショーツにどれくらいの出血があるか確かめた。

(まだ、始まったばかりだから……大丈夫かな?)
君をバスルームに案内して、シャワーの音度を確かめる。
「ね?……熱くない?大丈夫かな?」
君は大丈夫だとでもいうように、コクリと頷く。
君のカラダを洗いながら、アタシは頭の中で、20代の頃の、人には言えない仕事をしていた事を思い出した。
君には、知られたくないな。
なんて思っていたけど、結局アタシは自分から、アタシの過去に起こった事から今まで、何をして生きてきたかの全てを話してしまう事になるのだけれど……

君は、不意にアタシのカラダを軽々と持ち上げ、そのまま、君はアタシの中に入ってきた。

痛みなんてものは感じなかった。

言葉にはならない、アタシの口から溢れ落ちるオンナとしての甘い吐息。

音が響く自宅のバスルーム。

君の首にしがみついて、アタシは君とのセックスに溺れていく。
君の太ももに、アタシの中から漏れていく、一筋の赤。

生理の出血が始まった事に気がついたけれど、君はそんな事はなんでもないとでも思っているのか、バスルームでアタシと初めてのセックスをした。

「ダメだ、腰がやばいな」
アタシのカラダを抱き上げていた腕を緩めて、君はバスタブに腰掛けた。
「腰痛い?」
アタシは君のカラダにシャワーを当てながら、君の腰をさすった。

「てか、いきなり入れてくるの反則だよ」
君は、ニヤリと何時もの様に笑う。
「気持ち良かったんぢゃないの?声出てたじゃん」
「もう、恥ずかしい事言わないでよね。カラダ拭いてあげるから、ベッド行こ?」
アタシは君の手を取って、バスタオルで君のカラダを拭いた。
君はアタシにされるがまま。
これぢゃ、どっちが主導権握ってんだかわかんないな、なんて思っていた。

君がアタシとセックスしたかったのか、アタシが君とセックスしたかったのか……

アタシの中で、もう1人のアタシが囁く……
(気持ち良いならそれでいいぢゃん?難しい事ごちゃごちゃ考えないで、久しぶりに楽しもうよ?)

あぁ……また、アタシの中のあの子が囁く。
(大丈夫だよ。怖くないから、アタシがいつも一緒でしょ?)

ただただ恐怖でしか無かった過去の忌まわしい出来事を、乗り越える為に生まれた、もう1人のアタシ……

君はまだ、その時は気づいてなかったね?

アタシの中にいる。あの子の存在に……

眠っていた、あの子をまた、アタシの中に強く感じた。

キミとのセックスがきっかけで、眠っていたあの子がまた、アタシに囁き始めた。

(ねぇ……もう、怖くなんかないでしょ?)

君は、アタシとセックスしながら、もう1人のアタシを一緒に抱いていたことに、その日は気がつかなかったね。

アタシの中にいる他の人格の事なんて……

君への恋心はアタシだけのモノ……
他の人格では無く、アタシ自身が君を求めていた。

でも、あの日から、また、眠っていたあの子が目覚めた……

「乖離性同一性障害」君が知らないアタシの秘密。

君とのセックスをきっかけに、アタシの人性がまた、思ってもみなかった方向へ、大きく動き始めた……


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?