信託契約書の条項への指摘と回答
・公証センター等に信託契約書案を送信した場合に、第1条に契約の趣旨規定を追加される場合がある。第2条を目的規定とする場合の整合性について。第1条で受託者の義務は,「信託財産の適正な管理,処分を行う」となっているが,第2条の信託目的には,管理、処分に加え「運用」もあるので,本項にも「運用」を加えるのが相当。
→よく分かりませんでした。
・追加信託は、信託設定及び信託の併合の手続きに従って行うことになる(弁護士ひまわり信託研究会伊庭潔編著『信託法からみた民事信託の手引き』日本加除出版株式会社、P68。)。
信託法上,追加信託に関する規定はなく,一般的にはその法的性質を新たな信託設定と信託の併合を同時に行うものであり,追加信託は信託設定及び信託の併合の手続きに従って行うことになる(弁護士ひまわり信託研究会伊庭潔編著『信託法からみた民事信託の手引き』日本加除出版株式会社、P68。)。よって、信託契約における追加信託としての新たな信託の設定は,契約行為である以上,受益者が行うのではなく,委託者と受託者の合意が必要になるので修正が必要。
→信託契約書中、委託者の地位の条項において、委託者の地位のうち、追加信託する地位について、受益者に移転しています(信託法146条、道垣内弘人『信託法〔第2版〕現代民法別巻 (現代民法 別巻)』、2022、有斐閣、P410~)。なお、金銭の追加信託は可能ですが、不動産登記はその申請構造上、受益者のみで追加信託の登記申請を行うことは不可能です(不動産登記法60条。)。
・当初受託者乙の住所や氏名は、本旨外要件に記載されるので単に乙でよい。→公正証書として読み上げるときに、委託者、受託者、受益者その他の関係者に、甲、乙、丙などと記載されると、各当事者が分からなくなってしまうことが多いです。信託契約書の条項数が、遺言公正証書などと比べて長いこともあります。依頼者との読み合わせは、公証人から返信が来た場合の甲や乙などは、全て氏名に読み替えます。
・受託者の任務終了事由として、
受託者が唯一の受益者となったとき。ただし、1年以内にその状態を変更したときを除く。は不要。条項の趣旨は,信託目的にそぐわない、受託者が唯一の受益者として受益権を享受する状態が1年間継続した場合に受託者の任務を終了させようとするものと考えられる。
そのような状態が1年間継続した場合は,受託者の任務だけでなく,本信託自体の終了事由(信託法第163条第2号)になる。
本号のような記載では,受託者の任務が終了するのが,唯一の受益者となったときなのか,その後1年経過後かが不明確。つまり,上記1年間の任務は,当初受託者が担うのか,それとも第2次受託者などの後継受託者が担うのか不明。
→条項の趣旨は,信託目的にそぐわない、受託者が唯一の受益者として受益権を享受する状態が1年間継続した場合に受託者の任務を終了させようとするものと考えられる。について・・・その通りです(信託法8条)。
そのような状態が1年間継続した場合は,受託者の任務だけでなく,本信託自体の終了事由(信託法第163条第2号)になる。について・・・その通りです。
本号のような記載では,受託者の任務が終了するのが、唯一の受益者となったときなのか、その後1年経過後かが不明確。つまり、上記1年間の任務は,当初受託者が担うのか,それとも第2次受託者などの後継受託者が担うのか不明。について、受託者の任務が終了するのは、唯一の受益者となり、1年以内にその状態を変更しなかった場合であり、明確です。当初受託者とも第2次受託者とも特定していないので、どちらにも適用され、不明とはならないと考えられます。
・任務終了した受託者の義務についての条項における、
任務が終了した受託者(その相続人のほか、信託財産を管理すべき者を含む。)は、後任の受託者が信託事務の処理を行うことができるようになるまで、受益者への通知、信託財産の保管その他の必要な事務を行う。
必要性が不明。信託法第59条及び第60条記載の前受託者等の義務を記載したものと思われるが,以下のような疑義がある。
受託者以外に信託財産を管理する者とはだれを指すのか(すなわち,信託法第63条,第64条による裁判所の選任による信託財産管理者を指すのであれば,受託者や相続人の職務遂行を認めるべきではないし(信託法第66条第1項),それ以外の存在を想定しているのであれば,信託法第2条第1項の「信託」や同条第5項の「受託者」の定義に反すると考える。
