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「それでも生きなくちゃ」(5)


   

駅の近くのファミリーマートの喫煙所で、アタシは座りこんで涙でぐしゃぐしゃになった顔を軽く拭い、タバコに火を付けた。
深く肺にいれて、ゆっくりと吐き出した瞬間、何もかもが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
君がどんな車に乗ってるのかすら知らないのに、駐車場に止まる車を1台、また1台と目を凝らして見つめていた。
黒い車が1台目の前に止まって、君が慌てて降りてくるのがわかった。

「ごめんね。かなり待っただろ?」
「大丈夫。アタシこそごめんね」
灰皿に吸殻を捨ててアタシはゆっくりと立ち上がって、君の車の助手席に座った。
「いや、だって、急に泣き出すから何かあったのかって心配したよ」

「S上司もM君も嫌い」

アタシはそのまま俯いて黙り込んだ。
「タバコ吸いたかったら、吸っても大丈夫だよ?俺も吸うし」

アタシは君の言葉に素直に従ってタバコに火をつけた。
「あのね、送って欲しいって言いたかったんぢゃないの。夜道暗いのに、声掛けられるの死ぬほど嫌なの……だから……」
アタシはまた、涙が溢れ出てきそうになってきた。
「注意して欲しかっただけってこと?」
君の言葉にアタシは小さく頷いた。
「今まで、嫌な思いいっぱいしてるの……」
2本目のタバコに火をつけてアタシはそのまま黙り込んだ。
君はそんなアタシを横目で見ていた。
「少し話そうか?遠回りして帰ることになるけど」
君がなんでそんなことを言い出したのかアタシはわからなかったけど、まだ、少し君といたいとアタシも思っていた。
だから、君の提案に素直にいいよ。とだけ答えた。
少し前に発達障害(ADHD)の認定がついたこと、水商売をしていた頃にレイプされかけたこと、そんなことをぽつりぽつりとアタシは君に話した。

普通の女の子でいたかった。
当たり前のごく普通の女の子が夢見るようなことを、アタシはいつだって望んでいた。

「誰にも言わないでね?」
君はわかったというようにアタシの頭を優しく撫でた。
「話したくなったら、俺に話しな?いつでも聞くし」

「ありがとう」

君の優しさが手のひらから溢れ出しているようにアタシは感じたんだ。

だからきっと、アタシはあの日から、君に恋におちていたのかもしれない。

今になって、そんなことに気づくなんて、アタシはやっぱり馬鹿なオンナなんだなって改めて思ったよ。

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