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優しさと思いやり

note75日目。
今日のお題は「優しさと思いやり」。

これは以前に書いた「優しさって何ですか?」をコルクラボメンバーとVoicy収録をした時に出た問いから。


優しさと思いやり


以前、コルクラボの温度を収録した時に、

私は優しい人になりたいと思わないけど、思いやりのある人にはなりたい

と言ったことがある。

この発言からしても、私にとっては優しいと思いやりは別なものと言える。
そして、思いやりの方に価値を置いているようだ。

では、何がどう違って、なぜ私は優しいではなく、思いやりがあるに価値を置くのか。

前のnoteで書いたように私にとって優しさとは「相手や対象の言動や状態にし対して起こる、相手が良くなることを願い想いや感情」。
思いやりは、相手や対象のことを考えたり想う、主体的な思考過程。

過程の中では、悩んだり迷ったり試行錯誤するのではないかという考えがあるように思う。
相手や対象のことを想い、悩んだり試行錯誤しながら、少しずつ行動して、修正していく。

もちろん、優しさも相手を思ってのことではあるのだけど。

私はきっとそこに価値を置いている。


66日目から75日目までのお題(予定)


66日目:好きと感謝
67日目:社長と秘書
68日目:母と娘
69日目:車と花
70日目:風とスカート
71日目:庭と飛行機
72日目:病院とアイス
73日目:買い物とコート
74日目:人生と遊び
75日目:優しさと思いやり ←今日ココ


しばゆみのつぶやき(無料)



昨日のnoteで、人生という枠と書いた。
今朝の散歩で、そのことをぼんやりと考えていたときに、ふと

制限ではなく枠と捉えると、選択の幅が広がるのではないか?

と思った。

食事制限と言われると、あれもダメ、これもダメというイメージが強くなるけれど、食事の枠と言われたらもっと楽しいし、幅が広がるように思う。
500Kカロリー制限ではなく、500Kカロリー枠。

枠内であれば、もっといろんなことが出来そうだし、選択肢が増えるように思う。

私が日頃意識する「制限」はスピード制限くらいだけど、それをスピード枠と捉えると気持ちは違いそうだ。
逆にスピードダウンしてゆっくりと走ってしまいそうだけど(笑)


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