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【禍話リライト】『落書きビルの文字列』

 大学生のAさんから聞いた話。

 Aさんは大学進学を機に実家を離れ、大学がある街で一人暮らしを始めていた。
 彼が暮らす街は、昔は栄えていたらしいのだが、隣駅やその先が栄えてしまった結果、どんどんさびれて行ってしまったのだという。

 三回生の頃、涼しくなってきたある秋の日。
 この街に実家がある学友のBさんから駅前のファストフード店に呼び出された。

「どうしたんの、急に呼び出して」

「あぁ、A、ごめんねな。ちょっと聞いてもらいたいんだけど……」

 少し暗い表情でBさんは語り始めた。

「Aは知らないと思うんだけど、駅の反対側に雑居ビルだったのがあるんだよね」

「雑居ビル……だった?」

「そう。俺が生まれる前とかで、二十年より前かな? まだ全フロア埋まってたんだけど、今はもう空っぽでなんのテナントも入ってないビル」

●●●

 すっかり空いてしまったビルもとうとう取り壊すことになったのだが、一つだけ問題……とまではいかないが、懸念点があった。

 それは、このビルのオーナーの親戚である女性が、なぜだかこのビルを甚く気に入っていた。
 なんの変哲もない、どの街にでもあるような雑居ビルを、だ。

 その女性は芸術か美術方面の学校を出て、就職し、しばらく経つと少し心を病んでしまった。

 パッと見はどこにでもいる人当たりのいい女性なのだが、ふとしたしぐさや行動から、社会生活は難しいだろうな、と分かってしまう。
 ひょっとしたら現代ではそれこそどこにでもいるような人かもしれない。

 その女性が取り壊しの話を聞き、このビルが無くなってしまうのはさみしい、と寝袋まで持参して入り浸るようになってしまった。

 オーナーも解体業者もこれには困った。だが残しておくだけでお金がかかるものをいつまでも残しておくわけにもいかない。
 この半ば籠城のような行動は解体の見積もりを立てる段階まで続いていた。

 これまでトラブルらしいトラブルも起こしてこなかった女性がここまでするのだから……とオーナーは説得した。

 そして、落としどころは見つかった。

 解体作業が始まるまで、女性はこのビルの中に絵を描かせてくれないか? そういう話になった。

 卒業式や校舎の取り壊しをする際に学生や教師たちが黒板に絵やコメントを残すような、言わばそのようなことがしたい、と。

 オーナーは解体業者にも確認を取った。ただ絵を描いたりするくらいなら施工にも問題はない、ということで許可が下りた。

 それから女性は持ち込んだ寝袋を拠点に、解体が始まるまで泊まり込みで描き続けていたという。

 何日か経ち、取り壊しの日。前日まで女性は居たようだが、他の不審者や無宿者が入り込んでいないとは限らない。あちこち立て付けも悪くなっているので、警備は全く無いような状況だ。安全確認のため、オーナーと解体業者の代表者が中へ入った。

 入るや否やオーナーたちは驚いた。
 床や壁、各部屋、マジックやスプレーのようなものでかなりの量あちらこちらに絵や文章が描かれているのだ。

 絵も文字も、上手な人が描いたのはわかる。だが素人のオーナーたちには何が描かれているのかがまるで分らない。絵のモチーフはなんだ。文章のようで文章じゃないな、これは。

