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UVERworld「SHAM ROCK」を聴きながら書いた一幕劇、ジャムトースト

 幹雄の彼女
幹雄 梓の彼氏

朝、1Kのアパートのキッチンテーブルで幹雄が朝食にジャムの塗られたトーストを食べている。
梓は冷蔵庫を閉めてからテーブルにつく。

「幹雄ってほんと、ありがとうの一言が言えないよね」
幹雄「言えるよ」
「じゃあ私が言ってもらってないだけか」
幹雄「憶えてないだけだろ」
「はあ」
幹雄「ショックだわ。感謝してるのに。それを伝えてるのに、憶えてないって何。」
「怒ってるの?」
幹雄「返してほしいわ、俺の言葉とか。言葉に込めた気持ちとか。」
「えーっ」
幹雄「返してよ」
「私からしたらもらってないのに?」
幹雄「だからその、“もらってない”っていう認識がショックだっていう話をしてるんじゃん。こっちが気持ち込めて贈ったプレゼントを、もらってないよとか言うわけじゃん」
「もらってないものは返せない」
幹雄「とか言うワケじゃん。やばいって。そういうやばさを周りの人に指摘されることない?」
「ないよ」
幹雄「陰では言われてると思うよ」
「なんで私が責められてるの?」
幹雄「この後に及んで加害者意識がないなんて」
「あんたがスッとありがとうって言えばいいんじゃないの?」
幹雄「俺が?今?なんで?ショック受けてるのは俺なのに?」
「それはあんたの中の話でしょ」
幹雄「そりゃあそうでしょ。俺の認識っていうのは俺の中にあるもので、俺はその俺の中の俺の意識で世界をみてるし解釈してるんだから。俺の中の俺の意識が梓の中に芽生えてるとか、梓が梓の中にある梓の意識が俺の中に俺の意識とは別物の梓の意識としてあると思ってるんだとしたらそういう考え方って梓が俺の中に俺の意識があるっていってもその俺の中の俺の意識が俺の中に占める比率は百パーセントじゃないって見做してるわけで、梓は俺を見ているようで本当は俺を見ているときも俺の中に何割か自分自身を見ているってことだろ?それって信頼とか愛情とかじゃなくて相手に何かを伝えるっていうコミュニケーションにおける怠慢じゃない?人間が他の動物と違うのは言語っていう具体的に体系化されたコミュニケーションの手段を持ってるところにあるじゃん。梓の態度って人としての自覚に欠けているんじゃないの」
「何言ってるの? 全然わからないんだけど」
幹雄「今のその発言によって梓は伝えることをサボっているだけじゃ飽き足らず受け取ることさえしようとしてない二倍の失礼を働いていたっていう自覚は持ってる?俺が必死に言葉を紡いでそれを梓に届けようとしているのに、梓は俺が届けようとしている言葉の中身を確認しようともしないっていうかそもそも扉を開けてさえくれてないんだよ。たとえば宅配ピザ頼んで配達員さんがやってきてチャイム押してるのに一切出なかったらその配達員ってどうすればいいのかな。想像してごらん。何度もピンポンピンポンしてるのに無反応で、ずっとドアの前でたった一人立ち尽くしてるんだよ。ピザだってどんどん冷めていくし、配達員はそのことを心配もしている。だってピザの配達員はもちろんピザを温かいうちに食べてもらいたいと思っているに違いないし、もっと言えば彼の務めるピザ屋だってそのように思っているから配達に際してバイク利用を採用しているんだし、配達員っていうのはそのピザ屋の温かいうちに食べてもらいたいっていう企業理念みたいなものに多かれ少なかれ共鳴しているからアルバイトにせよ社員にせよそこで働こうとそもそも思ったわけじゃない。梓がしたことは気まぐれとかめんどくさいっていうちょっとした心の動きによって引き起こされているのかもしれないけど、たった一人の配達員さんを通して、もっと沢山の人とか、彼ら全員の中にある総体としての歴史みたいなものまで見下して踏み躙っている行為なんだよ」
「私ピザ注文してないもの」
幹雄「注文していないのに配達員がピザ届けに来てチャイム押すことの確率ってどのくらいだろうね?」
「ピザの話なんかしてなかった」
幹雄「ピザの話をする前に俺はちゃんと“たとえば“って言ったじゃん。梓ってこれまで“たとえば“から始まるセンテンスをどういうものだと思って聞いてたの?」
「……」
幹雄「“たとえば“って言葉を人生で初めて聞いたなんて言い逃れをしようとしても逃がさないよ。二十年以上日本で生きてきてその間に一度も耳にしたことがない確率ってどのくらいだろうね?」
「……」
幹雄「俺が「どのくらいの確率だろうね?」「どういうものだと思って聞いてたの?」「どのくらいの確率だろうね?」って質問してるのにそれに答えずあまつさえずっと黙ってるけど、その沈黙って沈黙自体が答えとかにならないよ。イエス/ノーで答えられる質問をしていないから。だから沈黙はただの沈黙として何も回答していないと見做されるからね」
「……」
幹雄「寝たの?目を開けたまま」
「……」
幹雄「ちなみに質問は四つになってるからね」
「寝てない」
幹雄「喋れるんじゃん。あと三つね」
「別れる」
幹雄「三つのままね。さっきも言ったけど、話をすり替えようとしても逃がさないから。こういうのって、やった方が忘れてもやられた方は絶対忘れないものだから。俺の逃がさないって言葉には、俺がさっきから感じてる苦痛をこれからの人生の中でたとえどんなに喜びに満ちた時間の中にあっても決して絶やさない炎として薪をくべ続けるっていう決意がこめられてるから」
「あっそ」
幹雄「あとまじでこれは今日に限らずずっと思ってることだけど梓ってごめんなさいの一言が言えないよね。人間じゃないよ、もう」

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