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アイドルによるアイドル考察:「推しは推せるときに推せ」って、なんかしっくりこない!

こんばんは!
LoveCherishの赤色担当、志田千鶴です!🌺


最近、「その時の感情に任せて文章を書いた方が、言葉に気持ちが乗って良い記事が書ける」ということを学んだので、
さっそく今日感じたことをみんなに伝えたい衝動に駆られながら、必死にキーボードを叩いています!


今日、お仕事の帰りに、すごく悲しい出来事がありました。

一度食べて美味しかったからまた今度買って食べよ〜!と思っていたマフィン屋さんの前を通ったら、閉店していたんです…。

跡形も無くなっていて、本当にショックだった…。


乗り換えでよく使う駅にあったので、そのお店の前を頻繁に通ることがあったんですね。

で、通りかかるたびに、うわーやっぱりここのマフィン美味しそう!次はこの味を食べてみようかな〜!…と思いながらショーケースを眺めてはいたのですが、

次の電車逃したらまずいし…
とか、
今プチダイエットだし…
とか、
いつもよりお店混んでるし…
とか、

いろんなことをぐるぐる考えた結果、

「いつでも来れるから次買えばいいや!」

っていう結論に至って、買わずに素通りする。

これを何度も繰り返していました。


でも、その「次」があるなんて保証、今考えればどこにもなかったんですよね。

そこにあることが、私にとっては当たり前だったけど。

そのマフィン屋さんの店長さんは、日々の売り上げと睨めっこしながら、いつも買いに来てくれるお客さんや、支えてくれる家族の顔を思い浮かべて、一日一日必死の思いで経営していたのかなぁ。

こじんまりしたお店だったから、例えば1日あたりあと30個多くマフィンが売れていたら、潰れずに済んだのかなぁ。

私がお店の前を通るときに、ショーケース越しに眺めるだけじゃなくて、ちゃんとお金を払って食べていたら、ちょっとでもお店の支えになったのかなぁ。


なんてことを、閉店のお知らせを目にしてはじめて考えたんです。
今更考えても遅いことはわかっているけど。


でも、例えばそのマフィン屋の跡地に新しくハンバーガー屋ができたとして、
そこのハンバーガーが、私が前にマフィンを食べた時と同じくらいの感動しか得られない商品だったら、多分同じ道を辿っちゃうと思うんですよね。

1回食べて、美味しいな!って満足はするけど、2回目を踏み出すには至らない程度の味。
そして、気づいたら全体的な客足も遠のいていって、ある日そのお店の前に“閉店のお知らせ”が貼り出されている。
その時初めて、そのハンバーガー屋を特別リピートしていたわけではなかった人達が、「え〜!あそこのハンバーガー美味しかったからまた行こうと思ってたのに〜!勿体ない!」って口に出す。

「いや、閉店を悲しむなら、ちゃんと開店してるうちに通ってよ!今更遅いよ!」と思っちゃうんですが、
そういう人たちが「次があるから今度にしよう」を繰り返しちゃっていたのは、それなりの理由があるわけです。残酷だけど。


またまた例え話ですみません。
例えば私は一蘭のラーメンが超絶ハイパー大好きなのですが、そのマフィン屋の跡地に新しく一蘭ができていたら、絶対その道を通るたびに食べると思います。
次の電車を逃したら走ればいいや、と思うし、ダイエット中でも今日の夕飯抜けばいいや、と思うし、どれだけ混んでいても時間の許す限り並びます。どんな状況でも、何を犠牲にしてでも、一蘭を食べます。だって好きだから!


