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「それでも生きなくちゃ」(22)

あの日から、また君は毎日、以前のようにアタシの部署に遊びに来た。

アタシは別に君の彼女でもなく、君もアタシの彼氏でもないのに、お互いの距離が近づいていたようにアタシは感じていた。
いや、そう錯覚していたのかもしれない……
もしくは、そうであれば良いと思いたかったんだ……

寒い冬の日、秘密の喫煙所でまた、君と2人きりになった時、君はアタシが着ているダウンジャケットの首元に手を伸ばしてきた。
アタシは君の手が冷たいから、寒いのかな?なんて思って、そのまま君の手をダウンジャケットの首元に入れてあげた。
「手、寒いの?」
「んー、いや、おっぱい触りたい」
予想外の君の言葉に、アタシはびっくりして、一瞬言葉に詰まってしまった。
そんなアタシを見てニヤニヤ笑う君を、アタシは睨む。
「馬鹿ぢゃないの?ここ会社だよ?」
「会社ぢゃなかったら?」
「……」
君がまだアタシとセックスしたいと思っているなんて……

一度きりの割り切った大人同士の火遊びではなく、君がどういうつもりで、また、アタシとのセックスを求めたのかなんて、今でも答えなんてわからないし、あの時どうするのが正解だったの?

君を拒んでいたら……
君に嫌悪感を感じる事が出来たなら……

アタシは、こんなにも狂おしい気持ちを、知らずに生きていけたのかもしれない。

もしくは、自分の人生を終わらせてしまえただろう……

アタシは君にとって、都合のいいオンナに成り下がったとしても、君がアタシを求めるのならそれでも構わないとさえ思ってしまった自分に呆れていたけれど、君ともう一度セックスをしたいとアタシも思っていた事に気づいてしまった。

君は一度だってアタシに「好き」という言葉を言ってくれやしないのに……

アタシの工程に遊びに来ては、誰も見てないのを見計らって、アタシのカラダに触れようとする君と、会社だから「何してんのよ!馬鹿ぢゃないの?」なんて言ってニヤニヤ笑う君を睨みつけるアタシと君のたわいもないやり取りに嫌悪感を感じない自分がいた。

嫌悪感なんてある訳がなかった。
君にかまわれる事が、アタシは嬉しかったんだ。

そして、あの日から、毎日送られてくる君からのちょっとエッチなメッセージ。
君とアタシの、あのメッセージの内容がもし、職場の誰かに見られてしまったら、多分君はクビになってしまうんぢゃないかな?なんて心配もしつつ、アタシは君とのメッセージのやり取りを自分からやめる事が出来なかった。

君に触れたい。
君とキスがしたい。
君にもう一度抱きしめられて、セックスをして、君をアタシのカラダでイかせたい。

アタシは、そんな事ばかり考えていた。

アタシはその時、1つだけ、叶えたい望みがあった。

その願いが叶う確率はわずか1%でしかないし、アタシのカラダでは、その願いは到底叶わないだろうと随分前に理解して、諦めてもいたけれど、アタシは、君の遺伝子をアタシの子宮で育てたいと、君の遺伝子を残したいと、夢見てしまったんだ。

何故、君だったんだろう……

まだ、あの忌まわしい過去の秘密を君に打ち明けてはいなかった。
タイムリミットが来た時に、アタシが予想していた結果と真逆の現実を突きつけられ、未来が見えなくなり、アタシが自分自身の生まれてきた意味と、なんの為に生きているのかがわからなくなり、絶望の縁に立ち、そのまま真っ暗な闇へ落ちていく寸前のアタシの手をしっかりと掴んで、引き上げ、支えてくれたのは、血の繋がった家族ではなく、君だけだったけど、君の遺伝子を残したいという気持ちが芽生えたのは、それよりも前の事だった。

アタシね、例え君と結ばれる運命ではないとしても、君の遺伝子がアタシの子宮の中で命を宿し、カタチになって、アタシの腕に抱くことが出来れば、アタシは生まれてきて幸せだって思える気がしていたんだ……

君がそんな事を望んでやしない事はわかっていたけど、君はアタシとセックスする時、一度だってコンドームをつけてはくれなかったよね?

今でも、忘れない、君と初めてラブホテルでセックスをした日。
1月31日の大晦日。

アタシはあの日から、17年前に亡くなったおとーさんの誕生日の1月14日の3日前まで、とても、とても、幸せな夢を見ていたんだ……

君には言わなかったけど、あの日君とセックスをした日、アタシのカラダは1番妊娠する確率の高い日だったんだ。

君に黙ってた事に、罪悪感はあったけど、君はバツイチだから、もう一度誰かと結婚する事なんてこれっぽっちも望んでない事は知っていた。
でもね、アタシ、君の子供を産んでこの腕に抱きたかったんだ。

君とアタシの遺伝子を残す事が出来たなら、なんて馬鹿な夢を見てしまうくらい、君の事がアタシは好きだったんだ。





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