映画館に忘れられた傘

あれはデートだったのかな。
映画館に置き去りにされた黒い傘。見たことはないはずの光景なのに、なぜか頭に浮かんでしまう。

高校3年の秋。1年生の時に同じクラスだった男の子とよく電話してた。
お互い別に好きな人がいて、その人とどんな会話した、とか、どう思われてると思うか、とか、こんなことあの子は言ってたよ、とかを報告しあってた。

小説とか漫画だったら、本当はその人のことが好きで最終的にはその電話の相手と付き合う、っていうのがセオリーだと思うんだけど、私たちは本当に別々の相手が好きで、なんとなく気が合うから電話しあってる、という感じだった。なんで電話し始めたのか覚えていないけど。

受験も近づいてて、付き合ったって将来は特にないよね、っていうこともわかってたのに、玉砕覚悟で告白し、振られ、電話の人も彼女にフラれてた。
私たち何やってるんだろうね、せっかく共学の高校に入ったのに、結局3年間恋人もできなかったし、デートもしなかったよ。
という話と、映画が好きだからそれを学べる大学の受験をする、という話が混ざって、電話の相手と映画に行くことになった。
邦画がいいな、と言われたから(当時あんまり邦画を観なかったけど)、当時すごい番宣が繰り広げられていた織田裕二の『ホワイトアウト』を観に行った。

雪のシーンが多かったこと、ダムを使った大掛かりな撮影が行われていたこと、役者さんはテレビによく出てる人ばかりで、アクションシーンもあって飽きなかったけど、私がそれまで好きで観ていた映画とは異なって、テレビドラマの延長みたいな感じだった。だからこの映画を観た後に、『なんで映画の勉強がしたいの?』と聞かれたときには、上手く答えることができなかった。そして、なんて答えたのかも忘れてしまった。

いつも電話で話してる相手なのに、教室以外の場所で直接会って話すと、なんだか会話が上手く続かなくて、変なの、って思った。別に好きな人じゃないのに。

そうしたら相手も同じだったみたい。
帰ってからいつものように電話がきて、『俺、緊張してたのかも。映画館に傘忘れてきた。途中で思い出したけど、なんとなく言い出せなくて置いてきちゃったよ』と笑ってた。私も笑った。帰り道、小雨が降ってたから。

マックでご飯とか食べちゃえばよかったね、そういうことも思いつかずに映画終わったら解散しちゃったね、ということを一通りしゃべった。

お互いが好きになれたら楽なのにね、という話もして、でも試しに付き合ってみるには時間も何も足りないね、と話してた。
好き、という感情はないけど、お互い『彼氏彼女』っていう存在に憧れていただけなのかもしれない。
私は東京の私立大学への進学を希望していて、彼は地元の大学に進学する予定だった。東京の大学に落ちたら、学部は違うけど同じ大学になるかもね、という話をしたら『君は受かるよ』と言ってくれたのは今でも覚えてる。
卒業式の日に少し話をしたような気がする。
大学は無事合格して、3月末に東京に引っ越した。

いま、その人がどこの大学に進学したかも、何をしているかも知らない。

旦那とは趣味が合うからたくさん映画観たり、デートもいっぱいした(してる)けど、私の『制服で男の子と映画デート』は、あれが最初で最後だったんだな。

#ファーストデートの思い出

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