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競技活動自伝No.7〜アメリカ〜

この文章は、書籍『大陸を走って横断する僕の話。』
(2016年11月23日 台湾 : 木馬出版社より発行)    の日本語原稿です。

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〜アメリカ〜

初マラソンを終えたあと、僕は鳥取砂丘で毎日ボ~っと日本海を眺めていた。

1日経っても、2日経っても、やはり里美さんは現れない。今ばったり再会できたら絶対ロマンチックなのに…里美さんはアホだなぁとボヤきつつ、寂しくなり、同じ夏の想い出を共有した松尾さんという同僚スタッフの「いつか福岡に来ることがあったら博多ラーメン奢ってやるっちゃね」という約束を果たしてもらいに、彼の住む福岡へ向かった。

2004年4月

本当にラーメンを奢ってもらうためだけに福岡までわざわざやって来た僕に松尾さんは呆れたあと「この先の生き方を悩むことも大事かもしれないが井上くんはまずもっと男を磨いた方がいい」とアドバイスをくれた。

男を磨く?その為にはどうしたらいいだろう?

何冊か「イイ男になるためのマニュアル本」を立ち読みすると、たくましさが大事と書かれていたので、とりあえず福岡の天神中央公園で野宿生活を始めてみることにした。寝袋を購入。

天神の周りには、大型書店も多かったので、これまで読んだことのない本を毎日いっぱい立ち読みして、まずは知的な男にもなろう!と決意する。

ポカポカした陽の暖かさの下、中洲の並木は桜満開。春うららな陽気と風が心地よかった。

街中での野営は何かと怖いので、明け方まではネットカフェでマンガを熟読し、日が昇ってから夕日が沈むまでは(ちょっとお昼寝してるだけなんですよ)という人のイメージで、公園の芝生でガッツリ8時間睡眠。日が沈みはじめてからは肩がけのメッセンジャーバックに着替えとタオルと洗面道具だけを詰め込んで毎日ぷらぷらと街をうろついてはぼんやり空を眺め、書店に立ち寄り本をよく読み、銭湯と中央公園とを往復するという気ままで自堕落な毎日を過ごしていた。

そんなある日、就職した会社の新人研修で福岡に来ていた幼馴染と一緒に牛丼屋で飯を喰った。「バカじゃねえの!でも面白ぇ生き方だよ」彼は子供のころから気弱でいじめられがちだった僕をよく守ってくれたいい奴だった。

「どうせならこんなとこでくすぶってないでもっと世界中を観に行けよ」そして、帰国子女の彼は僕よりもずっと広い世界観を持っていた。

世界、か。そう言えば海外は言ったことなかったな。そして海外に目を向けたとき自分の胸のなかに得体のしれない衝動が疼きはじめたのを確かに感じていた。

もしも自分が海外に行くなら何処へ行こう?
どうやっていったら楽しいだろう?

子供のころのようなワクワクを感じながら書店で海外旅行の紀行本を読み夢を膨らませていた。そして気づいた。子供のころと今の自分は決定的に違うことに。航空券を買うお金とほんの少しの勇気さえあれば、この夢のような国々へ僕は実際に行けるんだと。

アメリカ南西部アリゾナ州の北部にグランドキャニオンという長さ446km、深さ1200mもの峡谷がある。7000万年も前からの度重なる地殻変動と大陸の隆起とコロラド河の水の流れとで長い年月をかけて形成されていった宇宙空間からも目視できると言われるほどの広大な大地の裂け目だ。

そこへ行ってみることにした。福岡から自転車で。

目的地が決まれば後は逆算してやるべきことを考え、一つ一つ実行してゆけば良いだけだ。

グランドキャニオンまでの自転車旅に必要なのは資金と体力。天神から10kmほど離れた箱崎埠頭でコンビニ弁当の生産工場での日雇いバイトをすぐに見つけ、日勤夜勤あわせて一日16時間働きながら資金を稼いだ。

工場と天神中央公園までの移動は走ることで交通費を節約しつつ体力を鍛えた。

約3週間で、5万5千円のロードバイクとロサンゼルスまでの格安航空券、旅に必要な装備一式を揃え、まずはパスポートを申請しに、買ったばかりの自転車のペダルを東京めがけて踏み込んでいった。松尾さんは相変わらずの僕の行動を呆れながら見送ってくれた。

