父の伝言
はじめに
志田はどうでも良いから
はよ曲のレポせよ
と思われているのは重々承知である
なのでこの場で
次長話する時は「ルクセンダルク紀行」だ
と明言しよう
だが志田が
極めて個人的などうでもいい話をするのは
Romanが《物語》の外側で繋いだ《物語》
それが確かにここにはあるからなのだ
さて
Mon père.
我が父の年齢を
ローラン方にわかりやすく説明すると
2832歳である
これは父が後に計算したため
どんな公式を使ったかは父のみぞ知る
そして苦情も父のみぞ知る
我が父は井上陽水を愛し
志田が幼き頃に
温水洋一と井上陽水を間違えて
「この人が好きなんでしょ?」
と言ったら
苦笑いもできなかった程度には
井上陽水ファンである(敬称略)
我々はまさかのサングラスに弱い遺伝子を受け継ぐ
近年稀に見る父子なのである
それは寒い冬の…
志田は10代前半をほぼシベリアで過ごした
それは何にも熱狂できず
どんな焔にも暖まれず
ひとの沼に仮初のぬくもりを求めて
ただひとり震えていた
そう
志田の地平は凍てついた永久凍土だった
無理もない
好きなものを見つけられない自分に
当時は心底ガッカリしていたからである
嗚呼
昨日のことのように憶えて0102ます
それは冬の朝
志田は
己の脆い部分を
「なぜ皆みたいに何かを好きになれないのか」
父だけに溢したことがある
趣味だというゴルフも
志田には義務感でやってるように見えた彼なら
己の苦しみをわかってくれると思ったのだ
そして父は「きっといつか見つかる」と笑って
ある一枚のCDを貸してくれた
父から子へ繋ぐ《サングラス》
そう
我々のよく知るのとは別の
グラサン族である
世の男たちは音楽を極めると
サングラスをかけたくなる衝動に
駆られるのだろうか
当時志田は父が大量のCD持っていると
知らなかったし
井上陽水のファンというのもこの時初めて知った
そして彼もグラサン族だということに
今さっき気づいた
当時の志田は布教されることに
まだ快楽を得ていなかったし
10代女子に井上陽水だし
感想を述べることもせず
全部聴いたら父の居ぬ間に
スッと父の机に返した
それから週末になると
志田の机に新しいCDが置かれるようになる
井上陽水だけじゃなかった
Michael Jackson
カーペンターズ
大瀧詠一
Bruce Springsteen
QUEEN
歌手だけじゃなかった
ベルリンフィルハーモニー
ブラームス交響曲全集
ケルト音楽
音楽だけじゃなかった
小説朗読 藤原藤村「破壊」
落語「死神」
父がスッと机に置いては
志田がスッと机に返すを繰り返し半年
それは志田が舞台芸術と出会うまで続いた
そして10年間
志田から父の机になにか置くことは一度もなかった
小惑星Revo
そして10年後
志田は違うグラサン族のRevoと出会った
その衝撃は志田の長い氷河期を
一瞬にして終わらせた
「ご飯にシチューかける人いるんだ」程度の
衝撃ではない!
地球規模の温室効果が
徐々に高まっていくようなものではない!
ディープ•インパクトにより終わったのだ
馬ではない
そんなに可愛くない(諸説あり)
こっちのディープ•インパクトも確かに
嘶きは出せるし
手先に金属あしらいがちで
黒くて長い艶のいい毛並みだが
こっちのディープ•インパクトは
二本足で歌える系の
ディープ•インパクトである
断じて馬ではない
足は速くない
こっちのは小惑星Revoである
進撃の軌跡で出会い
Roman1発で
志田に蔓延っていた有象無象が
消し飛んだのだ
父が
専門家たちが
徐々に溶かしていった氷を
溶けきらなかった氷を
自分で溶けたことにしていた氷を
一夜にして彼の男が沸騰させた
父が
専門家たちが
一生懸命塗りつぶしてくれたおかげで
志田の何も塗られていない場所が
はっきりとわかったのかもしれない
その座標目掛けて惑星が落ちてきたのだ
それはグーで殴られるような
いや
後ろ足で蹴られると言った方が正しいとすら思える
とりあえずRevoに音楽で殴られたのだ
親父にもぶたれこたことないのに!
