交響詩《英雄の生涯》クラオタ的曲解説 第4回 考察編 《英雄の生涯》が描きたかったこと
今回は交響詩《英雄の生涯》は一体何を描きたかったのか?について考察していきたいと思います。これまでの各回を振り返った後、考察に入る流れとなっています。各回を覚えている方は目次から考察に飛んで下さい。
結論
早速ですが、結論をまとめると下記になります。
・《英雄の生涯》は自己顕示の曲ではない
・《英雄の生涯》はパロディで”交響詩の時代”に別れを告げた曲
・《英雄の生涯》と《ドン・キホーテ》は2つで1つ。
《エロイカ》の英雄像をアップデートした。
これまでの各回を振り返りつつ、考察をしていきます。
これまでの《英雄の生涯》解説
第1回 予備知識編
第1回は《英雄の生涯》の作曲の背景・コンセプトについて触れました。
・ベートーヴェンの交響曲第3番《エロイカ》に代わる曲として構想された。
・一般的にR.シュトラウスの自画像・自叙伝だと解釈されている。
曲中の登場人物をそれぞれ次のように当てはめて考えられている。
『英雄』 =R.シュトラウス
『英雄の妻』=パウリーネ
『英雄の敵』=批評家
・しかし、R.シュトラウスは「自画像的な部分はごく一部に過ぎない」と言っている。
・《英雄の生涯》と《ドン・キホーテ》は2つで1つ。後でピックアップします。
第2回 楽曲分析編-前編-
第2回は《英雄の生涯》全体の構成と主題についてまとめました。
・《英雄の生涯》は拡大されたソナタ形式で全6部構成
・第5部, 第6部でそれぞれ長大な2つのコーダを成す
・『英雄の敵』の主題はワーグナーの《マイスタージンガー》のパロディとも考えられる
・『諦め』の主題は、死を目前にした『英雄』の”悟り”を表す
第3回 楽曲分析編-後編-
第3回は《英雄の生涯》第5部『英雄の業績』の引用部分に特化してまとめました。
・第5部でR.シュトラウス自作曲の交響詩・歌曲・オペラから多数引用が見られる
・《エロイカ》からの引用と思われる箇所あり
《英雄の生涯》と《ドン・キホーテ》
R.シュトラウスはこの2曲について「この2曲は全く対を成すもので、並べて初めて完璧に理解できる」という旨の発言(ニコイチ発言)をしています。
そこで、この2曲について比較をしてみます。
・ストーリー
《英雄の生涯》
・『英雄』の物語。『英雄』の死までの人生を描く。
・『英雄』は『英雄の敵』との闘いに打ち勝ち、自身の業績を振り返りつつ悟りの境地に達して没する。
《ドン・キホーテ》
・騎士道物語の読み過ぎで自分を遍歴の騎士だと思い込んだドン・キホーテの冒険物語。
・曲中ではドン・キホーテが自分を遍歴の騎士だと思い込み旅に出るところから、道中様々なトラブルを引き起こしながら最終的に故郷に戻って死ぬまでを描く。
・ドン・キホーテは結局冒険を諦め寂しく故郷の村に帰り、自身の人生を回想し没する。
・形式
《英雄の生涯》
ソナタ形式。2つの長大なコーダ付き。
《ドン・キホーテ》
変奏曲。
考察
《英雄の生涯》は自己顕示の曲ではない
僕はR.シュトラウスは《英雄の生涯》で”英雄的な自分”を描きたかったわけではないと考えています。R.シュトラウスは作曲家としての自分を職人・仕事人と捉えており、ベートーヴェンやマーラーのように絶望に対して格闘するようなタイプの作曲家ではありませんでした。自分の作品に対しても極めて客観的な評価を下していたようです。そんな彼が”自己顕示”のために、この曲を書いたのは考えにくいでしょう。
確かに、『英雄』・『英雄の敵』・『英雄の伴侶』はそれぞれ、R.シュトラウス・批評家・妻パウリーネに似通った性格を持っていますし、第5部『英雄の業績』でR.シュトラウスが自作曲を多数引用したことも、《英雄の生涯》=R.シュトラウスの自画像・自叙伝説を後押ししている事実ですが、それはR.シュトラウスが本当に描きたかったことではないです。あくまで、結果的にはそうなった表面的な事実に過ぎません。登場人物達がR.シュトラウスや周りの人たちに似ているのは、パロディ化の意図があったためだと思われます。
《英雄の生涯》はパロディで”交響詩の時代”に別れを告げた曲
これまでの解説で書いてきた通り、《英雄の生涯》は全体を通してパロディとしての性格が強いです。
・第2の《エロイカ》として意識して書かれている
・『英雄の敵』の主題はコンセプト的・音楽技法的にパロディ要素を持つ
・第5部の自作曲引用自体がパロディ
などなど…
《英雄の生涯》はR.シュトラウスの”交響詩の時代”最後の交響詩に当たる曲です。R.シュトラウスはこれが最後の交響詩だと意識して作曲していたでしょうし、最後の曲だからこそ、《英雄の生涯》に自分や周りの人たち・自作曲をパロディ化して登場させて、”交響詩の時代”に別れを告げたのではないでしょうか。皮肉屋でユーモアのあるR.シュトラウスの性格を考えると十分考えられると思います。『英雄』と『英雄の伴侶』もR.シュトラウスと妻パウリーネをモデルとしてパロディ化したものと考えると納得できます。
要は、
登場人物がR.シュトラウスや周りの人たちに似ているのも、
第5部『英雄の業績』で自作曲が引用されているのも、
”交響詩の時代”に別れを告げる曲である《英雄の生涯》を
パロディを使ってまとめ上げる意図があったから
