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『ねぇ』

『ねぇ』

 それだけ。送られてくる。通知を見て心臓が少し揺れる。またこれか。1度は終わった会話から、思い出したように君の方から送られてくるメッセージは3種類。
『死にたい』、『大好き』、『ねぇ』
 ウンザリする。別に僕は好きで君と付き合ってるわけじゃないのに。君がどうしてもというから、ごっこ遊び程度の感覚で付き合っている。そしてこの『ねぇ』が送られてくる時は大抵、続くメッセージはなくて、こちらの反応待ちだ。それから、返信が遅いと『遅い』と来る。早めに返信すると何かしらの探りを入れられる。浮気をしていないか、とかそういった方向のものを。
「はぁ」
 思わずため息が出る。正直怠い。そろそろ潮時かな、なんて考えていると通話している相手から話しかけらる。

「どうしたの?」
「いや、なんかさ」
 付き合ってる彼女がこんな感じで……と、一応説明する。すると吹き出したように笑い出す相手。
「なんで笑ってんの?」
「いや、彼女とかいたんだと思って」
「そんなに変?」
「知らなかったもん」
「聞かれなかったから言う必要ないと思って」
 本当に、それだけ。
「へぇ、じゃあこういうの怒らないの?」
「こういうのって?」
 僕が聞き返すと少し詰まってから言う。
「彼女いるのにほかの女と個通してるじゃん」
「あー、多分怒るけど……」
「けど?」
「バレたことないし、通話かかってきたらすぐそっちいってるからさ」
 一応、彼氏という立場上、最優先にはしている。
「あ〜たまに急に席外して帰ってこなくなるのそれ?」
「そうそう」
「あれ彼女だったんか〜! え、てことはうちはキープ的な?」
 探るような、興味のような、半々だろうか? そんな聞き方をしてくる。
「いや、友達でしょ、ただの」
「あ〜そっかそっか! 確かにね!」
 妙に納得した様子で会話を切り上げられ、気まずい沈黙が流れる。これは知っている。この通話相手は僕に気がある。何度か会って飲んだことはある。顔は可愛いし、性格も明朗快活。今の彼女の躁鬱上機嫌抜き癇癪トッピングみたいな性格とは真逆だし、僕好みかもしれない。なら。

「最近正直怠しいさ、別れようかなって」
「え〜! まじ? 勿体なくない?」
「このままじゃお互いにとって良くないしさ、情で付き合ったままでも不誠実だから」
「ま〜そうなのかもしれないけどさ〜」
 思った通り、1度は否定しても別れることになる流れには乗って来た。
「今もう別れ話しようかな」
 ヘラヘラ笑いながら言う。
「マ!? じゃあ今日、それ見届けてから終わろうか?」
 相手も、あくまで冗談、というテイで返してくる。けど声色から期待がにじみでているのを隠せていない。
「まじまじ。てかもう送ったわ」
 彼女に『僕たち別れよう。』から始まるそこそこ長い文章を送る。すぐには既読がつかない。
「早すぎ! 寝てるっしょ!」
「あるかも」
 そう返しながら彼女の連絡先を全部ブロックする。家に凸られたらその時考えよう。これでたった今から僕はフリーだ。
「え、『うん。わかった』だってさ」
「早くね!? てかいいんだ!」
 大爆笑する相手。
「もうお互い潮時なのわかってたのかもね」
 僕がそう言うと
「私との浮気がバレてたのかもよ?」
 と返してくる。
「浮気って、僕らなんもしてないじゃん」
「そうだけど」
「これからその予定でもあるの?」
「それはやばすぎ! 流石に手早すぎでしょ」
 なんかいいつつ、満更でもない様子。
「そっちから言い出したんだんじゃん」
「それは、まぁ、そうだけど……」
 あと一押しかな。
「満更でもないんじゃない? そういうのも」
「えー、いや、んー」
「僕はいいよ? 今はフリーだし」
「今はって、たった今なったんじゃん」
「そうだよ?」
 ここまで言えば時間の問題。
「どうしたい?」
「えっ……と」
「好き? 僕のこと」
「んー……」
「僕は好きだよ?」
 どういう意味で、とかは言わない。
「私も……す、好き、だよ?」
「ならいいじゃん」
「いっか〜……いっか〜……」
「ね、どうする?」
「んー、じゃあ」
 決め手は相手から言わせる。相手に決断させる。
「じゃあ?」
「よろしくお願いします……?」
「何が?」
「えー言わせんのー?」
 照れ笑いで誤魔化そうとするのを逃がさない。
「言ってくれなきゃわかんないよ?」
「……恋人として、お願いします」
「こちらこそ」
 はい。おしまい。陰鬱な彼女とは別れて明るくて可愛い彼女の出来上がり。のはずだったのに。


『ねぇ』

 付き合って数ヶ月してからそんなメッセージが送られてくる。思わずため息が出る。

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