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「それでも生きなくちゃ」(13)

本館の社員の中で、コロナに感染した社員が数名出た頃、ラインの仕事に穴が空くのを防ぐ為、外部から、M君が急遽、本館のラインに「応援」という名目で、行くことになった事が、君とアタシの「秘密」の始まりのきっかけになった。

本当は、もっと、もっと、前からアタシの中で始まっていた「恋心」
いや、恋なのか、愛なのか、そんな事すら理解出来ないまま、アタシの頭の中で繰り返し否定し続けていたけれど……
アタシの心は真っ直ぐに、君に向かって走り出していた。
15分休憩、何時ものように、女子更衣室のプレハブの裏へ行く。

何時もと違うのは、M君がいないこと、ただ、それだけの事だったのに、君とアタシが喫煙所で2人きりになるのは、別に初めての事ではなかったのに……

そう、本来の喫煙所でなら、何度も君と2人きりでタバコを吸っていたのに……

15分休憩では、本来、タバコを吸うことは禁止されていたが、女子更衣室のプレハブの裏は、唯一、監視カメラに映らない、本来の喫煙所ではない、秘密の喫煙所だった。

そして、その秘密の喫煙所で、初めて君とアタシが2人きりになった時、君とアタシの「秘密」が始まってしまった。

1つしかない椅子に、君を座らせる。
アタシはその横に立って、タバコに火をつけた。
「座らなくていいの?」
「君、おじさんだから、譲ってあげるよ」
アタシの言葉に、君は何時ものように、ニヤリと笑う。
そして、自分の膝をポンっと叩いた。
「ここに、座るか?」とアタシの反応を待っていた。
(また、何時ものエッチな冗談言ってるよ)
なんて、軽く考えたアタシは、君の顔を見つめた。
何時もみたいに「バカぢゃないの?」と笑ってやればよかったのに、アタシは悪戯心から、「前から?後ろから?どっち?」
なんて、スナックのホステスみたいな言葉を返した。

そこで、君が笑ってくれたら良かった。
そうしてくれたら、全てが、冗談で、お互い笑って、何も始まる事なく、それで終われたのに。

あの時、君が、どんな表情をしたのか、どうしてだろう、思い出せないでいる。
だけど、椅子に座った君の横でタバコを吸うアタシを見つめている視線を痛いほど感じていた。

だけど、気づかないふりをしていた。
気づかないふりをするしかなかった。

怖かった。
真っ直ぐに、アタシに向けられた、君の視線が……
動き出してしまったら、もう、誰にも止められない、自分でも、止められやしない。
それが、「恋」というモノなんぢゃないのだろうか?

不意に、君の手が伸びて軽くアタシのお腹に触れた。
「随分、痩せたな」
「ダイエット、頑張ったからね」
1年で13kg体重を落としたアタシのカラダを確かめるように、君の掌が、アタシのお腹を優しく撫でる。
普通なら「セクハラ」になりかねないその行為にも、君だから、アタシは嫌悪感を1ミリも、感じなかった。

何故、君にだけ、アタシは嫌悪感を感じなかったんだろう……

答えは出ていた。
泣きじゃくるアタシを、慌てて迎えに来た、あの日。

アタシの恋心は既に、君に向かって、まっすぐに走り出していた、ただ、それだけの事に、気付かないふりをし続けて、自分を騙していた事から、もう、逃げ出せなくなっていた。

アタシは君が「好き」だと言う答えを知ってしまった。

アタシはもう、自分を偽れなかった。
君にだけ……
君にだけなら……

アタシは、アタシの何もかもを、全てを知られても構わないとすら、君にだけ、思って、期待して、夢をみたんだ。

君の前でなら、「普通の女の子」になれるんぢゃないかと……






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