誘惑銀杏（下）お杏

　やっと見つけたわ。ここに住んでいたのね。二人で歩いたイチョウ並木であなたはふざけて根元のひこばえを摘んで手渡した。
「君にあげよう」と。
　挿し芽はスクスク伸びて育ったけど私たちはそれっきりだったわね。ずっと貴方を探したのよ。あのときの挿し木はだいぶ成長したのよ。改めてこの庭に植え直しましょう。銀行関係者かしら融資を盾に迫ったのかしら。枝の影から様子を窺うと庭の落ち葉を掃除する女の人。パチンと音をたててギンナンを割っていた。
「妻には近づかないでくれよ」背後から貴方がモゴモゴと懇願する。猿轡が緩かったようだわ、この木の下は難しそうね。いっそ公園の木の下にしようか、夜のうちに？　靴の裏にこびりついたか木の実のような臭みがずっと追いかけてくる。そうよ、これはギンナンの香り。お隣にいただいた大量の実の殻に程よく皹をいれるパチンパチンと。電子レンジで50秒。薄皮を剥いて塩をふる。食べ過ぎたかしら、少し眠たくなってきたわ。

410文字

　土のなかで男は妻との会話を反芻していた。
「お隣のイチョウの葉が迷惑だわ」
まさか自分へのストーカー行為とも言えず
「銀杏でも食って死ねばいいのにな」。

イチョウの花言葉は『鎮魂』。

たらはかに様のお題に参加しています。