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クラオタ的曲解説 バルトーク《管弦楽のための協奏曲》 第4回 楽曲分析編3 -第4楽章-

こんにちは。
クラオタ的曲解説第4回やっていきます!

今回は

第4楽章

を見ていきます!

え?前回1楽章で次はいきなり4楽章飛ぶの?

と思われた方、ご安心下さい。他の楽章もちゃんとやる予定です。
でも、《オケコン》は第1楽章と第4楽章こそがおもしろポイント満載なんです!!なので、おもしろポイント優先で解説していきます。

今回の見どころ
第4楽章は中断部分がポイント!ショスタコーヴィチとの高度な皮肉の応酬がおもしろすぎる!

本日の目次はこちら(タップorクリックで飛べます)

1. 第4楽章《INTERMEZZO INTERROTTO》
 (中断された間奏曲)

1-1. 構成

4楽章の構成を確認します。基本的に3部形式の構成になっています。

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1-2. 中断部

この中断部が4楽章の中核かつ一番おもしろポイント満載部分なので詳しく見ていきます。

【必読!】引用でショスタコを煽りまくるバルトーク

4楽章の中断部は色々な曲から引用されていると考えられます。

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引用元の曲は諸説ありますが、ハモンドオルガンちゃんは次に上げる曲はすべてバルトークが意識していたはずだと考えています。1楽章冒頭部分だけでもあれだけ多くの意味を含ませていたバルトークが、4楽章の中断部にこの中のどれか一つだけ意識してピックアップした、というのは非常に考えにくいでしょう。

第4楽章中断部の引用元
・ショスタコーヴィチ 交響曲第7番《レニングラード》第1楽章展開部『戦争の主題』
・レハール オペレッタ《メリー・ウィドウ》より『マキシムへ行こう』
・R.シュトラウス 交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》

ショスタコーヴィチ 交響曲第7番《レニングラード》第1楽章展開部『戦争の主題』
レハール オペレッタ《メリー・ウィドウ》

この中断部はレハールのオペレッタ《メリー・ウィドウ》より『マキシムの歌』が引用されているとする説もありますが、バルトークが直接意識して引用したのはこのショス7《レニングラード》第1楽章『戦争の主題』と思われます。

ショス7《レニングラード》第1楽章『戦争の主題』

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メリー・ウィドウ》より『マキシムへ行こう』

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《オケコン》では『戦争の主題』をパロディ的に使用していて、これについてハンガリー出身の指揮者で、バルトークからピアノを学んだアンタル・ドラティがバルトークにヒアリングしたところ、

「(オケコン作曲当時、)あまりにも頻繁に演奏されたショスタコーヴィチの交響曲第7番の主題を揶揄するものだ」

と答えたそうです。バルトークが《オケコン》で《レニングラード》の主題を引用した理由は諸説あります。まずは簡単に《レニングラード》がどんな曲か見てみます。

ショスタコーヴィチ 交響曲第7番《レニングラード》
・第2次世界大戦の中、ナチス・ドイツに包囲されたレニングラード(現 サンクトペテルブルク)市内で作曲された曲でファシズムや(実は)ソ連の全体主義との戦いが描かれている
・第1楽章の『戦争の主題』はレハールのオペレッタ《メリー・ウィドウ》の『マキシムに行こう』と歌われる部分から引用されている
・レハールはナチスのヒトラーお気に入りの作曲家で、《メリー・ウィドウ》はヒトラーお気に入りの曲だった
・この曲はファジズムと戦う曲として、ソ連政府にプロパガンダ(政府の宣伝)に使用された側面がある

《レニングラード》もなかなかセンセーショナルな話題性のある曲ですね。これだけで解説が書けそう。《オケコン》で《レニングラード》から引用されている部分は元々ショスタコーヴィチが《メリー・ウィドウ》から引用したもので、引用されたものをバルトークが更に引用している形になっています。

