見出し画像

大晦日

「槙野さん、見えてる~?」
 テレビから鐘の音が聞こえ、時計の針が12を回った頃。帰省中の恋人からテレビ電話がかかってきた。
「ああ、ちゃんと見えてるよ」
 恋人は目をきゅ、と細めて笑った後、「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」と頭を下げた。僕もそれに応える。
「柳くん、あけましておめでとう。こ、今年もよろしくね」
「えへ、かわい~」
 彼はぐでんと体をのけぞらせた。ちょっと顔が赤いので、酒を飲んだのかもしれない。

「槙野さん、実家帰ったんですか?」
「うん、今日はこっちに泊まるつもり。でも、やることなくて…。両親ももう寝ちゃったしね」
「そうなんですね。俺んとこは子供以外みんな起きてて、今桃鉄やってますよ。俺、抜けてきちゃった。槙野さんと話したくて」
「あ、ありがとう…」
 素直に言われると照れる。僕は気を取り直した。
「ゆっくりしてていいからね。僕も適当に帰ってるから」
「槙野さ…」

「なーにしよるのけいすけ~」
 急に女の人の声が聞こえ、画面がぶれる。スマホが倒れたのか、カメラは上に向けられ、丸い電灯が映るのみである。動揺しながらも待つと、画面外から話す声が聞こえた。
「だれとでんわしよるのけいすけ、お姉ちゃんに教えてよ~」
「いやじゃ!絶対教えん、姉ちゃんからかうでしょ」
「もう遅いよ!」
 急に画面が変わる。そこには金髪の女性が映っていた。やはり酔っているのか顔が赤い。恋人に似た瞳で彼女は笑った。
「うーわ、めっちゃ美形。はじめまして、けいすけの姉です~」
「はじめまして…」
「こら、姉ちゃん!槙野さん、相手にしなくていいですからね」
「弟のくせに偉そうに…え、ちょっと待って、槙野さん?」
 柳くんも僕も固まっている。彼女は逡巡したのち、ぱあ、と顔を明るくした。

「もしかして圭佑の彼ぴの槙野さん!?」
 僕は頭を抱えた。まさか、柳くんの家族に正体がばれているとは思いもしなかったのだ。どうしよう、というか柳くん、男と付き合っているって家族に言っていたのか。ああ、申し訳ない…。僕はきっと、年下の男の子をたぶらかした男じゃないか。理解されるようになってきたものの、すんなりと同性愛が受け入れられる家庭はまだ少ないだろう。ああ、ここで何か言われたら、僕はきっと立ち直れない。頼む、頼むから何も言わないでくれ。だめだ少し泣けてきた。潤んだ瞳で画面がぼやける。
 だが高い声で、柳くんのお姉さんは続けた。

「槙野さんの話は、いつも家族で楽しく聞かせてもろうとります~」
「家族で!?」
 思わず大きな声が出てしまった。危ない、両親を起こすところだ。恋人は顔を抑えたまま、「恥ずかしいから言わないで」と唸っていた。
「そうそう、この間は2人で山登りとか行ってたんだよね。それで槙野さんが確か滑って…」
「え、ええと、その、あの、何か、ないんですか。」
「え?何かってなんですか?」
「その、すみません、弟さんと、付き合ってるのが、僕、男で」
 彼女は口をOの口にした後、あはは!と笑った。
「まきのくん、ちょっと話を聞いてくれる?」
 返事すると、柳くんは呆れたように「またその話かよ」とつぶやいた。

「こう見えても、私昔はやんちゃしててね。クズみたいな恋人作って、毎日バイクに乗りまくってた。両親にかなり迷惑かけてたの」
僕が大人しく聞いていると、彼女は笑った。よく笑う女の人だ。
「んで、一回事故に遭って大怪我して。その時、死ぬか生きるかって感じになっちゃったワケ。まーいま生きてるから大丈夫なんだけど。うちのとこはね、それ以来、もう生きて幸せになってくれればいい!って感じなの。だから付き合う人が男だろうが女だろうが幸せじゃったらそれでええの」
「なるほど…」
 そこで柳くんが彼女の体を押した。
「ああもう、姉ちゃんええから!なんで俺が話す時間なのに、姉ちゃんばっかしゃべりよるん!ほら皆のとこ行って!」
「えー圭佑のケチー」
 そう言うと、彼女は大人しく部屋を出ていった。振り向きざま、「いつでも広島きてねー」と陽気に言い残して。

 姉が出て行っても、恋人は額に手を当て、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「槙野さんすいません。うちの家族、良い意味でも悪い意味でも適当っていうか、全員こんな感じなんです」
「はは。いやでも、楽しそうで羨ましいよ。お姉さんもすごく良い人そうだったし。家族に僕の存在ばれてるのはびっくりしたけど」
「…いやでしたか?」
「そんなことないよ。僕が勝手に、何か言われたらどうしようとか怯えてただけだ。そうだよね。怯えてるってことは、男同士で付き合ってること、僕が1番後ろめたいとか思ってるってことだからね。」
「槙野さん…」
「そんなの、柳くんにも悪いよ。大好きな恋人なのに。大好きな君の家族を疑ったのが申し訳ない」
 柳くんは画面越しでもわかるくらい赤面したまま、僕の話を聞いていた。
「今度、広島に来てください。うちの家族はみんな、槙野さんに会いたがってます」
「ありがとう。良いなあ、広島。僕、小さい時に行ったっきりなんだ。尾道とか行きたいな」
「すいません…うち、尾道遠いんです。新幹線乗らなきゃ行けません。車全然出しますけど」
「広島って結構大きいよね…」

 それから、少しの間近況報告をし合った。恋人は2日には帰ってくるらしく、2人で初詣の約束を取り付ける。僕も帰省の疲れが出たのか、だんだんと睡魔が襲ってきた。
「それで…やなぎくん…」
「槙野さん、眠い?」
「うん、ねむい…」
「ふ、かわいい。ねえ、槙野さん」
「うん?」
「帰ったらね、いっぱいイチャイチャしようね」
「うん…する…」
「あーーーかわいい…早く帰りてえ、ガチで…」
 柳くんは顔を押さえ相変わらず唸っているが、僕はもう睡魔が限界まできていた。がく、と頭が落ちる。
「おーい?光、おーい。ちゃんとベッドで寝なきゃだめだよ」
彼の声が遠くで聞こえた。僕の今年の大晦日は、そんな感じ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?