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【禍話リライト】『勝手塩』

盛り塩。

商売繁盛や縁起担ぎ、または厄除けとして、歴史を遡れば奈良・平安時代にはすでにあったとされる風習。

牛なんかが塩を舐めるため立ち止まるため、その店に寄る、という話があったようだ。

往来や通行の妨げにならないよう、玄関や入口の脇に置かれることが多い盛り塩が、予期しないところ、誰によって置かれたかわからない……そんな状況に出くわしたら、あなたはどう感じるだろうか。

これは禍話の語り手であるかぁなっき氏が収集した話の中のひとつ。

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企業勤めのEさんは、毎週末ともなると、駅前にある飲み屋街へ同僚やら取引先やらと一緒に飲みに行っていた。

その日も就業後に同僚の何人かと一緒に駅前の串焼き屋へ行き、程よい酔い加減、というところで二件目へ向かった。いわゆるはしご酒だ。

複数の居酒屋が入る雑居ビル。
その何階かにある、料理もお酒も安い、営業時間は長い、金曜の夜に浮かれるにはうってつけで、これまでも良く利用していたチェーン店へと入った。

仕事の愚痴や上司への悪口、最近見たバラエティ番組の話で大いに賑わい、そろそろ日付も変わろうかという頃。Eさんの携帯電話がバイブレーションを鳴らした。
通知を見ると奥さんからだった。

「ちょっと電話出てくるわ」

と言いながらEさんは席を立つ。
入口の近くで電話に出たものの、終電やその先のことを考えていないような学生の集団のせいで、どうにも話が聞こえ辛い。Eさんは通話しながら店の外へと出て、そこで奥さんと通話をすることにした。

少しひんやりとした空気を感じながら、若干おぼつかない足取りでふらふらと雑居ビルの廊下を歩きながら、帰る時間やら他愛もない会話をするEさん。

気が付けば廊下の突き当りまで来ていた。そろそろ宴席へ帰るか、と振り返り「寝ちゃってて全然大丈夫だから。ごめんねー」と告げるや、奥さんの方ももう慣れっこなのか「気を付けて帰ってきなさいよ」などといった軽い調子で通話を終了し、先ほどまで飲んでいた店の前まで戻る。

すると、そこに見慣れないものがあった。

(盛り塩だ……。なんでこんなところに?)

Eさんは訝しんだ。
今さっき――5分ほどしか経っていない、自分が開けた外開きのドア。
そのドアが当たるような位置――つまり店の入り口扉の真ん前に、円錐形の盛り塩があったのだ。

(酔ってるし、電話しながらだったから気づかなかったのかなぁ……)

上手いこと扉に当たらないのかもしれない。Eさんはあまり深く考えず扉を開ける。当然のようにドアにぶつかり、盛り塩は崩れてしまった。

誰が何の目的で置いたのだ。Eさんは通話中の様子を思い返す。誰かが廊下を通った気配や、ほかの店の扉が開いた様子はなかった。ましてや塩を撒かれるような真似もしていない。

気にしてても仕方ないか、と、Eさんが酔っ払い特有の気持ちの切り替えで再び飲み直していると、店の出入り口付近で従業員の二人が話している様子が見えた。

片方は手に箒と塵取りを持っている。Eさんに声は聞こえないが、首をかしげる様子などから(あぁ、店の人が盛ったわけじゃないんだ……)と、なんだか気持ちが悪くなり、河岸を変える提案を同僚たちにした。

●●●

それから。三次会も終わり、Eさんは同僚たちと別れ、駅前でタクシーを拾って自宅マンションまで帰宅した。時刻は午前二時を過ぎたぐらいだった。

エントランスでエレベーターを待っている間に鞄から鍵を取り出し、到着したエレベーターへと乗る。

自宅のあるフロアのボタンを押し、到着するまで考えることは、やはり二件目の店で見かけた盛り塩のことだった。

あれはいったいなんだったんだろうか。とアルコールで重くなった頭でぼんやりと考えている間に、ポーンと軽い電子音とともにエレベーターの扉が開く。表示は自宅のあるフロアを点灯させていた。

(まあ、明日憶えてたら考えるか……)

さて、と、自宅の方へ向いたEさんは歩みを進める。

自宅の扉の前に塩が盛られていた。

「えっ?」

思わずEさんは声を漏らしていた。

ちゃんと容器などを使って丁寧に作られた盛り塩ではなく、人が手のひらを窪ませ、そこに溜めた塩を直接地面に盛ったような。まるで誰かが急いで置いたような、雑な盛り塩だった。

