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三体は見る/読むべき(少しネタバレあり)

劉慈欣りゅうじきんのSF小説「三体」が全世界に旋風を巻き起こして久しい。

僕も挑戦したものの、中国人の登場人物が多く、名前はおろか性別さえ判別するのが難しくなって挫折してしまった。

ところが最近、NetflixとAmazon Primeで「三体」のドラマが相次いで発表された。

面白いのは、NetflixとAmazon Primeで全然違うところだ。

Netflix版は設定が大幅に変わっていて、登場人物の多くが欧米人に変わっている。これはNetflixが考えるグローバルスタンダードということだろう。

ただ、そのせいか、話全体が最近よく見る「アメリカ式できるだけ引き伸ばしたい原作改変」に見えてしまう。正直、原作の面白さを搾取してるようで僕はあまり好きではない。

次にAmazon Prime版だが、実はこれは元々Tencent版で、要は中国企業が中国国内向けに作った作品なので原作に忠実。ただし30話もあって全体的に間延びしてる。初めて「映画を早送りで見る人たち」の気持ちがわかった。すまん、ぶっちゃけ早送りした。

原因は「制作費は話数に比例して払う」という中国の制作事情にあるらしいのだが、どう考えても「そのシーンは蛇足」みたいなものが多いものの、話の大筋は変わっておらず、何より出てくる俳優&女優さんがみんな味がある&可愛いので見続けることができる。

特に刑事の史強シーチァンが抜群にいい。主人公ではなかったはずが最後は主人公みたいになる。実に暑い。中国版サラリーマン金太郎にしてジャック・バウアー。文句なしにカッコいい。

天才物理学者ばっかり出てくる本作において、ただの刑事である史強は少しおバカな役回りに見えるが、実は最強。彼の部下の"10人力"徐冰冰シュー・ビンビンも実に魅力的なキャラクターで、最初はロボットのように冷徹かつ迅速に任務をこなすクールビューティなキャラクターだが、後半人間味がほろりと出て泣かせる。ベタだけどこういうのでいいんだよ、こういうので。

Tencent版ドラマを見ると名前と顔が一致する(というか逆だが)ので、小説版も読みやすくなる。イメージしやすいというか。

そしてここからが本題なのだが、この物語の第二部が実にすごい。これは映像化されてないので本を読むしかない。

ここからネタバレが始まるので、ここまでの説明で興味を持ったら、修行だと思ってTencent版を見てほしい。退屈な部分は早送りしてOK。俺が許す。

ちなみにTencent版は基本的に全話見て、Netflix版の第一話と最終話だけは見ておいてほしい。これが重要な伏線になっている。

というのも、三体は中国共産党的にやばい描写があるため、本国版と海外版で順番が入れ替わってる。Netflix版の第一話の方が海外版の冒頭と同じであり、三体の面白さはやはり冒頭が文化大革命から始まるところなのでここはぜひ見てほしい。

ただしここまでは前座に過ぎない。
俺的には本番は「三体2」である。



これはAIと戦う人類の未来の予言書だ

Tencent版、Netflix版の三体の後半では、三体星人(と呼ばれるアルファ・ケンタウリ星人)が、わずか二個の量子を地球に送り込んだことが明かされる。

この二個の量子は、実は三体本星の量子と量子もつれエンタングルメント状態にあり、超光速通信で地球の状況を把握できる。この量子は、三次元世界では単なる一つの量子だが、その本体は高次元世界にあり、そこには地球全体を覆うほどの超高性能な人工知能が備わっている。

この人工知能は智子ソフォンと呼ばれ、地球上のあらゆる活動を監視できる。

人類が話す言葉、書くことば、コンピュータ上の数値などは全て智子によって監視され、リアルタイムに三体本星に通知されてしまう。

三体星人の艦隊が太陽系にたどり着くまで400年かかるが、人類は4世紀にわたる戦いに対応するため、四人の面壁者メンペキシャを選び、面壁計画をスタートする。

面壁計画とは、国連機関である惑星防衛会議(PDC)によって選ばれた四人の面壁者があらゆる権限を握り、しかもその命令の意図を説明する必要を一切なくすという過激な戦略である。