バルトークが《レニングラード》の主題を《オケコン》にパロディとして引用した理由は次のように考えられます。

●《レニングラード》がパロディとして引用された理由
①単純にナチスやファシズムを批判し、反戦を訴えるため
②ファシズムへの勝利を表す曲という名目で当時あまりにも世界各地で演奏されていたことへの皮肉とソ連のプロパガンダ(宣伝)への嫌気を表すため
③国家のプロパガンダに利用されるような曲を作ったショスタコーヴィチを批判するため

ハモンドオルガンちゃんはこれらの理由3つともすべてバルトークが《レニングラード》を《オケコン》に引用した理由だと考えています。ここまでで皆さんお分かりの通り、バルトークは一つの部分に多重的な意味を持たせる天才です。バルトークは戦争が嫌いでしたし、祖国をナチスに奪われてアメリカに亡命しています。研究家気質のバルトークは当然《レニングラード》にショスタコーヴィチがヒトラーお気に入りの《メリー・ウィドウ》を引用していることにも気づいていたはず。それを踏まえても、国家のプロパガンダ(宣伝)にただ利用されているショスタコーヴィチに我慢ならないものがあったのでしょう。バルトークはショスタコーヴィチについて

「国家の奴隷にまでなって作曲するものは、バカだ」

というコメントを残しています。
ちなみに、バルトークはこの中断部で《レニングラード》のパロディのあとにトロンボーンに嘲笑を表す下品な(!)グリッサンドをさせていて、これが更にショスタコーヴィチを煽っています。
言葉にするなら

うぇーいwww
ブーブー⤵⤵

という感じでしょうか。

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めっちゃ喧嘩売っとる。

さて、ここから面白いことが起こります。
ちょっとオケコンから脱線しますがおもしろいので見てみましょう。

【必読!】逆襲のショスタコーヴィチ

「国家の奴隷になるような作曲家は、バカ」というバルトークのコメントにカチンと来たショスタコーヴィチは仕返しとして、自身の交響曲第13番《バビ・ヤール》にバルトークの曲《2台のピアノと打楽器のためのソナタ》を引用します。

これがおもしろい…!!

まずはショスタコーヴィチ交響曲第13番《バビ・ヤール》がどんな曲か簡単に見ていきます。

●ショスタコーヴィチ 交響曲第13番《バビ・ヤール》
・ある詩を基にしたバス独唱とバス合唱付きの5楽章構成の交響曲
・《バビ・ヤール》は世界的な反ユダヤ主義・ユダヤ人迫害の糾弾と(実は)ソ連における生活の不自由さや偽善性を告発した曲
・ソ連批判と受け取れる部分は第2楽章で、ここにバルトークの
《2台のピアノと打楽器のためのソナタ》が引用されている
・第2楽章は『ユーモア』というタイトルで「この世のどんな権力者、支配者もユーモアを手なずけることはできなかった」という内容

どうですか?おもしろすぎませんか?

●逆襲のショス おもしろポイント
・自分の曲から不本意な引用のされ方をしたことに対する引用返し
・「国家の奴隷になるような作曲家は、バカ」というバルトークの批判への反論
・引用返し, 批判への反論をしている楽章のタイトルが『ユーモア』で「この世のどんな権力者にもユーモアは手なずけることができない」というウィットに富んだ皮肉!

バルトーク顔負けの多重的な意味の込め方ですね。しかもめちゃくちゃ皮肉の効いたブラック・ジョークで反論している…

バルトークもショスタコもブラック・ジョークの天才すぎて
わけがわからない…

となっている読者の皆さんの顔が浮かぶようです。わけがわからない方、ぜひ【必読!】マークの部分を何回か読み返して下さい。

インターネットがなく、ラジオくらいしか世界の情勢を知る術がなかった時代、2人の作曲家が国境を超えて曲を通してブラック・ジョークを言い合っていることを考えると、なんというか…

オシャレ

ハモンドオルガンちゃん的興奮ポイント満載です。
たまらないですね。

さて、皆さんバルトークとショスタコーヴィチのブラック・ジョークの応酬まで見たところで本編の《オケコン》解説に戻ります。実は引用についてもう一つ解説することがあります。

