私は昔、企画の仕事がしたくてしたくて、転職サイトでは「企画職」にチェックをいれてはりきっていましたが、そういえば「企画」って、何を指すんでしょうか。
今、後輩たちの企画を見ていると、情報を集約して、編集はできるんだけど、「企画をつくる」ことができず、苦心をしている姿をよく見かけます。

企画を立てるということは何なのでしょうか?今日は自分なりに企画とは何か、について考えてみようと思います。

まず、身近にある全てが企画といえると思います。
シバジムがいつもやらせていただいているような、商品の企画、お店の企画、洋服の企画、商業施設や街などの企画などもそうですが、大掃除の企画、忘年会の企画、休日の企画、家で過ごす時間の企画、実家に帰るという企画、それらも、私にとっては同列の存在というか、同じようなプロセスを経て組み立て、答えを導き出しているように思います。

相手に喜んでもらったり、想像以上の結果にたどり着くためには、例え小さな約束であったとしても「企画」に昇華することから始めるのがよいのではないでしょうか。小さな約束は、企画になった瞬間、張り切るべき対象になり、「過去がこうだったから」という概念から外れることができるようになります。


私の企画をするプロセスですが、ざっくりいうと、張り切ってゼロイチから考えて、与件を正しく把握し、仲間たちといい感じに共有し、最後アウトプットは少しのクリエイティブジャンプをして、形にする。というイメージ。
ざっくりいうとそんな感じですが、私なりの、になってしまいますが「企画」の思考、について具体的にいくつか述べられたらと思います。

まず一番大事なのが

〇前提(与件)を正しく定義すること

だと思います。

仕事でいうと、
 ・予算はいくらかけられるか
 ・リソースはどのくらいいるのか
 ・既にその市場でポジションを得ているのか、いないのか
 ・目標は売上、利益はどのくらいなのか
 ・誰にどう思ってもらいたいのか
 ・ゴールは啓蒙なのか、売上なのか、名誉なのか
これが「忘年会」になれば
 ・予算割り勘か支給かいくらまでなら気分よく払えるか
 ・余興ができる人員やメンバー構成     
 ・参加者の性別や年齢、思考 
 ・ゆったりしたいのかテンション上げたいのか
 ・みんなが気分よくいける立地は会社の近くか、ターミナル駅か、
  タクシーで移動して駅から遠いけど美味しい店がいいのか
 ・終わったあと得たい感想は何か
ということになります。

企画は課題に対してのアンサー。悩みやボヤキ。言葉にならない違和感。心のざわつき。そこの先に答えがあると思います。ですので、前提を正確に捉えることなくして、企画はつくれないように思います。捉えたくても、ない、場合もあります。それであれば一緒に探って決めて行くことが大切です。


前提や与件を踏まえておらず、現実からあまりに離れている企画というのは、良くない企画と思います。仕事をしていると、「そもそも、これ与件とずれてるよ。」という企画がまず多い。予算を無視したプラン、売上がないとつぶれるのに啓蒙ばかりで実がないプラン。
また、難しいのは、与件は時として、遵守しなくていいことだってあるということ。例えば予算、ここのお財布だけではなく全体のお財布を見れば、他を圧縮してこのプロジェクトにつっこもう、という考え方だってある。それに気づくのも大切な気づきと思います。


クライアントが思いつきでいった与件を後生大事に抱えて「〇〇と仰っていたので」と守り続ける人もいます。「いや、そこそんなに肝心じゃないから」という読み間違いです。
もしくは、クライアントが言う「例えば、〇〇とか」といった「例えば」にとらわれて、そのまま実行しようとするのもよくない反応かもしれません。

昔商業施設のお手伝いをしているときにで、「子供がここで時間を過ごせてきたことが思い出になるような遊具をつくりたい、例えばメリーゴーラウンドとか」とリーダーが仰ったのに対し愚直にそれを実現しようとしているチームがありました。当然耐荷重や予算は大幅に増え、メリーゴーラウンドを実現するせいでできなくなること(豊かな緑や気持ちの良いフローリングの床)が沢山あります。
ここで拾うべきは「子供がここで時間を過ごせてきたことが思い出になる」を生み出すものは何かということです。ただ他の魅力を破壊してまでメリーゴーラウンドを入れることではありません。

〇与件を正しく把握したら、アウトプットする。最後はジャンプ
という第二ステップもあるのですが、こちらについてはまた今度聞いてください!


あと、企画が否定されたからといって人格が否定されたと思わないことも大事です。どこで読み間違えたのか?を冷静にたどってジャッジしないと、更に答えから遠ざかる。
「私なんて」は全てを無に帰す言葉と思います。(私は常習犯ですが笑)
私は4年近くコーチの方についていただいています。(コーチングといいます)コーチングの説明は割愛しますが、「私なんて」は思考停止なので、
その先に向き合うためには、第三者に曖昧な弱い自分を指摘してもらい、迂回できないようにしなければいけなかったのです。

偉そうにいろいろと申し上げましたが、
皆さん、コロナ大変ですね。心はお元気ですか。
シバジムもリモートに切り替えました。
柴田はいっそはりきって「この時間を最大限に活かして、あの時あんなこともあったよね。と笑いあえるようになりたい。何か新しくできるようになりたい!ヨガの先生の資格を取ろうかな。」などと言って日々心配したりはりきったり。さすがに先に行ってます。私も、この機会に情けないのですがブランディング勉強を改めてし直そうと思っています。良い週末をお過ごしください。

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