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夜行バスにて ③

 朧月がぽっかりと浮かぶ暗い道をバスはひたすら走り続ける、やがて新しき宿場となる終点に向かって。車内のほぼ中央に陣取った男は目を閉じた。まただ。なぜ俺は奇妙な妄想に取り憑かれてしまうのだろうか。もう終わりにしたい。懐の物体を握りしめる。グリップはじっとり温まり尾筒はヒヤリと冷たい。永禄四年のあの日川中島で落命して以来何度もよみがえり、その度に挫折した試みがあった。あの男を殺し自分も死ぬ。もっと早く手にかければよかったのだお屋形様を。そしてターゲットは運転席にいる。

 外が騒がしくなってきた。スズメバチでも飛んでいるのか? 夜道はライトアップされ賑わっている。騎馬隊の武者どもだ。なんたる迷惑行為。六連ホーンがゴッドファーザー愛のテーマの出だしの部分を無闇に繰り返す。私を含むみんなの憧れの的だ。強大な父親を凌駕する二代目でありたいのだろう。だが今思えばただの殺戮ではなかったか。運転士の目が族の男のそれと合った。お前もマイケルのつもりなのか、息子よ? 

 やがて悪夢の軍団は何処へともなく姿を消した。朧月は雲に隠れ、真ん中の席の男は正気に返ってスヤスヤと眠っていた。

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