→受託者以外に信託財産を管理する者とは、相続人、任意後見人、法定の成年後見人、保佐人、破産管財人、信託財産管理者を指します(信託法60条2項、4項、63条から72条まで。)。全てを記載する修正が必要だと考えられます。
受託者の任務終了事由(ただし,死亡及び後見又は保佐開始の審判のみ)を知っている相続人の通知義務違反については,過料の制裁(信託法第270条第1項第1号)があるところ,本項の記載では上記事由を知らない相続人にもそのような義務を課するもので相当ではない上,上記死亡等以外の事由による任務終了の場合の受託者との間で競合が生じてしまうことは相当とは考えられないこと。信託法によればよく,削除か,記載するのであれば,法令に準じた記載にするのが相当、について
→別の条項で、次順位の受託者が、死亡、後見開始、保佐開始により任務が終了した場合の受託者の相続人へ通知する義務を定めています(信託法60条1項の変更。)。相続人は通知により知り得るので、義務を課すのが相当ではない、とはいえないのではないかと思われます。
・受託者の任務終了により、受託者に指定された者が、本信託の利害関係人による催告から1か月以内に受託者に就任しない場合は、受益者は新たな受託者を定める。について。
削除相当。本項は受益者に新たな受託者の指定権を認めた規定と解されますが,同指定権については,同条第3項に記載されており,本項の規定は,それと矛盾する。本信託は自益信託なので,本項の記載がなくても,本項第3号の信託法の規定、具体的には同法第62条第1項により、委託者兼受益者たる甲が新受託者を選定できることは明らかだからです。
・・・催告から1か月以内という期間については、信託法62条1項に記載はないので、必要な条項だと考えられます。
・後任受託者は、前任の受託者から受託者としての権利義務を承継し、次の各号に記載する必要な事務を行う。
(2)前受託者の任務終了が辞任による場合を除いて、必要な場合の債務引受け。について。
必要性に疑問。特に第2号については,信託法第76条第2項によれば,新受託者が履行義務を負うのは,「信託財産に属する財産のみ」であって,固有財産によって履行義務を負うのは,前受託者(同法第1項)だから。本項も,信託法第75条以下の規定によればよく,記載するのであれば,法令に準じた記載にするのが相当と考えます。
・・・金融機関から信託借入れを行い、受託者が債務者となっている場合を想定しているので、必要だと考えられます。
本信託の第1順位の受益者は、次の者とする。
2 各受益者の死亡により受益権が消滅した場合、受益権を原始取得する者として次の者を指定する。について、
本信託では,第1受益者が2名いるところ,本項により,第2受益権を取得するのは,上記両名が死亡したときに全ての受益権を取得する趣旨なのか,それとも1名が死亡したときにそれぞれの受益債権を原資取得する趣旨なのかを明確にしてください。また,甲の死亡は,信託の終了事由となっているのに,信託契約の継続を前提とする本規定が存するのか意味不明。
→各受益者、との記載があり、1名が死亡したときに受益権を原始取得するのは明確だと考えられます。甲の死亡は信託の終了事由となっています。残余財産の帰属権利者の条項と、受益者の記載を一致させるために第2順位の受益者を定めているので、信託契約の継続を前提とはしていませんし、意味はあります。
・受益者に関する条項
3 次の順位の者が既に亡くなっていたときは、さらに次の順位の者が受益権を原始取得する。
4 受益権を原始取得した者は、委託者から移転を受けた権利義務について同意することができる
5 受益者に指定された者又は受益権を原始取得した者が受益権を放棄した場合には、さらに次の順位の者が受益権を原始取得する。
6 受益者に指定された者が、指定を知ったとき又は受託者が通知を発してから1年以内に受益権を放棄しない場合には、受益権を原始取得したとみなす。
について。
意味不明。
・・・信託法29条、31条、90条1項1号、91条、99条。民法986条、987条。信託法91条の読み方として、道垣内弘人『信託法』2017有斐閣P385、道垣内弘人『条解信託法』2017弘文堂P476、477、法制執務委員会『ワークブック法制執務』2007ぎょうせいP642。西村志乃「民事信託と裁判上のリスク」『信託フォーラムvol.6』2016日本加除出版P33~は、利益相反状況と表現する。
