見出し画像

「それでも生きなくちゃ」(20)

君が、アタシの部署に来ることが無くなって、どれくらいの日々が過ぎただろう。

悲しみと怒りとが綯い交ぜになった気持ちを抱えたまま、やらなきゃいけない仕事のルーティンを淡々とこなす事だけに集中するしか無かった。

手が空いた時間に、押し寄せる苦しみ。だけど、仕事中だから、脳裏から追い払う為に、感情を殺すしか無かった。

休憩時間に他の人と会話をする事も辞めた。

アタシはアタシの中にあーちゃんが居ることを前よりも強く感じていた。

あの記憶にないメッセージ……
あーちゃんがどういうつもりであのメッセージを送ったのかは確かめなかった。

でも、今、君の顔を見て冷静でいられるかどうか自分でもわからなかった。

アタシの工程に、作業途中の君の仕事があるのを発見した。

張り紙に君の名前があったから。

(アタシが夜勤の時、来てるんだ……)

仕事だから、アタシの部署に顔を出すことは仕方がないのは、理解していた。
でも、君は律儀にアタシとの約束を守っていたんだ。

アタシが昼勤の日に、君も来ることを避けていたんだね。

張り紙に君の名前を見つけた時、胸がキュッと傷んだ。

暫くして、

1度だけ、夜勤の時に、駐車場に君の車がある事に気づいたけど、でも、君は事務所に顔を出すことはしなかった。

アタシが誰とも口をきかず、仕事をしている事にM君は気がついていた。

作業途中に、M君がアタシに声を掛ける。
「最近、大人しいけどどうした?なんかあった?」
「仕事に集中してるだけだよ?」
「……それだけ?また、女の子達となんかあった?」
「ないよ。別にあの子達と喧嘩とか、揉めたりする程深く関わってないし……」
同期の女の子達はアタシよりもかなり歳下の子達だから元々当たり障りなく接していた。
時々、あの子達が仕事で手空きが出た時に、お喋りばかりして仕事をしない事に関して、M君に苦言した事があったから、多分M君はその事で、またアタシが怒っているんだと思ったんだろう。
「ねぇ?M君確か、娘いたよね?」
何故アタシはそんな事を口にしてしまったのか、M君……いや、娘を持つ男の人の意見が聞きたかったのかもしれない。
「ん?居るよ?それがどうしたの?」
「離婚してても、娘ってさ、やっぱり特別?」
「そうだね。娘はやっぱり可愛いよ?」
「そうだよね……」
「そういうもんぢゃない?」
「うーん……例えば、例えばの話なんだけどさ、自分の娘がさ、好きになった男に都合よく遊ばれてさ、あっさり捨てられたら、どんな気持ちになる?」
M君はアタシの横顔をじっと見つめていた。
「相手の男を絶対許さないかな……」
「そっか……」
「そういう男ってクズだと思うよ?俺はね」
クズ……そうなのかな?
アタシは君の事を考えていた。

いや、アタシの方がクズだ。
愛される資格がないのに、愛されたくて、君の優しさに甘え過ぎていた。
君の本心を知ろうともせず、君の優しさに縋りついた。

君には、アタシは重荷でしか無かった……ただそれだけの事だ。

「それさ、もしかして、自分の話?」
M君の言葉にアタシはぎこちなく笑うしか無かった。
「……いや、一般論……」
「……クズな男なんて、一生クズだと思うよ?まぁ、俺も離婚してるから人の事言える立場ぢゃないけどさ」

確信は無かったけど、M君は君とアタシに何かがあったんぢゃないかと、気がついていたのかもしれない。

でも、M君に話す訳にはいかない。
でも、いつまでも、君を避け続ける事が難しい現実があった。

事務所で、毎日顔を出していた君が来なくなった事を他の女の子や、社員が噂し始めていた。
M君が夜勤に君が喫煙所に来た時に事務所顔出さないの?って聞いた時に君が「今は、ちょっとね……」と言葉を濁した事をアタシはその時初めて知った。

いつまでも、このままにはしておけなくなった。

アタシは、君にメッセージを送ることにした。

「周りが変に思ってる。アタシもう、怒ってないから、こっち来てもいいよ。」

君からの返信は無かった。

だけど、君は、そのメッセージを送った直後の休憩時間にやって来て、喫煙所に居るアタシに、前と変わらず、何事も無かったかのように「久しぶり」なんて言って、笑顔を見せた。

もしかして、君、アタシに許してもらえる日を待ってたの?







この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?