 様々な描かれたものを見ながらオーナーたちはビルを登りながら、確認作業を進めていく。

 するとビルの最上階、三階から屋上へと続く扉の前に、例の女性の後ろ姿があった。急に出てきたそれに解体業者がうおっ、と小さく悲鳴を上げる。

 だが、それは本物の女性ではなく、今まで描かれていたものとは別タッチ、屋上へ続く扉にリアルなタッチで描かれた、等身大の女性の後ろ姿の絵だった。

 そして、その後ろ姿、屋上という場所、オーナーたちは嫌な予感がした。

 これはマズいぞ! 急いで女性の後ろ姿が描かれた扉を開ける。
 道路に面していないビルの裏側を屋上から覗き込んだ。

 そこには何もなかった。
 そして、そのまま女性は行方不明になってしまったのだという。

 手紙もなにもなく、残されたのは女性が使っていた寝袋と、そのビルに描かれた絵や文字だけだった。

●●●

「なんで僕は急に呼び出されたうえ、怪談を聞かされているのかな?」

 話し終わったBさんにAさんが尋ねる。

「あぁ。知らないと思って。この街だと有名な話なんだけどな」

「うん。初めて聞いた。それに結局まだ取り壊されてないんだ?」

「そうなんだよ。新しい業者が入ると落書きが増えたり関係者に不幸があったりするんだって」

「落書きくらい、肝試しに来た連中が書いたりしたんじゃないの?」

「違うんだよ。その工事関係者の責任者の家族の名前とかが書かれるんだって。一家全員分。そんなの書かないだろ」

 Aさんはだんだん嫌な予感がしてきた。

「そんでそのまま。荒れるがままなんだ。ところでさ、うちの弟、Aも知ってるだろ?」

「Bの家に遊びに行ったときに会った、弟くん? 何回か会ってるよね」

 Bさんには、高校性の弟がいる。Aさんも知らない仲ではない子だ。

「そう。話して分かったと思うけど、あいつ馬鹿なんだよ。
 昨日もさ、塾の帰りに友達のそのビルに入っちゃったんだ。
 小学生でも越えられるようなロープしか張ってないから、入れちゃうんだ。
 友達と『怖いなー』なんて中をみてたらな、ビルの上の回から叫ばれた、って言うんだ」

「叫ばれたって……誰もいないんだろ?」

「ああ。でもな、女性に叫ばれたみたいなんだ。それで驚いて逃げ帰って、手に持ってた塾生証落としてきたんだ……」

 弟くん……! Aさんは内心でBさんの弟に突っ込んでしまった。

「弟の塾、結構厳しくてさ……超名門とかじゃないんだけど。塾生証が無いと親に連絡行くんだよ。明日、弟は塾に行く。可哀そうだから弟に『取りに行ってやる』って言っちゃたんだ」

「あ、用事を思い出しちゃったかもしれない」

 Aさんが立ち上がりかけるのをBさんが制止する。 

「まってくれまってくれ。知ってるよ、Aがこういうのダメだってのは」

 Aさん、Bさん、それと仲間内で、心霊トンネル、と呼ばれる場所へ行った際、Aさんだけなぜか原因不明のひどい耳鳴りがやまず、一週間ほど難儀したことが過去あった。

「ああ良かった。今週バイト結構入れちゃってたから、また耳キーンになったらそれどころじゃないし」

「Aのアパート、この近所にあるだろ? 俺はこれからビルに塾生証を回収しに行く。それで何事も無かったら連絡するからさ」

「B、それはフラグってやつだよ」

「まぁまぁ。一時間くらい経っても俺から連絡なかったら様子見で電話してもらっていいか?」

「いいけど……」

 そうして別れ、あっという間に一時間経った。Bさんからの連絡はなかった。

 まあ連絡来てなかったが大丈夫だろう、とAさんがBさんへと電話をかけるが、出ない。

(えぇ……。じゃあ家電にかけてみるか……)

 Bさん宅へ電話をかけると、Bさんの弟が出た。

 弟は

「俺のせいだ。兄ちゃんになにかあったらどうしよう……」

 と、高校生の子にしては少し幼いような半ベソをかいている。
 
 知っている年下の子だし、悪い子じゃないのも知っている。Aさんは少しためらったが、

「わかった。僕がちょっと行ってみるよ。友達にラグビーやってて力ある友達もいるし。一緒に行ってBを連れて帰ってくるよ」

 などと安請け合いしてしまった。

 ラグビーをやっていて体も大きいCさんへ、Aさんは電話で頼んでみることにした。

 もし来てくれなかったらどうしよう、などという考えも杞憂に終わった。

 Cさんへ事の成り行きを話すと

「俺は幽霊とか信じてないし、友達がそんな目にあってんならすぐ行く!」

 と、二つ返事だった。

「ありがとう。いいやつだなぁ」

 そしてAさんとCさんは廃ビルの前に集合した。

 Bさんから聞いていた通り、これなら犬でも入り込めるんじゃないか、というくらいやる気のないロープに『危ないから入ってはいけません』と最低限の免責を満たす程度のラミネートされた張り紙が付けられていた。

 明かりのないビルの入り口は真っ暗だったが、Cさんはキャンプにも使えるような高光量のライトをAさんの分も持ってきてくれていた。

 二人で人目につかない隙を伺ってビル内へと足を踏み入れる。

 ライトを周囲へ向けると、確かに話で聞いていたような、何を伝えたいかさっぱりわからない絵? 文章? がいたる所に描かれていた。

 AさんとCさん、二人で「おーい! B-!」などと声を張り上げ探す。
 
 Aさんは内心すごくビビっていたのだが、Cさんの張り上げる声の大きさに恐怖心も少し和らいでおり、助けに呼んで本当に良かった、そう感じていた。

 Bさんを探しながらも、Aさんはライトを向けているからどうしても描かれている絵や文章が目に入ってしまう。

 絵は、何が描かれているかわからない、記号や流線形の組み合わさったような。こういうのをアウトサイダーアートっていうんだろうか?