・受益者代理人に関する条項
受益者代理人及び信託監督人の変更に伴う権利義務の承継等は、その職務に抵触しない限り、本信託の受託者と同様とする。
意味不明。受益者代理人等に,受託者のような債務の弁済,引受,費用の清算
信託財産の引継等信託事務の引継があるのか不明な上,これらの者の事務引継ぎは,信託法上の定め(第135条第2項,第142条第2項)によるべきと考える。について。
・・・その職務に抵触しない限り、との文言が入っています。
・委託者は、次の各号の権利義務を受益者に移転する。
(1)信託目的の達成のために追加信託をする権利義務
(1)受益権の放棄があった場合に、次の順位の受益者又は残余財産の帰属権利者がいないとき、新たな受益者を指定することができる権利。について
委託者と受益者は異なる概念(信託法第2条第4項,同法第6条)であることから,権利義務は当然異なるはずなのに,その移転を認めていること,本信託における第一受益者は2名いるにもかかわらず,それらの者たちの関係が不明であることなどからすると,違法ないしは必要性に疑問があります。
・・・信託法146条。道垣内弘人『信託法〔第2版〕現代民法別巻 (現代民法 別巻)』、2022、有斐閣、P410~は移転を認めています。受益者と記載していますので、受益者2名となります。関係が不明と考えることは出来ません。よって、違法と考えることは難しいと思われます。
・受託者は、信託金銭について、次の信託事務を行う。
(1)受託者固有の財産と分別して管理。について
本条項は,信託財産の管理方法を定めた規定であることからすると,信託金銭の分別管理方法(通常は,信託口口座の設定)をも定めるべき。
・・・信託口口座を開設出来ない金融機関用です。
・受託者は、信託目的の達成のために必要があるときは、受託者は受益者甲の承諾を得て金銭を借入れることができる。について
本項の趣旨は,借入債務を信託財産責任負担債務とする趣旨と解されますが,疑問。まず,前段については,受託者の借入を想定した規定と解されますが,その場合には受託者は,その固有財産によっても履行義務を負う(信託法第21条第2項の反対解釈)のですから,受益者の承諾を要件とする必要はない。
受託者は,信託目的を達成するためならば,信託財産の売買等の処分をもできるはずなのに、なぜ担保権の設定等に受益者の承諾が必要なのか不明です。本項の記載は,権限濫用防止のための縛りと思われますが,それは本条第3項と同様「信託の目的を達成するため」によって図るべき。
・・・受託者がその固有財産によっても履行義務を負うとしても、信託財産も履行義務を負うのであり、受益者の承諾が不要となる理由にはならないと考えらえます。受益者が借入れをして得た金銭は、当然には信託財産とはならないので、信託財産とする、という記載を入れています。
受託者は,信託目的を達成するためならば,信託財産の売買等の処分をもできるはずなのに、なぜ担保権の設定等に受益者の承諾が必要なのかというと、売買については売却代金が信託財産となって入ってきますが、担保設定については支払いが滞った場合に信託不動産が強制執行にかけられるリスクがあるからです。
(信託事務に必要な費用)
・信託事務処理に必要な費用は次のとおりとし、受益者の負担により信託金銭から支払う。信託金銭で不足する場合には、受託者と受益者甲との個別合意により、その都度、又はあらかじめ受益者に請求することができる。について。
信託金銭(信託財産)は,本来,受託者に属する財産(信託法第2条第3項)ですから,「受益者の負担」とすることはできないはずです。
・・・信託法48条1項、2項により可能です。
・(信託の終了)
本信託は、次に掲げる各号のいずれかの場合に終了する。
信託財産責任負担債務につき、期限の利益を喪失したとき。について
必要性について疑問。すなわち,例え受託者の任務懈怠等によって期限の利益を喪失したとしても信託財産が十分残っている場合には,受託者を解任(信託法第58条)し,新たな受託者(原案第4条第3項以下)によって信託事務を処理させるのが受益者の利益になると考える。他方,期限の利益の喪失によって信託財産がなくなるか,わずかしか残っていない場合には,本項第8号又は信託法第163条第1号(信託の目的を達成することができなくなった)によって終了させることができるからです。
