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迷った時に戻る場所を作っておく

僕が住んでいるエンタメコンテンツの世界では、ある一定の規模のプロジェクトが進行していく時に、どこかのタイミングで必ず「これでいいのか?」と、立ち止まる瞬間が出てきます。

最初に計画を立ててその通りに進めていたはずが、いつの間にかうまく歯車が回らなくなっていたり、思っていたのと違う場所にたどり着いたりしてしまうような時です。

「これでいいのか」という疑問をそのままにして突き進んでもろくなことがありません。齟齬がどんどん大きくなるか、下手すれば破綻します。時間だけが浪費され、プロジェクトの成功は相当に危ういものとなります。


では、そういう時にどうするか。

経験則で言えば解決策はただ一つで、そもそもの事業の起点に立ち返ることだと考えています。

私たちはそもそも何をしたかったのか。何を売り出したかったのか。何が譲れないポイントだったのか。そうした企画の原点を改めて噛み締めて、現状と理想のギャップを確認し、具体的な打ち手を講じていく必要があるのです。

僕はこうした企画の原点を、迷った時に戻れる場所と定義しています。戻れる場所にこそ、企画の真髄があり、羅針盤が埋め込まれていると思うからです。


抽象的な話だけだとイメージしづらいと思うので、少しだけ具体例を出しますと・・・。

あるライブラリーコンテンツの活用プロジェクトを担当したときの話です。

新作コンテンツと異なり、ライブラリーコンテンツは今の時代とは異なる背景で作られたものなので、そのままの素材で再活用すると、ユーザーに受け入れてもらえないことがあります。

中身自体はいじれないので、外側のパッケージだったり、コンテンツの見せ方を変えてアピールをする必要があります。こうした作業をよく「切り口をかえる」と言ったりします。


この「切り口」という考え方が非常に大事です。

特に既存のコンテンツを扱う場合には、古い素材をなぜ今になってもう一度展開させるのか、しっかりコンセプトを固める必要があります。そこを曖昧にしておくと、必ず後から突っ込まれます。

コンテンツに内包する要素を抜き出し、加工することで今感を醸成させます。どのようなポジショニングするのか、どんなキーワードで括るのかなどを考えます。そういう作業を経て、今の時代に即した新しい切り口を発見するのです。


僕が担当したコンテンツは、既にクラシックスと呼ばれているような昭和の作品群で、これを21世紀に蘇らせるにあたって、なぜ今なのかという点を十分に考えました。

マスコミに取り上げてもらう必要もありますし、昭和を知らない人にも「おやっ」と思ってもらわなくてはならない。しかも作品の本質から離れるわけにもいなかい。制約が案外多いものなのです。

僕たちは様々な議論をしたり、文献にあたったりして、一つのキーワードを見つけ出しました。それが「艶麗」という言葉です。

「艶麗」すなわち「艶やかで麗しい」という言葉のイメージで既存のコンテンツを括り直します。イメージに沿った紹介文やパッケージを作り、それを「素敵」と思ってくれるような年齢の比較的高めの女性をターゲットに据えました。具体的には銀座の歌舞伎座前を歩いているような女性のイメージです。

切り口が明快であればあるほど、チーム全体の意思は統一され、向かう方向が大きく間違うことはありません。あとは、最初に計画したロードマップに従って進行させていくだけです。


ところが、どんなに順調に事業が進んでいても、途中で「何かが違う」という場面が現れます。今回の例で言えば、メインのビジュアルがとてもスタイリッシュでカッコいいものに仕上がったにも関わらず、「艶麗」というキーワードからは離れたようにも思えたのです。

ビジュアル案自体は今の時代でも響きそうなものという認識でした。しかし「艶麗」かと言われると、少々男性寄りに傾いているように思われます。些細なところだったので大変迷う場面でしたが、僕たちはこれを破棄することにしました。

今回の切り口である「艶麗」というキーワードに立ち戻って、そぐわないものは選べないという結論を出したのです。

一瞬、進行は滞りましたが、結局は前回を上回る納得のビジュアルが完成し、これがさらにプロジェクトを牽引してくれることになったのです。


一度立ち止まって起点に戻ることは、リリーススケジュールを大きく狂わせる可能性があるので、非常に選択しずらい行為です。けれど迷ったまま突き進むことの方が、事業の成功確率という点で余程リスキーだと考えます。

原点に立ち返る作業は、「迷ったらここへ戻ろう」という意思統一が最初からなされていれば、案外時間はかからないものです。


ここでのポイントは、最初にきちんと戻る場所を定めておくことだと思います。

迷った時に戻れる場所を作るのは労力のいることですが、ここは手を抜かず、粘りに粘って皆の腑に落ちる「切り口」を見つけ出しましょう。

何より最悪なのは「戻ると言ってもどこへ戻ったらいいのだ?」という悪夢のような迷走をすることです。

エンタメコンテンツビジネスにおける迷走は、僕の経験上、致命的です。それだけは何としても避けなくてはならないと強く断言して、本稿の結論とさせていただきます。

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