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謙虚さと強引さ

仕事を20数年やってきて、大事なものは「謙虚さ」と「強引さ」なのではないかと考えています。

相矛盾する要素ですが、この両方を兼ね備えないと、物事は進んでいかないんだと思っています。

謙虚さと強引さのどちらかが欠けてしまうと、大いにバランスを崩し、結果的に誰も幸せにならない事態に陥ってしまうものだと思うのです。


この話、掘り下げていきます。

まず「謙虚さ」とは何か考えてみます。

これについては、「謙虚ではない」ということを考えると、その輪郭が浮かび上がってきます。

それは・・・自分勝手である、自分に自信満々である、人を見下す、慇懃無礼である、カッコつけている。

そんなところでしょうか。

「謙虚ではない」人に共通することは、究極的に自分に自信がないのだと思っています。

自信があれば、バカにもなれるし、何を言われても気にしません。

全てをジョークで切り返してしまいます。

そういう心の余裕こそが「謙虚さ」を持つ絶対条件なんだと思います。


次に「強引さ」とは何か。

一つにはリーダシップを取って、自分が考え出した方針を徹底することです。

調整ごとが多くとも、そういうものをすっ飛ばして結論を導き出せるということです。

よく言われますが、会議が増えていくと、企画の角が取れていき、真ん丸になっていきます。

すると、何のフックもないコンテンツが出来上がり、それは結局顧客の支持をえらないということになります。

なので角が取れる前に、企画を成立させなくてはなりません。

そうするためには、最終調整を吹っ飛ばせるような「強引さ」が必要ということになるのです。


ここで論旨を整理すると・・

・謙虚であれば強引に進められない。
・強引だと謙虚に思われてしまう。

謙虚さと強引さには決定的な開き(矛盾)があるのです。


ではこれを並立できる人とはどういうことなのでしょうか。

僕はそこで、論理的に説明できない、その人の人間力があるのだと思います。

さらに掘り下げると、「人間力」とは何か、ということになります。

僕が今思っている仮説では、「人間力」とは「可愛げ」なのではないか、ということです。


可愛げがある人なら、多少強引であっても許されます。

可愛げがある人なら、謙虚すぎてバカにされることもありません。

可愛げのある人が、矛盾する強引さと謙虚さを兼ね備え、物事を良い結果へと導いていけるんだと考えています。


すみません。酔った勢いで、偉そうな論理を書いてしまいましたが、人間、可愛げが重要なんだということを、本稿では強く主張させてもらいたい、文章を終えたいと思います。



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