・・・信託法163条9号により可能です。必要性については、金融機関から借り入れている場合に期限の利益喪失したとき、強制執行などがなされるため信託を継続することが出来ないからです。信託法163条1項では、曖昧性が残ります。
・(信託の終了)
本信託は、次に掲げる各号のいずれかの場合に終了する。
受益者が、破産手続開始の決定を受けたとき。について
必要性について疑問。すなわち,本信託の目的の一つには「受益者の安定した生活と福祉を確保」にあるところ,受益者に本号のような生活困窮状態が発生した場合にこそ上記目的の趣旨に沿うと考える(信託の重要な機能である倒産隔離効の具体的発生場面と考えられる)。信託法上は,破産開始決定等による信託の終了事由は,委託者(受益者ではない)である上,倒産管財人等による委託者の倒産手続における未履行双務契約の解除権が行使された場合に限っている(同法第163条第8号)。
・・・信託法163条9号により可能です。本信託の目的の一つである、受益者の安定した生活と福祉を確保は、信託財産で受益者を支えることができないような受益者が破産手続開始の決定を受けたときは達成することが出来ません。よって、受益者が破産手続開始の決定を受けたときに、信託が終了するという条項は必要性があると考えられます。
・(信託の終了)
本信託は、次に掲げる各号のいずれかの場合に終了する。
受益者と受託者が、沖縄県弁護士会の裁判外紛争解決機関を利用したにも関わらず、和解不成立となったとき。ただし、当事者に法定代理人、保佐人、補助人又は任意後見人がある場合で、その者が話し合いのあっせんに応じなかった場合を除く。について
内容が極めて具体的ですが,何か事情があるのか。本号は,受益者と委託者の信頼関係が破壊されたときの信託の終了を認めた規定と解されますが、信託を存続させる必要がある場合には,新たな受託者を選任すればよいので、それでは信託の目的が達成できない場合のみ終了させることでよいと考える。
・・・信託を存続させるか終了させるか、裁判所での手続き(信託法165条)の前に当事者間で解決を図る条項です。
・(信託終了後の残余財産)
本信託の終了に伴う残余財産の帰属権利者は、次の順位により指定する。
第1順位
○○
第2順位
○○
次の順位の者が既に亡くなっていたときは、更に次の順位の者を残余財産の帰属権利者とする。
について。
第2順位とは何を意味するのか不明です。仮に死亡や放棄等を想定しているのであれば,そのことを記載すべきです。次の順位の者の意味が不明です。
・・・死亡や放棄などを想定しているので、次項に記載しています。次の順位の者は、第2順位の者です。
・(信託終了後の残余財産)
清算結了時に信託財産責任負担債務が存する場合で金融機関が求めるときは、合意により残余財産の帰属権利者は、当該債務を引き受ける。について。
本項の趣旨は,債務弁済前における残余財産の給付制限(信託法第181条)の例外として帰属権利者による債務引受けを認めた規定と解されますが,法令上の根拠なく,契約主体ではない帰属権利者に義務を負わせることはできない。
仮に上記趣旨であるとすれば,「清算決了時に信託財産責任負担債務が存する場合において,金融機関の求めに応じて帰属権利者が,当該債務を引き受けた場合には,清算受託者は,信託財産に属する財産を帰属権利者に給付することができる」などとすべきと考えます。
なお,債務引受けはあくまでも帰属権利者の任意ですので,仮に帰属権利者が拒否した場合には,信託財産によって弁済(余裕がある場合)するか,倒産手続き等に移行(余力がない場合)すべきと考えます。
・・・債務弁済前における残余財産の給付制限(信託法第181条)の例外として、帰属権利者による債務引受けを認めた規定ではありません。
信託契約に記載のない特別の支出を受益者の承諾によって受託者による支出を認める法令上の根拠はなく,したがって,受益者代理人にもそのような承諾権はないと考えます。
・・・本信託契約に受益者の承諾(信託法48条2項ただし書き)の条項があり、受益者代理人にも承諾権があると考えられます(信託法139条)。
あ