智子は人間が発した情報しか知ることができず、人間の心の中で起きることは感知することができない。

そこで面壁者は常に智子、そしてその背後にいる三体星人を欺き続け、最終的に三体星人を打倒するための大戦略を実行し、人類を救う任務を追う。

これが抜群に面白い。
だってこれは、事実上、今の世界の状況を反映している。

我々が普段かわすメールやメッセンジャー、ブログや会員制サロンの投稿は、方法を問わなければ全て盗聴されてしまう危険性がある。

暗号に意味があったのは20年前の話で、今は同じレベルの暗号をずっと簡単に解読できる。当時とはコンピュータの性能が桁違いだからだ。

PPAP、いわゆるパスワード付きPDFとパスワードを別々のメールで送ることに意味がないと日本人が認めるまで20年以上かかっている。

当たり前だが、メールが傍受されているんならパスワードとパスワード付きPDFの両方が傍受できるので、そもそも秘密が守りたいならパスワードは別送しなければならない。電話とかハガキとか伝書鳩とかで。せめてメッセンジャーで送るべきだ。こんな基本的なことも理解されてないんだから、現代の情報セキュリティなど単なる「やってますよ」というポーズに過ぎない。雨乞いとか、テルテルボーズに近い。少なくともPPAPやってる会社はセキュリティの本質を理解してないと世界に喧伝してるのと同じだ。

何がまずいかというと、相手が宇宙人でなくても、人間同士、国家間の争いであっても、情報セキュリティのリスクというのは日に日に高まっているのだ。

我が国でも経済安全保障推進法という法律が令和4年から順次施行されている。

https://www.meti.go.jp/policy/economy/economic_security/index.html

これは我が国がこれまでほとんど情報セキュリティという問題を軍事・外交的な手段として捉えてこなかったことの反省とも言える。

我が国は伝統的に情報セキュリティを極端に軽視している部分がある。例えば日本海軍はハワイ攻撃を事前に察知されていたし、外交交渉でも暗号が丸裸になっていて本国との通信を傍受され不利な立場に立たされた。

我が国では数学の意義と有用性が軽視されており、数学を軽視する姿勢がひいては情報セキュリティが存在しないに等しいため、スパイ天国と言われるような状況になっている。我が国に蔓延する数学軽視、数学蔑視の意識は、戦前戦中の精神論が横行した時代からほとんど進歩してない。数学を無視するから精神論に頼らなければならなくなり、数学を無視するから、単純な数値目標に依存するようになる。これは残念ながら文系も理系も共通する性向だ。

我が国でこれほどまでに数学が軽視される理由は、実は教育にあると思う。我が国の数学教育は戦前から高度過ぎた。欧米では数学を学ぶのはごく一部のエリートだけだが、我が国では社会階層に関係なく数学も英語も学ぶ。その結果、数学と英語に関して「私にはわからないから、わからなくても生きていける→数学も英語も必要ない」という意識に転換されてしまう。

数学がちょっと得意なだけで「頭いいね」と言われてしまうのも問題だ。そもそも高校までで習う程度の数学ができるかどうかは頭のよさとは関係ない。むしろ高校までの数学は暗記がメインであり、ルールを理解できるかどうか、頭を使わずにルールを運用できるかどうかの方が遥かに重要で、頭を使うようにはできてない。高校の数学では頭を使おうとすると失敗する。創意工夫やセンス・オブ・ワンダーを廃して、ロボットのように与えられた数式を解くことが求められる。こんな機能は、もはや大規模言語モデルの方が遥かに高いレベルでこなせるのでもはや人間がやるべきことではない。

話を元に戻そう。

とにかく、ネットにあるもの、ネットに接続されたコンピュータにある情報は、全てAIに筒抜けであると思って間違いない。その点においては、三体の世界と現代の世界は大体一致している。

自分の考えを一切説明することなく地球上の資源を使うことを許された面壁者がどのようにして世界を欺き、人類を救うおうとするのか。

これが「三体2」の見どころであるし、AIとどう戦うのかという、これまでに書かれたSFの中で最も現実的な問いを突きつける物語でもある。

そういうわけなので本欄の読者にはぜひとも三体2を読んでいただきたい。