ロサンゼルスからグランドキャニオンまでは片道約900km。福岡から東京までの道のりとほぼ同じ距離だ。東京までをぶじ自転車で到着することが出来たならアメリカでもきっと大丈夫だろうと自信を持つことができる。経験に勝る装備なし。自分でも無茶な計画だとは思っていたが、ヘトヘトになりながらも無事7日間で東京へたどり着くことが出来たので、そのまま予定通りロスへ旅立っていった。

2004年5月

日本という他国と切り離された島国で暮らす僕たち日本人にとって、初めての海外旅行は巨大な映画のセットの中に紛れ込んでしまうようなものだと思う。その土地にとっては素朴で当たり前で日常的な建造物も会話も歩く人々も初めてアメリカ合衆国ロサンゼルスの街へ訪れた僕にとっては全てが新鮮な興味の対象だった。しかしこの旅も野宿でやり通そうとしていた僕にとってロスの街に長居することは危険にも思えた。期待と不安を入り混ぜながらロードバイクへとまたがる。ドキドキするような冒険の始まりだ。

アメリカで犯罪に巻き込まれずグランドキャニオンへたどり着く為に考えた作戦は「睡眠は日中に人のいない大自然の中でのみ」と言うものだった。僕が「そこにいる」と知っている人さえ誰もいなければ睡眠中に犯罪被害にあうリスクはゼロ。たぶん。そして睡眠時間以外は、ひたすら自転車を漕ぎ続ける。気温の涼しい夜中に自転車を漕ぐことで日中以上に疲労感を残さず移動できると言うのもこの作戦の利点だ。

そんな作戦ではじまった旅の道中では、夜中に放し飼いされた犬に追い回されたり、僕の昼寝を発見した地元の悪ガキにスイカぐらいの大きさの松ぼっくりを投げつけられたり、荒れ果てた路面の旧ルート66で何度もパンクしたり、どうしても迂回ルートが見つけられなかったのでハイウェイを自転車でかっとばしていたら地元のポリスメンにこってり叱られ、けれど次のガソリンスタンドまでパトカーで載せていってもらえたり、街で出逢った同年代の青年に、好意でスニッカーズを5本プレゼントしてもらえたりした。

広大な大地をひとり疾走しながら見上げる星空は美しく、時にはちょっと贅沢してモーテルに泊まりボリューム感たっぷりのステーキを食べ、圧倒的な自由を感じながらどこまでも長く長く地平線まで途切れる事のない道を進み続けた。


そして8日後、グランドキャニオン国立公園へたどり着く。自転車を停め、3時間かけて渓谷を下ってゆき、たどり着いた先は大地の裂け目から見上げる40億年分の断層と青々とした空だけがあった。

そこは時間がゆるやかに感じられるような、不思議な空間で、周りにいるアメリカ人観光者と同じようにその場で黄昏ながら夕日が沈むまでを過ごす。

期待していたような感動は湧き上がって来ず、イチャつくカップルの隣で、僕は寂しさを感じていた。

こんなところまで一人でやってきて、何してるんだろう? これからもずっとこうやってひとりで生きてゆくんだろうか?

結局、僕はまだ里美さんへの想いを引きずっていた。こんな地の果てまで来ても諦められないんだから、もう里美さんへの想いを諦めることは諦めてもいいんじゃないかな。

どんなに目を背けようとしても、好きなことはやっぱり変えられないよ。日本へ帰ったらまた翌年の日本海マラソン優勝を目指して走ろう。彼女に再会する日まで走り続けよう。

そう思い、グランドキャニオンからロスへの旅路へ戻っていった。

旅の最後にロスで知り合った日系三世のナガマツさんという人は、そんな僕にこう言ってくれた。

「君ほどぶっ飛んだ男なら、ランアクロスアメリカも完走できそうだよね」

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最終章の 競技活動自伝No.22〜あとがき〜 のみコメントが可能です。忌憚ないご意見、ご感想を是非お書き下さい。

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