文章なんて読み飛ばされてもいいじゃない、減るもんじゃないし。
いきなり頭の中身をタイトルで吐き出したので、この後の文章は読み飛ばしていただいて構いません。。
1000日間、ほぼ毎日記事を書き続けてますが、この間ずっと僕の文章は冗長になりがちで、読み返したときには我ながら、ナゲーなって思ってしまいます。
書いてる時は気分上々なので、筆がよく乗るし、書きたいこともバンバン浮かんでくるし、使いたい言葉が閃いた日には、多少の脈絡がなくとも文章内に突っ込んだりしています。
その結果、一行で終わるところが二行になり、一段落で済むところが二段落に膨らんでいき、ナゲー文章が完成するのでした。
書いている方がこんな調子なので、読み手からすると、冗長、すなわち一文あたりの価値が薄い文章を読まされることになり、時間の無駄感が湧き出てくることでしょう。
よって、読者としては、文章をナナメにざっくりと読み飛ばすか、最初から読まないという選択肢を取ることになるものと思います。
しかし、です。
書きたいことをひたすら綴りたい書き手の立場と、面白いものだけをひたすら読みたい読み手の立場。その両方の立場を理解する僕からすれば、読み飛ばされたとしても、まだ読もうと思ってもらえるだけマシな文章なんだろうと考えます。
だいたい私たち(のほとんど)は、文章でメシを食べていけないわけで、そんな素人の書いたものに触れてもらえるだけでも奇跡的なことなのです。
なので、僕は読み飛ばされてなんぼと思って、日々文章を書いてます。何なら読み飛ばしてもらうこと前提に書いているつもりです。
濃厚にじっくり読むと言うよりは、さらさらと流し読みして、目に入った部分だけを丁寧に読むと、そんな読者のイメージを持っています。
もちろん、素人の文章を最後まできちんと読んでもらえるという奇跡はまれに起こるので、精読に耐えうる文章を残したいと思ってはおりますが・・。
まあいずれにせよ、書き手は書きたいことを楽しそうに書いたらいいですし、自己満足でも一向に構わないかと思います。
読み手としては、そもそも書き手の全てを受け止めるのはしんどいですし、バンバンと読み飛ばしてもよいのではないでしょうか。
つまり、文章読み飛ばしは、書き手にとっても読み手にとってもウィンウィンなことかと思うので、お互い気にせずいきましょう、というお話でございました。
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