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ただ歩く ②

 ただ歩くだけの下っ端じゃないかと先輩の女郎たちが馬鹿にしたように笑った。ほんの子どもの時分に売られてこの宿場町に来た娘にお前が一番若くて見目が良いな一緒に江戸に行かないかと声をかけてきた若者があったのだ。娘はぼおっとなったがもし自分がここを出てしまったら故郷越後の親の借金がどうなるのかだけが気掛かりであった。

 出発の朝、行列の後ろをそろそろとおくれて歩く脚絆をつけた彼女の姿があった。
「狼藉者!」
前方で騒ぎが起こっている。馬が嘶き刀が鳴った。
「くそう、駕籠は空だったのか」
襲撃者らは虫の息でつぶやいた。
「馬鹿め」
例の若者が笑っている。
「ご無事でしたか」
周囲の者たちが荷物を放り出して駆け寄る。「あのお方はいったい?」


 やはり縮緬問屋のご隠居様がおっしゃる通りだった。近ごろ街道を賑わせている偽参勤交代の盗賊どもめ。女中に扮していた仕置人は手をかんざしに伸ばした。


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