「なんだこれ……誰が置いたんだよ……意味ないだろうが……」

近づながら、何かを確かめるようにつぶやくEさんだったが、突然後ろから、

「ねっ、そうなるでしょ?」

まるで世間話をするような温度感の声で言われた。

バッ、とEさんが振り返ると、エレベーターの横にある非常階段の扉が、人の手が差し込めるくらい、ほんの少しだけ開いていた。

「普通そうですよね。最初はびっくりしてね、それから『なんでこんなことするんだ~』って、怒りがこみあげてくるんですよね」

非常階段の扉の開けられた真っ暗な隙間から声だけがEさんの耳に聞こえてくる。

Eさんの中の引き出しにはいない声の主は、再度「そうなるでしょ?」と言うや、非常階段の扉が、ガチャン、と閉まった。

そこでEさんは声の正体を確認してやる、と非常階段の扉に近づき、開ける。
だが、足元だけを照らすうすぼんやりとした灯だけ。そこには誰もいなかった。誰かが昇ったり降りたりするような音も聞こえない。

(いよいよ何かが変だ!)

頭が真っ白になったEさんは、塩を蹴散らし自宅へと慌ただしく駆け込む。

(酔ってるせいだ! だからへんなもん見てしまうんだ!)

Eさんは、自宅へ入るとすぐに施錠し靴を脱ぐと、鞄も放り投げ、洗面所へと入り、顔に何度も冷水をたたきつける。

すると、部屋の奥から「どうしたの~」と、Eさんの帰宅した音に目を覚ました奥さんが、寝ぼけたような声とともに洗面所に入って来る。

「どうしたの? 吐いちゃった?」

「あ、いや……大丈夫」

顔も拭かずにEさんは返事をする。奥さんに変わったところはない。

奥さんも寝室へと戻ってEさんの酔いも醒め落ち着いてきた四時ごろ。

(そろそろ眠れるか……)

そう考えるEさんが洗面所を出ると、じゃっ、じゃっ、と、砂利の上を歩くような音が玄関の外から聞こえてくる。

(今度はなんなんだ!)

落ち着きを取り戻しつつあったEさんが再び理解できずにいると、どうやらトイレに起きてきた奥さんが「何この音?」と、玄関ののぞき窓で確認している。

確認した奥さんがEさんへと向き直る。と、震えるような小声で、

「誰かが箒で掃いてる」

と言った。

Eさんの頭に、二件目の居酒屋で見かけた光景がよぎった。

その場は、不審者かもしれないから管理人さんが来たら相談しよう、ということで奥さんと自分の気持ちを落ち着かせ、Eさんはともに寝室へ向かった。

昼過ぎに起きたEさんが外に出ると、昨晩の塩はなかったが、掃き切れなかったと思われる分がわずかに残されており、それが現実の出来事だったと裏付けてしまった。

翌週からEさんは誘われても飲みに行かなくなった。

Eさんの中でのあの気持ちが悪い出来事が、二件目に行った居酒屋とつなげるには大げさか、と思いつつ(もしまた起こってしまったら……)そう考えると、同僚には悪かったが断り、外で飲まないようにしていた。

やがて季節もぐるっと移り移り変わったおよそ半年後。

かつて一緒によく飲みに行き、以降も度々誘ってくれていた同僚から「Eさん、聞いてくださいよ」という切り出しで話をされた。

かつて行っていた、あの料理もお酒も安い居酒屋、そこの従業員がどうやら所持や使用が認められていない薬で逮捕され、常連である自分も警察に話を聞かれるハメになった。

と。

「痛くもないハラですが、探られるのは気分いいもんじゃないですよね。Eさん、あの店行かなくなって正解ですよ!」

不快感をあらわに語る同僚を見つつ、Eさんは(自分は“なにかの”選択肢を間違えなかったんだ)と思ったという。

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居酒屋の従業員とEさんのマンションにやってきて塩を置いた存在。
それらが同一とは限らないが、奇妙な繫がりがあった話。

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この記事は、ツイキャス「禍話」さんの怖い話をリライトさせていただいたものです。

公式ツイッター
https://twitter.com/magabanasi

ツイキャス
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youtubeチャンネル『禍話の手先』
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から書き起こした二次創作となります。

該当回『シン・禍話 第四十九夜』

ツイキャス版
https://ja.twitcasting.tv/magabanasi/movie/723364754

29:55あたりから

●タイトルはドントさん( https://twitter.com/dontbetrue )のツイートから拝借しました。いつもありがとうございます。

https://twitter.com/dontbetrue/status/1500133412539367425?s=20&t=zjv9XiCZGmEjf9hr7k3cSA

●あるまさん( https://twitter.com/aruma1220 )による禍話まとめwiki

https://wikiwiki.jp/magabanasi/

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