R.シュトラウス 交響詩《ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら》からの引用

バルトークは実は若い頃、R.シュトラウスに非常に大きな影響を受けていました。

その影響が高じて
・R.シュトラウス 交響詩《英雄の生涯》をピアノ用に編曲する
・初めて作曲した交響曲はEs dur(E♭ Major, 変ホ長調)=《英雄の生涯》と同じ調性
・R.シュトラウス 交響詩《英雄の生涯》・《ツァラトゥストラはかく語りき》の2曲に影響を受けて交響詩《コシュート》を作曲する

などなど…
その影響の大きさが伺えます。
R.シュトラウス 交響詩《英雄の生涯》は前回シリーズ化して解説したので、まだ読んでない方はそちらもぜひ読んでみて下さい。


バルトークがR.シュトラウスの多大な影響を受けていたことを考えると《ティル》も偶然でなく意識して引用したと考える方が自然かなと思います。

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ここはティルがイタズラの限りを尽くして人々から逃げ去るシーン。

おそらく、中断部でバルトークが一番やりたかったことはやっぱり《レニングラード》のパロディでショスタコーヴィチを揶揄することです。そこにいたずらをする奇人ティルの要素を加えることでこの中断部により嘲笑というスパイスを効かせているのだと、ハモンドオルガンちゃんは推察します。《ティル》の引用部分が下降音形になっていることも偶然ではなく意識してのことでしょう。

ここでもバルトークおなじみの多重的に意味を持たせる手法
が活きています。
バルトーク、ホントに"お好き"。

いかがだったでしょうか?
4楽章の中断部の面白さは伝わったでしょうか。
この楽章もしっかりと多重に意味を含めるバルトークの特徴が見て取れました。

さて、まだまだ解説は続きます。
1楽章と同様に調性・オクタトニックスケール・黄金分割の検証をしていきます。

1-3. 調性と機能

今回も4楽章の2つの主題から調性と機能を読み解きます。

主題①: E調

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主題①は4楽章冒頭部分から登場するので、冒頭部分の譜例で解説します。
主題①のメロディは基本的に序奏部分の4つの音(E F# A# B)だけで構成されています。調性としては、中心音はEですが長調・短調は判断できません。ですので、E調という判断になります。第3回でも書いた通り、長調・短調は3度の音が決め手となります。今回はE調なので、G#が登場すればE dur(E Major,ホ長調)、Gが登場すればE moll(E minor, ホ短調)説が浮上します。下の譜例を見るとと確かにVlaにG#が登場して長調説濃厚か!?と思いきや、 強弱はp(ピアノ)で奏法はpizz.(ピチカート)ですし、その直後に2ndVnにGが登場するので短調説も浮上します。結果的に長調・短調はどちらにも決められずふわふわとした感じになります。

バルトークの「長調・短調に縛られないぞ」という強い意志を感じる。

流れとしては、フレーズの終わりでドミナントのBになり一応E(トニック)→B(ドミナント)→E(トニック)の和声の流れにはなっています。

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ちなみに、
あえて掘り下げるなら、この冒頭部分は長調・短調の判断はできないものの、若干長調寄りと考えられます。
譜例を見るとObのメロディにA#が登場します。これによって若干Eリディアンモードっぽさがあると考えることができます。リディアンモードは教会旋法(チャーチ・モード)の中の長調っぽい雰囲気を持つ旋法です。主題①では中心音がEに対して第4音Aが半音上がってA#となっています。これはリディアンモードの特徴ですので、冒頭の主題①は長調寄りと考えることができます。(=第4音A#が特性音)

主題②: C moll(C minor, ハ短調)

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この主題②のメロディもある曲から引用されたものと考えられています。

●主題②のメロディーの引用元
ハンガリーの作曲家 エグモンド・ヴィンツェ
オペレッタ《ハンブルクの花嫁》のアリア『美しく、素晴らしいハンガリー』のメロディーから引用

