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イラストレーターの割に合わない戦い

 現代におけるイラストレーターという職業は、需要過多なので買い手市場と言わざるを得ない。そのため発注者と対等な取引というのはどっちかと言うと少なく、色々と無理を要求されることもある。
値引きやら納品の前倒しやらならまだいいのだが、こちらの立場が弱いのをいいことに明らかなルール違反も稀に発生する。無断転用・盗用・未払いなどが絶えないのは業界の切実な悩みである。

ではこういう事態に直面したイラストレーターはどう対応しているのかと言うと、残念なことにほとんどの人が泣き寝入りしている。
個人であるがゆえ、社会的腕力・法的知識の乏しさや責任所在を個人がすべて背負っているため打たれ弱かったりすることもあるが、一番の理由は「割に合わない」からだろう。

個人事業(フリーランス)として活動している多くのイラストレーターは、会社としての全機能を1人で賄うので基本的に時間がない。よってこういうトラブルに巻き込まれると本業に費やすべき時間をごっそり取られてしまうのでとても対応しきれないのだ。
結果、商取引上の立場という点から有耶無耶にされて終了。ということをよく聞く。いじめられっ子がいじめっ子に逆らわずに愛想笑で返しているといじめは終えない。それどころか「イラストレーターは何しても逆らわないぞ」「盗んだり無断で使っても大丈夫」という風潮が生まれ、業界全体の立場の低下につながる。
だからどんな小さなトラブルであれ、毅然として立ち向かうべきなのだ。

なんでこんなことを書いているのかと言うと、実は僕自身、上記のようなトラブルに巻き込まれ、一年近く戦ってきたからだ。
それがようやく解決しようとしている。

それまでに、事実関係を調査したり、契約書を全面的に自分で書き換えたものを相手に送って再締結したり、弁護士事務所や相手の会社に出向いてヒアリングしたりと、とにかく商売としては非生産的な長い時間を過ごしてきた。
難産で生まれた自分の子のような大事なイラスト作品を守るためだ。
周囲の先輩達や仲間、法曹職の友人などにも協力を得たし、自分一人では決してここまでは来れなかったと思う。

最終的に、その件については当事者の匿名化と経過の具体性除外を満たした場合のみ、このような啓蒙の場に使用してよいという覚書を書くことになった。その覚書すら何度も自分の不利にならないよう修正を要求した。
今回に関しては相手方に全面的責任があったので強気に出られたが、基本的には今後も取引がある(と思う)相手なので、とにかく書面の言葉遣いや内容のチェックに神経も時間も使った。示談金も支払われることになっている。

が、結果としてやはり「割に合わない」一年間だった。
得るものに対して遣った時間が多すぎた。

この時間全部が自由になったなら、個展を開くために必要な数のオリジナル作品を新規に揃えることもできたし、ちょこちょこ売れるグッズのテンプレートにイラスト当て込んでショップに送っていたほうがよほどお金になっただろう。そちらのほうがイラストレーター活動について投資的な蓄積もあったと思う。
とにかく僕らにとって時間というのはとても貴重で、イラストレーターになったのなら、自由な時間はどれだけそのために有効に使用できるか慎重になるべき財産なのだ。無駄遣いはしたくない。

というわけで、僕らはこういうトラブルについて"巻き込まれないようにする"ことが最も有効。巻き込まれるのは事故の被害者になるみたいなものなのだ。
危ない橋は渡らない、危なっかしい相手と付き合わない、など日常生活と同じ注意をすればいい。
また、活動に関係する知識(主に著作権法や取引・支払いに関わるルール)を身につけることで、事前に"危ない"ことを察知したり、かなり悪化防止できる。
契約書は相手が提示してきたら基本的に相手に有利な内容になっていると考えたほうがいい。おかしいと思ったら「ここをこのような理由で変更してください」と説得力をもって要求する。
取引経過に疑いやほつれがあったら逐一確認し、最終的に健全性に疑いがあったら「もう今後取引しなくてもいい」という考えで対応するくらいの覚悟が必要だ。

もし不運にも当事者となっても、せめて「困ります」程度は伝え、泣き寝入りだけはやめて欲しい。それはすべての同業者の迷惑以外の何物でもないから。
厳しいこというようだけど、その程度ができないならイラストレーターという肩書は名乗らないでもらいたい。

逆に戦うなら、横のつながりから味方を見つけてほしい。
同業者でなくとも、トラブルシューティングに強い人間がどこかにいるはずだし、ネットの秘密グループでなら相談してもいい。※)
また、企業に対して1人で対峙するのはあらゆる面で不利なので、直接会うときも同伴がいるといい。第三者が同席するだけで、自分の心理や相手の対応は大きく変わる。
そして相手に間違いなく否があるようなら必ず勝てる。
何も手元に残らないかもしれないし、そしてたぶん割は合わないけど、壁を乗り越えた経験は必ず大きな武器になり、周囲の仲間たちのためになり、いずれ最後は自分のためにもなるから。


※)
感情的になっていきなり公のSNS等に拡散すると、逆に名誉毀損・守秘義務違反などで訴えられることもあるので注意。一般の企業には法務部という利己を目的に専門的知識と手続きを行使する部署があるので初動は慎重に。

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