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仮面の男

辺りは暗くなっていた。どんよりと鬱積した心情とは対照的に人々は幸福そうに往来している。

ふと奇妙な感覚を覚えた。外は半そででも歩けるほどの暑さなのに、妙に寒いのだ。しかし周囲を見渡せど誰も寒そうなそぶりは見せていない。数秒の時間を要したのち俺は自身に何が起きたのか思い出した。
一人の男が路地裏を歩いていた。男は仮面をかぶっている。聡明そうな黄色の瞳とわずかに緩んだ口は正面を向いている。

俺はそいつを見て直感的に、生命を脅かすほどの力をそいつが秘めている、そう判断することができた。生きているはずなのに、どこまでも冷たい…….。
そいつは立っているはずなのに、どこまでも重さがない。紙きれのような軽さでありながら、内部には深い虚無が横たわっている。そんな印象を抱いた。無だった。

そいつと目が合った。黄色い目が俺を凝視する。底冷えした寒さで身体が硬直した。冷や汗がどっと出るも、目を逸らすことはできない。
やがて、そいつは路上のカフェを指し示した。一緒に飲もうということだろうか。俺はそいつの後に続いてカフェに入った。

俺はホットコーヒーを、仮面の男は炭酸水を注文し路上に面したテラスに出た。月が出ている。白と黄色の中間のような色だ。適当な席に腰掛け、無言で飲み物を嚥下し続ける。スプーンでコーヒーを混ぜていると、コーヒーカップの水面に黄色い目が映り俺は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。仮面の男はというと仮面を取らずにストローを使って器用に飲んでいる。



その晩俺はゆめをみた。俺は味のしないわたあめを食べていた。あるいはそれは彼の心臓だったのかもしれない。俺は無を飲み込み続けた。

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