【読書日記】東川篤哉『探偵さえいなければ』

【本日の読了本 2020.1.18】

東川篤哉『探偵さえいなければ』(光文社文庫、2020)

 私としては珍しく、新刊で出た本をすぐ読み終えた。大抵の場合、いちおう確保してはおくものの結局しばらく寝かせておくことになってしまうのだ。ご存じないかもしれないけれど、本って意外とすぐ手に入らなくなってしまうんですね。なるべく買えるときに買っておいたほうがいい。まあこのことについて語ろうとするとまったく違う内容の記事になるのでまた別の機会に譲りますが。

作者について

 東川篤哉といえばドラマ化もされたあの有名な『謎解きはディナーのあとで』シリーズの作者だが、私としてはそれよりもこの〈烏賊川市シリーズ〉のほうが好みだ。『探偵さえいなければ』はシリーズの八冊めで、三冊めの短篇集。五つの短篇で構成されている。

 ちなみにいうと、私は東川篤哉を長篇作家と認識している。短篇も決して悪くはないのだが、長篇のほうが出来がいい。はるか昔に読んだのでもう記憶がさだかではないが、〈烏賊川市シリーズ〉の長篇はどれもよかった気がする。特におすすめしたいのが『交換殺人には向かない夜』。これは面白かった。「面白かった」という記憶しかないのでどこがどう面白かったのかは書けないが、とにかく面白かった(はずだ)。『完全犯罪に猫は何匹必要か?』もなかなかの佳作だったように思う。というかそもそもタイトルがいい。たしかこの作品をタイトル買いしたのが、わが東川体験の最初だった憶えがある。『謎解きはディナーのあとで』がヒットするよりも前の話であり、これは私の小さな自慢のひとつだったりもするのだ。
 ところが(おそらくは『謎解き――』が売れて以降)この人は短篇ばかりを書くようになってしまった。雑誌に注文されてちょこちょこ書くスタイルになり、長篇がほとんどまったくといっていいほど出ない。まことに残念。(そういえばあの久々の長篇『仕掛島』はいつ単行本になるのだろう。楽しみにしているのだが。)

収録作について

 閑話休題。で、本日の読了本。さっきは「長篇作家だ」と書いたが、この短篇集もなかなか面白く読んだ。短篇もうまいことはうまいのだ。
 「ユーモアミステリー」と評されるこの人の作品は、どのシリーズを見ても全篇にわたってしょうもなーいギャグが飛ばされ、それはあまりにもしょうもないので人に薦めるのに気が引けるほどなのだが(「あいつはあんなので笑うのか」と思われてはたまらないので)、しかしそうしたしょうもないギャグがミスリードになりカモフラージュになり、目くらましになり伏線になっていたりするので侮れない。今日読み終えた『探偵さえいなければ』もまさにそうした仕掛けがふんだんに用いられている。以下、収録作をざっくり見ると――

「倉持和哉の二つのアリバイ」

 は、いわゆる倒叙もの(要するに「古畑任三郎」方式。説明がめんどくさいので各自で調べてください)である。伏線がじつにうまく張り巡らされていて、思わず笑ってしまった。これには見事にやられました。

「ゆるキャラはなぜ殺される」

 もちろん高木彬光の『人形はなぜ殺される』をもじった題だけれど、内容はたぶん全然関係ない(「たぶん」と書いたのは未読だからだ。いちおう『人形――』は持っているけれど、いまは寝かせてある)。ちょっとした多重解決ものになっていて、ひとりの名探偵が語る推理をもうひとりの名探偵が否定し、殺人犯の正体を突き止めるのだが、そこからさらに驚くべき真相が明らかになって――といった感じで、これまたよくできている。ただしギャグのしょうもなさは五篇のうち随一。

「博士とロボットの不在証明〔アリバイ〕」

 これまた倒叙もの。人間のように動いてしゃべるロボットをアリバイ工作に使う、という発想がバカバカしく、一歩間違えばリアリティ皆無になるところなのだが、しょうもないギャグに満ちあふれたこの作品世界ならそれもアリか、と思わされるのが心憎い。そんなロボットが許されるなら完全犯罪もやり放題に見えるが、そこはあくまで本格推理。意外なところから真相が露見するさまはやっぱり倒叙もののそれだ。細かい気配りも利いている。

「とある密室の始まりと終わり」

 密室もの。トリックはよくあるもののバリエーションだが、その捻りかたが独特。この作品世界じゃないと許されないような、普通じゃ思いつかない、思いついても書けない密室である。これもまた一種の多重解決になっていて、「捨てトリック」(途中で探偵が披露する、真相とは異なる間違ったトリック)があるのも贅沢でいい。

「被害者によく似た男」

 半・倒叙もの。というのもこの作の視点人物は、巻き込まれるようにして犯罪の片棒を担がされるのであり、だから具体的な殺人計画は知らされないし(もちろん読者にもわからない)、それがどういう結末を迎えるかも当然予測できないのだ。そのまま訳もわからず読み進めていくと、最後の数ページで計画の全貌が明らかになり、かと思えばすぐさま(意外な点から)それが露見する。構成の妙に感心させられる一篇。

おわりに

 いずれの短篇も、「作者との知恵比べ」ではなく、だから私たちが推理しようとするのはどだい無理な話なのだが、手がかりの隠しかたや、ミスリード、意外な着眼点などは実に本格推理的なものであり、それらを眺めるだけで充分楽しめる。東川篤哉の技術がいかに優れているかがよくわかるし、それは長篇でより活きるだろうことが容易に推測できる、そういう短篇集である。

 ……絶対この人は長篇を書いたほうがいいのになあ。

 その他、私のおすすめは『交換殺人には向かない夜』(光文社文庫、2010)、『純喫茶「一服堂」の四季』(講談社文庫、2017)。



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