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「それでも生きなくちゃ」(11)

少し、話が前に戻るけれど、君とセックスをするような関係になった事柄の詳細は、こういう事だった。


いつも通り仕事を終えて、アタシは、駅までの道をヘッドフォンで両耳を塞ぎ、大好きなさめざめさんの楽曲を聴きながら歩いていた。

すれ違った自転車に乗った男の子が、アタシの少し手前で止まった。

海外から、うちの会社に出稼ぎに来ている男の子だろうなと、アタシは思った。

でも、本館にしか居ないはずだから、アタシはその男の子に見覚えは無かった。

残業で、19時を過ぎた駅までの道、田舎だから、街頭も少なく薄暗い。

夜道で知らない人に声を掛けられることは、アタシにとっては恐怖以外の何物でも無かったから、自転車を止めたまま、振り向きアタシを見ている男の子と目をあわさないように、アタシの足元だけを見つめて、じわりと掌に汗が滲んでくるのを感じながら、足取りを速めた。

自転車の男の子はアタシとすれ違う瞬間、自転車を押し、アタシの横に並んだ。

何か声を掛けられたが、アタシの耳はさめざめさんの歌声しか聴こえない。

すると、その男の子はアタシの肩をポンッと軽く叩いた。

仕方なく、ヘッドフォンを外し、アタシは「何か用ですか?」とだけ問うと、その男の子は、「ナマエ、オシエテ?オトモダチニナリマショウ」とニコニコ笑いながら片言の日本語で答えた。

文化が違うから、「ナンパ」をするという事は、挨拶と同じくらい事で、自転車の男の子の国では普通の事なのも、悪気がないのもアタシだって、理解は出来る。

でも、でも、ここは日本だ。

夜道で、いきなり知らない男の子に声をかけられて、そんな事を言われても、アタシはただただ恐怖を感じてしまうだけだった。

「名前なんて、教えられないし、お友達にもなれません。ごめんなさい」
なんで、アタシが謝っているんだろうと、理不尽な気持ちになりながらも、自転車の男の子から少しでも離れたくて、駅までの道を真っ直ぐに、少しだけ歩みを速めた。

また、ヘッドフォンで両耳を塞ぎ、音量をさっきより少しあげた。

自転車の男の子はしばらくアタシの横を並走していたが、アタシの耳にはさめざめさんの歌声しか聴こえない。

しばらくして、自転車の男の子は諦めたのか、コンビニ横の脇道に入り、アタシの前から姿を消した。

もう、会うこともないだろうと、アタシは安心し、駅までの道を急いだ。


でも、次の日も、自転車の男の子はアタシの姿を見つけ、同じように声を掛けてきた。

この一件が、君とアタシを深く結びつけ、セックスをするような関係になるなんて、誰が予想出来ただろう?

きっと、神様にだってわからなかったんぢゃないだろうか?

君とアタシが、初めてセックスした日が来るのは、それから、1ヶ月後の事だった。


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