オペレッタ《ハンブルクの花嫁》のアリア『美しく、素晴らしいハンガリー』

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確かに2つのメロディーラインはよく似ていますね。
ヴィンツェのメロディを見ると調性はC moll(C minor, ハ短調)であることが分かります。次に《オケコン》4楽章の主題②を見ると、こちらもC mollです。この主題②の部分は引用元がC mollであることを考慮してか、他の部分と比べると3度積み上げの従来的な和音で書かれていますし、きれいなドミナント・モーション(譜例の赤い矢印部分)もあることが分かります。ただのC mollで終わらせないところがさすがバルトーク!!という感じです。和音を一つ一つ見ていくと一部テンションを使っています。ここの和声進行はおもしろいので、譜例で分析してみました。

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ハープがエモい

ハープがエモすぎるので、ベタ打ち音源を貼ります。和音の流れだけ聴いて頂ければ。Vla小さめ、Hrpを大きめの音量に設定しました。

主題部分の和声を詳細に分析する解説はあまり見ないと思いますが、クラオタのハモンドオルガンちゃん的には和声もかなり興奮ポイントなので今後も書いていきます。

中心軸システムで全体を見ると?

第1楽章で見たように4楽章全体で見た場合に各部分が中心軸システムでどんな機能になっているかも書いておきます。

五度圏を確認すると、

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4楽章の各部分の調性を整理すると、

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中心軸システムの考え方で各調性の機能を整理すると、

E調・・・トニック
Es dur, C moll, C調・・・サブドミナント

となります。トニックとサブドミナントが入れ替わっていく感じで、ドミナントは登場しないですね。

1-4. 8音階(オクタトニックスケール)はどこ?

前回も書いたとおり、《オケコン》では8音階(オクタトニックスケール)曲中を貫く統一要素として使われています。オクタトニックスケールを全楽章で使うことで曲全体に統一感を持たせる狙いがあるのではないかと言われています。

オクタトニックスケールについてのざっくり解説はこちら↓

4楽章では主題②に使われています。主題②の譜例を見てみましょう。

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全音・半音が交互に並ぶオクタトニックスケールの特徴が確認できますね。1楽章でもそうでしたが、経過音の導入にオクタトニックスケールが使われている感じがあります。曲に統一感を与えるためにひっそりと忍ばせている隠し味、といったイメージでしょうか。

1-5. 黄金分割を検証!

さて、今回も黄金分割の検証をしていきます。
バルトークは楽曲を分割するのに黄金比を使ったとする説の検証ですね。
分割方法はポジティブ分割とネガティブ分割の2パターンがあります。
(ポジティブ分割とネガティブ分割については前回の記事を読んでみて下さい。)

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4楽章も一応分割してみましたが、やはり、うーん微妙…という結果になっています。4つの分割点ともどれも何かのフレーズの始めに近くはあるのですが、もはや近似で補正しないと計算値で算出される場所はすべて微妙な場所にあるので、今回は譜面を載せるのは割愛します。

まとめ

第4楽章まとめ
・中断部が一番のおもしろポイント!バルトークのショスタコーヴィチへの煽りと逆襲のショス!!
・主題①は長調・短調に縛られないというバルトークの強い意志を感じる
・主題②はあるハンガリー作曲家の曲からの引用
・黄金分割は相変わらず微妙な検証結果

いや〜4楽章おもしろかった。。。
バルトークもそうですが、ショスタコーヴィチもおもしろそうな作曲家ですね。いつか記事を出すかもしれません。
主題①・②については中心軸システムの考え方は使わずとも従来の和声の考え方で分析できました。主題部分の和声を詳しく分析している解説なんてかなりマニアックですが(笑)これを機会に見てみて下さい。
特に主題②の和声や和音の連結方法は結構面白かったです。ハープはやっぱりエモいですね。

今回の参考図書

やっぱり一番の参考図書はスコアですね〜。
ハモンドオルガンちゃんは読書するようにスコアを毎日読んでいますが、すごく色んな景色が見えて楽しい。




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