 文章の方が受け入れづらく、別次元? 昇華? アセンション? スピリチュアルな感じなのはわかるが、まとまった文書には見えないという。

 それらを見ながらCさんと一階部分を探し回るが、Bさんはいない。

 階段の前でCさんと「B、いないなぁ。上の階にいるのかなぁ」などと話す。

 Cさんが

「そうかもしれないな。探しに行こうぜ」

 と言うのでAさんはついて行こうとする。その足先で、何か蹴ったような感覚があった。

 一瞬驚いたが、蹴とばした先にライトを向けると、それはケースに入れられたBさんの弟の塾生証だった。

「あ、あった。なんだあるじゃん」

 Aさんは拾い上げる。

「よし、最初の目標は達成したから、あとはBを見つけるだけだな!」

 Cさんが前向きなことを言うので、Aさんは(本当に連れてきて良かった……!)と思った。

 おーい、おーい、とBさんを呼びながら二階を見て回るが、いない。

 じゃあ三階か、とさらに上へ登っていく。

 ライトを頼りに歩き、光の先、壁などに描かれる絵や文字が嫌でも目に入る。

 一階から二階、二階から三階と、どんどん文字が増え、はっきりしてきたような気をAさんは覚えた。

 薄くなった字の付近に真新しく見える字が描かれていたりするのだ。

(やっぱり肝試しに来てる連中が何か描いてるんじゃないか)

 いや、違う。

 意識して文字を見てみると、最初に描かれた文章の内容に沿ったような文章が追記されるように描かれている。

 筆跡も意味も違うが、なんというか、どこか統一感がある。それが階数が増えると如実になっていく。

 三階も呼びかけ、見て回ったが、Bさんはいなかった。

「となると、Bは屋上か……。柵とかもボロボロだろうし、危ないから早く行こう」

 Cさんが先に階段を少し登ると、うおっ! っと大きい声を出したので、Aさんもつられてビクッっとしてしまった。

「どうした、C……?」

 Cさんの方を向く。Cさんがライトを向けた先には、女性の後ろ姿があった。

「これが例の女性の絵か……。怖っ……」

 屋上への扉に描かれているという絵だ。Aさんは言うとともに、嫌なものに気が付いてしまった。

 女性の絵の隣。これはここが好きだった女性が描いたんだろうな、と直感で分かってしまった。

 はっきりと読める文字、文章。

そろそろわかってきたんじゃないですか

「そろそろわかってきたんじゃないですか……?」

「A、わかるか? 俺はわからん……」

「大丈夫、僕も全然わからないよ……」

 気を持ち直した二人は屋上への扉を開けた。

 その先には、Bがいた。なにやらもぞもぞと動いている。

「幸先良いな。おーいB、何してんだよ」

 Cさんが近づいていくのでAさんも後を追う。

 近づいた先で、Bさんは手に星が二つ描かれたスプレー缶を持ち、四つん這いに近い姿勢で、屋上の床へ向かって何か描いていた。

「B、弟くんの塾生証も見つかったし帰ろうよ。何してんの」 

 Aさんの声かけにも振り返らず、一心不乱にスプレーでシュー、シュー、と何かを描いている。

 Cさんが揺さぶって止めようとするも振り払う。「ちょっとやめて、真剣だから」などと続けてしまう。

 困ったなぁ、とAさんはあたりをぐるりと見まわしてみる。どうやら何か所か同じようにスプレーで何かが描かれているのだが、スプレーの粒子の粗さから、なんと書いてあるかまでははっきりわからない。

(あれは……「動」かな? その上は……「ま、前」? 「後」? 「前後動」?)