はい、尊い〜


…なんてことをモヤモヤ考えてながら、あぁこの感覚、何かに似てるなぁ…と思ったんです。


あ、あれだ。

アイドルファンの美徳的な感じでよく使われる言葉。

「推しは推せるときに推せ」

この言葉を見たときに抱く感覚だ、と。


「推しは推せるときに推せ」って、すっごく筋の通った言葉だと思うんです。

アイドルをしてる私が言うのも変ですが、どのアイドルも永遠じゃなくて、いつかは終わりが来ます。なんなら、さっき例に出したような飲食店よりはるかに平均寿命が短いかもしれない。生涯ファンの方の前に立ち続けるようなスーパーアイドルがいたとしても、人間だから、いつかは死んじゃって居なくなるもん。

だから、推しがアイドルとして自分の前に存在していること、そしてそれを推せる環境にいることって、当たり前じゃない。そのありがたみを感じながら、推しと過ごす一日一日を大切にしようね。こういう意味合いだと思うんです。

うん、正しい。ただただ正しい。


でも、この言葉だけだとな〜〜〜んか説明がつかない状況って、意外と多いと思うんですよね。

この世の中にアイドルが無限に存在する以上、かわいいなと思う子がどれだけたくさんいても、通う現場をある程度絞らないと身体1つでは絶対に足りない。
しかも、それを仕事や家事などのやるべきことと並行するとなれば、優先順位も考えて行動しなければならない。

そんな中で、
どれだけ無理をしてでも最優先で会いに行きたい!可能な限り力になりたい!って情熱的に応援できる推しもいれば、
卒業を知ってはじめて「あ、1回くらいは現場通っておけばよかったな〜」って思う程度の推しもいる。


つまりいくら「推しは推せるときに推せ」と言えど、お金や時間や体力が有限である以上、
「そもそも自分にとって有限なものと引き換えにしてまで推したいと思えるアイドルかどうか」という問題が根本に存在するわけです。
使い勝手の良さに相反して、決して軽い気持ちで使える言葉ではないから、しっくりこない時があるのかもしれないですね。


さっきの話で例えると、
自分が余裕のないとき、通りがかったマフィン屋に「食べられる時に食べて下さい!」って張り紙があったとしても、
「いや、今はマフィンに労力かけてられないわ!今度ね!ごめん!」って思うけど、
同じ場所にある一蘭に「食べられる時に食べて下さい!」って張り紙が張ってあったら、

「はい!!!!!喜んで!!!!!(゚∀゚)」

と、自分に余裕がないことも忘れてIQ3になってデュフデュフ入店するわけです。だって好きだから!


つまり、同じ言葉を掲げていても、お客さんは「時間やお金などの対価を払う価値のある方」にだけ足を運ぶわけです。


そしてだからこそアイドル側が「推しは推せるときに推せ」という言葉を使うときは、誤解を招かないように細心の注意を払わないといけないのかなぁと思ったりもします。

なぜなら自分自身が「誰かの有限なものと引き換えにしてまで推したいと思えるアイドル」であるという前提が存在しないとこの言葉は意味をなさないし、

「推してもらう」=「ファンの人が有限なものを自分に注いでくれる」という事実の有難みを理解していないといけない
です。ほんとに。

だから、推すということをただただファンの方に一任している感じというか、責任転嫁してしまっている感じというか、きっと本当にそういう意図で使ってるアイドルさんなんて実際はいないと思うんですが、そんなニュアンスが滲み出てしまわないように気をつけないといけないですね。


いや、本当に実際そういう意図で使ってるアイドルさんはいませんよ、絶対に。(2回目)(ビビりすぎ)


Twitterでは文字数が、ライブや特典会では時間が限られているからこそ、自分の想いを簡潔かつキャッチーに伝えようとするあまり意図しない形で受け取られちゃうことっていっぱいあるんです。
だから、気をつけすぎなくらい気をつけた方が、少なくとも私みたいなビビりアイドルの性には合ってるんです。


マフィン屋1つから、「推せるときに推そうと思ってもらえるアイドル」でいるためにできる限りの努力をしなきゃいけないなぁ、という結論に辿り着いてしまうくらい、アイドル活動に脳が侵されている志田千鶴でした。


とりあえず明日は一蘭食べようっと…。


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