そして志田に灯った音楽は
出会った人たちは
殴った後に抱き締めてくれた
お前はここにいていいのだと
どこぞのDV彼氏かと思われたかもしれないが
ここの音楽家の話をしている
そして彼はおそらくわざと音楽で殴ってくるし
わかってて抱きしめてくるのでタチが悪い
だからローラン方も被害者の会
優しい
6600万年前
衝突したチクシュルーブ小惑星は
地球上の生物約75%を死滅させた
舞い上がった塵やガスで
太陽光線さえ届かない
地球は一度 死の星球となり
長い年月をかけて生物の多様性を生んだ
しかし志田にディープ•インパクトをもたらした
小惑星Revoは
致命的な角度 天文学的な精度で衝突し
他人の沼に仮初のあたたかさを得て
満足していた志田に
「沼ってのはこのことだ」と
メキシコ湾サイズのクレーターをつくり
志田の思考75%がRevoになった
衝撃に舞い上がった塵は
光を覆い隠すことなく
雨となって優しく降り注ぎ
ローランたちが種を植えてくれた
二度目の氷河期を迎えることなく
心地よい温もりを湛えたまま
志田の地平を潤す
小惑星Revoは
仮初の温もりだと気づかせただけでなく
志田に春をもたらした
告げたい
志田の氷河期の終わりを
それは永久凍土を蝋燭で溶かそうとするような
小さな焔であったけれど
その焔で確かに志田の地平はぬくもりはじめた
初めて温めようとしてくれた
蝋燭の光を分けてくれたひとは
この出会いを祝福してくれるだろうか
子から父へ告ぐ《サングラス》
実は志田
ずっと報告したかった
しかし成人した娘は父と面と向かって話すなど
くすぐったくて仕方ない
偶然か必然か
家に帰ると書斎(物置)に父がいた
手には紡がれた《物語》
父の机にスッと置いた
初めて買ったCDを
ローラン方に導かれて手に入れた《物語》を
志田の好きな志田のRomanを
父は驚いたようだった
それでもすぐに笑って
「バイトの時間だろう」と送り出した
久しぶりに見た顔だった
娘の机にCDを置き続けた
あの父の顔だった
父の伝言
志田は仕事中もずっと噴水の周りを回っていた
いや噴水の周りで仕事していた
賢者の前を何度もチラチラした
音楽が音楽なだけに
「よくわからんかった」と返されたらどうしよう
そんな噴水前のベンチに座っていた志田に
一通のメールが届く
噴水だ
これは噴水の
噴水の水なんだ
Romanが繋いだ《物語》
志田は驚いている
Romanが志田の《物語》に
織り込まれてきているのだ
Romanの《物語》の外側であったはずの
志田と父の《物語》
Revoさんが作った音楽は
地平の端っこにいた志田のところまで
確かに届いて
Revoさんの預かり知らぬところで
また新たな《物語》が紡がれたのだ
解釈の自由が
「私だけの《物語》」を許してくれる気がするのだ
これはあなたにも分かってくれるだろうか
寒い冬の窓辺で
曇った窓ガラスに耳をすませば産声が聞こえる
凍えるような朝に
誰かの息吹を感じて「元気でいるならそれでいい」と
少しぬくい気持ちになる
黄金の黄昏に染まる公園で
待っていれば胡散臭い誰かが
きっと手を差し伸べてくれると
花屋に紫青の花を見ても
街角のサングラスを見ても
違うサングラスのCDを差し出されても
私だけの伝言を知っても
こんな些細なことにも
彼の音楽の細かな繊維を感じて
私の人生に織り込んでいく
織り上がった布は
誰かを
温めるうるかもしれないし
傷を庇うかもしれないし
革命の反旗になるかもしれない
今日もまた
あの幻想を現実の中に探してしまう
そしてふとした時に
幻想と現実はやはり繋がっていたんだと
少し嬉しくなる自分がいて
より一層愛おしくなる
そして少し奇行に走る
志田は駆動音に冬の子の頑張りを感じて
冷蔵庫をしんみりなでたことがある
誰かと出会い
美しい光を見た
何かを失い
涙を溢した
その全てが聴き手一人ひとりの人生に
こうして彼の音楽が織り込まれて
《物語》の外側に私だけの《物語》が織り上がる
私たちは自由なのだ
彼の音楽でどんな景色を見てもいいのだ
きっとその景色はみんな違って
でもどこか似ていて
きっと美しいのだ
だからこんなにも愛おしい
これは
彼の作った《物語》であり
朝と夜を廻る《物語》であり
冬の子の春を待つ《物語》であり
私に春を告げる《物語》であり
私と父を繋ぐ《物語》であり
私だけのRomanなのだ
そしてあなただけのRomanも
あなたの腕の中にある
志田の伝言
布教されること百戦錬磨の志田に
初めて布教したのは父だった
そして
志田が初めて布教したのも父だった
10代前半の志田に
井上陽水を聴かせたのは長年の謎だったが
今なら少しわかる気がする
父のCDは
「好きになれなくてもいいから—————-」
という伝言だったのだ
だから
父は自分の一等好きな音楽を
子に聞かせたかったのだ
そして志田も一等好きな音楽を
父に聞かせたかった
父が子に初めて繋いだ音楽は《グラサン》だが
子が父に初めて繋いだ音楽も《グラサン》だった
志田の父は2832歳だが
音楽の母は2023歳だった
志田の平坦な地平に隕石をぶち込んだのは
間違いなく彼なのだが
志田の地平に優しい雨を降らせたのは
間違いなくローランだった
ここに《物語》はあると知っている
Je suis heureux.
余談
天使の彫像を聞いて
一体おいくつの時に作詞したのか
父があまりにも気になるようなので
志田が
「今は2023歳だということだけ知っている」と
冗談で余計なことを言った
何か多分恐ろしいことを検索して
それで嬉々として「俺は2832歳だ」と言ってきた
もちろん素面ではない
素面だったら前足で殴っているところだった
父は己の知識欲にロックがかからないタイプなので今夜にも志田は父に
諸々の先を越されている可能性がある
由々しい
そして父はどうやら
YUUKIさんのお声がお好きな様子
「独りごつみたいに歌う声だね
喋る声がきっと綺麗なんだ」と
いろんな人が出てきて楽しいと
そして歌詞カードは老眼でちゃんと
読めなかったらしい
穴は見えていた
ハンカチは「全くわからん」と
あれはたぶん志田のじゃないけど
志田が勝手に鼻水拭いて既にベシャベシャなので
父が何か拭いてなくてよかった
志田の初めての布教は
まずまずと言ったところだろうか
衝撃的だったのは
父がRevoさんのVを
いちいち下唇を噛んで
「れゔぉ」と発音することである
そしてれゔぉさんの写真を見て
「あれ?美人さんだね」と言った
「あれ?」がどういう意味なのか
酒のせいか知らんが
致命的な勘違いをしている可能性がある
嗚呼、由々しい
人生は儘ならぬ
されど此の痛みこそ
私が生きた証なのだ
ここまで読んでくださったあなたに
心から感謝を
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