「なぁ」

 Bさんが声を上げる。

「ちょっと聞きたいんだけど、『ぜんどう』の『ぜん』ってどう描くんだっけ?」

「はあ?」

 Cさんが返答する。

「なんか虫偏に、何だっけ、なんか難しいやつだよ。パっとはわかんねーなぁ」

「はぁ? じゃあダメじゃん。あ」

 あ、って言った……。Aさんはもう一人で帰りたくなっていた。

「あ~。でもそうか、聞いちゃダメだもんな。ね、ダメですよね~。良くなかったなぁ。そうですよね~」

「お、おい、B……? いったい誰と会話してるんだよ……! 弟くんも待ってるし帰ろうよ!」

「そうかそうかそうかそういうことですね。わかってきましたわかってきましたよ! 俺が思う『ぜんどう』を漢字で書くことによって完成するんですねここは! 虫な。虫。ありがとうありがとう」

 そんな独り言のような誰かに話すようなどっちともつかない口調のまま、Bさんはぐちゃぐちゃにスプレーでまた描き始めた。

 Aさんも今起きている現象の訳が分からなくなってきた。

 Bさんは一旦描き終えたのか、すぐ隣のスペースへまたスプレー缶を動かす。ふと気が付くと、風か何かで転がっていたのか、何本かのスプレー缶が見えた。

 AさんとCさんは顔を見合わせる。お互いの顔に困惑の表情を読み取った。

 するとCさんはうん、と何かにうなずくと、Bさんの方に顔を向ける。

「わかった。B。みんな待ってるから、今描いてるのが終わったら帰ろう、な。まだスペースもいっぱいあるし、今日中には終わらないだろう」

 落としどころだ! Bさんからの返答はなかったが、Aさんはそう思った。

 感心してるAさんと隣に立つCさんの後ろから声が聞こえたのはその時だった。

 位置的には屋上の扉当たりからだろう。だが、その女性の声は、二人の耳元で聞こえた。

――いやだから、これ終わらないのがいいんですよ~

 ハッと二人は振り向くが、そこには誰もいない。

 屋上の扉は開けっ放しになっていたが、隠れられるようなスペースもない。

 キイキイと、女性の後ろ姿が描かれた扉がかすかに揺れているだけだった。

「い、今さ……話しかけられたよなぁ……?」

 AさんがCさんに問う。

「あぁ。聞こえたな……」

「……なんて聞かれた?」

「『終わりが無いのがいい』みたいな……?」

(あー、同じこと聞いちゃったよー……)

 Bさんがちょうどよく手を止めていたのを見逃さず、Cさんがその手を引っ張り立ち上がらせる。

 すると急に力が抜けたようにBさんが両膝を打ち付ける。

「急ごう。行こう」

 だらりとしたBさんを背負ったCさんを(さすがラガーマン!)と思ったAさん。
 
 Aさんたちは急いでビルを後にした。


●●●

 Bさんの家に到着したAさんたちは、ご家族には酔っぱらっているという体で『介抱しますねー。お邪魔しますー』と説明し上がり込んだ。

 ベッドへBさんを下ろし、部屋の外に漏れない程度の声で動きで揺さぶる。しばらくするとBさんは目を覚ました。

 起きたBさんは、ビルに入ったところで記憶がぷっつりと切れてしまっていた。

 AさんとCさんが何をやっていたかを聞かせるが、やはり記憶になく、Bさんのポケットから近所のディスカウントストアで購入したスプレー缶のレシートが出てきたが、買ったことも憶えていないという。

 その後、特にBさんに何があった、ということもないが(弟からの尊敬度は上がったらしい)、大学の仲間内で『あそこのビルは本当にヤバいんだ』という話が広まっていった。

 モリモリマッスルなCさんまでもが「確かに声を聞いたし、あれは人間じゃないと感じたよ」などと言うのだから信憑性も高かった。

 後日、Aさんらは仲間内でこの話を再度していた。   
 
 話を聞いていた中の一人が

「その女性はどういうつもりでそんなことしてるんだろうね」

 と口にした。

 確かにな。とAさんは自分の考えを口に出そうとしたが、先に口を開いたのはCさんだった。

「あれはな、ガウディみたいな感じだろう」

「は? ガウディ? サグラダファミリアの?」

「そうだ。完成しないことが、あのビルにいる女性にとって意味があるんだろう」

 ガウディも完成させない気はないだろう、と思ったが、Aさんは言わないでおいた。

 それから仲間内ではその廃ビルを『ガウディのビル』と呼んでいるとかいないとか――。

 だが、Aさんが思い出したようにその廃ビルの前を通ると、時折落書きは増えているのだと言う。

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 この記事は、ツイキャス「禍話」さんの怖い話をリライトさせていただいたものです。

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該当回『禍ちゃんねる 俺はこのリングで怪談やりたいんスよ回』

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●タイトルはドントさんのツイートから拝借しました。いつもありがとうございます。

https://twitter.com/dontbetrue/status/1145017888039768064?s=20&t=qY5ARGBUmFRTIi59kyUFIA

●あるまさんによる禍話簡易まとめwiki(簡易とはいったい…?)
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