ということです。
だから、《英雄の生涯》はR.シュトラウスの自己顕示の曲という解釈は正しくありません。
《英雄の生涯》と《ドン・キホーテ》は2つで1つ。
《エロイカ》の英雄像をアップデートした。
僕は第1回で《英雄の生涯》はR.シュトラウス自身の英雄像(ヒロイズム)を描こうとしたのではないかと書きました。これについては、R.シュトラウスの《英雄の生涯》・《ドン・キホーテ》のニコイチ発言から考察します。
《英雄の生涯》と《ドン・キホーテ》の共通点と異なる点を挙げてみます。
・共通点
2曲とも”英雄的性格”の主人公が冒険・旅をする物語
・異なる点
《英雄の生涯》の主人公『英雄』は『敵』に打ち勝ち、最終的に悟りの境地に達して息絶える。
《ドン・キホーテ》の主人公『ドン・キホーテ』は冒険で何も成果を得られず故郷の村に帰り、息絶える。
これを主人公の成長という観点で見ると、《ドン・キホーテ》では主人公は何の成長もしていないのに対し、《英雄の生涯》では困難の中で成長し、敵に打ち勝ち、悟りの境地へ達しています。これは曲の形式からも読み取ることができます。
《ドン・キホーテ》は変奏曲
変奏曲はある主題(テーマ)を形を変えながら繰り返す形式です。主人公『ドン・キホーテ』が何度も同じことを繰り返して、結局成長できていないし、成果も得られていないというストーリーが曲の形式からも読み取れます。
《英雄の生涯》はソナタ形式(2つのコーダ付き)
ソナタ形式は物語に起承転結の流れをもたせることができ、主人公が成長しながら敵に打ち勝つまでのストーリーも描きやすい形式です。《英雄の生涯》では敵に打ち勝った再現部の先に更に2つのコーダがあることで、ベートーヴェン以来の”悲劇から歓喜へ”・”絶望から勝利へ”的なストーリーの先へ脱却しようとする意志も見られます。
この成長しない英雄と成長する英雄は次のことを示唆しているのではないかと考えます。
《ドン・キホーテ》=18世紀来の従来的な英雄像。《エロイカ》。
《英雄の生涯》=19世紀最新の英雄像。《エロイカ》からの脱却。
つまり、
《ドン・キホーテ》は18世紀ベートーヴェンの《エロイカ》以来の英雄像を表し、《英雄の生涯》ではそこから脱却し、19世紀当時最新の英雄像に
アップデートしようとする意図があった。
と考えられないでしょうか。このように解釈すれば、R.シュトラウスのニコイチ発言も納得できます。19世紀の市民社会においては、《エロイカ》のモデルとなった18世紀のナポレオンのような英雄像は時代にそぐわないと考えたのかもしれません。
19世紀の市民社会における『英雄』とは
社会的基準で見た、所謂『成功者』のこと
を指しているのではないでしょうか。
まとめ
以上が、今回の考察になります。
・《英雄の生涯》はR.シュトラウスの自己顕示のための曲ではない
・《英雄の生涯》はパロディを使ってまとめ上げられた、”交響詩の時代”への別れの曲
・《英雄の生涯》と《ドン・キホーテ》は2つで1つで、英雄像のアップデートを狙っていた。
《英雄の生涯》は音楽技法的にもコンセプト的にも非常に考察しがいのある作品でした。
『英雄』の死と作品の完成を意味する第6部の標題『英雄の引退と完成 Des Helden Weltflucht und Vollendung der Wissenschaft』の”Vollendung der Wissenschaft”は直訳で”科学の完成”と訳せますが、科学=作品としているところも職人R.シュトラウスらしくて好きでした。
これにて
交響詩《英雄の生涯》クラオタ的曲解説、完成!!
としたいと思います。
皆さんの《英雄の生涯》の理解は完成できたでしょうか?
読んで下さって、ありがとうございました!
他の曲も解説していく予定なので、是非また読んで下さい。
それでは!!
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次回は
バルトーク作曲《管弦楽のための協奏曲》(オケコン)
の曲解説を予定しています。
参考書籍
作曲家別名曲解説ライブラリー⑨ R.シュトラウス/出版: 音楽之友社
作曲家◎人と作品 リヒャルト・シュトラウス/著: 岡田暁生, 出版: 音楽之友社
リヒャルト・シュトラウスの「実像」-書簡、証言でつづる作曲家の素顔/出版: 音楽之友社
音楽之友社版スコア OGT230
オイレンブルク(全音楽譜出版社)版スコア
R.シュトラウスの交響詩《英雄の生涯》op.40における異時同図技法/ 著: 古瀬徳雄 Journal of Kansai University of Social Welfare NO.6, 2003 pp.1-21
※次はすべてIMSLPより
《英雄の生涯》ドーヴァー版スコア
《ドン・ファン》ドーヴァー版スコア
《マクベス》ペータース版スコア
《死と浄化》ドーヴァー版
《ティル》ドーヴァー版
《ツァラ》オイレンブルク版
《ドン・キホーテ》ドーヴァー版
《黄昏の中の夢》ブージー&ホークス版
《解き放たれて》ブージー&ホークス版
《グントラム》第1幕, 第2幕, 第3幕 Adolph Fürstner版
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