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交響詩《英雄の生涯》クラオタ的曲解説 第2回 楽曲分析編ー前編ー

こんにちは!《英雄の生涯》クラオタ的曲解説第2回きました!
今回は楽曲分析編-前編-ということでやっていきたいと思います!
スコアを見ながらの方が理解しやすいと思うので、スコアをお手元にご準備ください。おすすめのスコアは第1回 予備知識編に書いてます。

2-1. はじめに

皆さんはこの《英雄の生涯》を初めて聴いた時、どんな感想をお持ちになったでしょうか。

「凄っ!かっこよ!…けど複雑すぎてよく分からんかったからもう一回聴こ!え?自作曲の引用?されてた?ソナタ形式…だった…??」

というのが僕の初めての《英雄の生涯》でした。めちゃくちゃ頭悪そう…(笑)
ソナタ形式はともかく、第5部『英雄の業績』に出てくるRシュトラウス自作曲の引用曲と場所を聴いただけで全部分かった人います?いたら挙手!

皆さん、嘘はいけませんね。

冗談はさておき、曲を演奏するにしても、聴くにしても曲の構成・構造を理解しておくことは非常に大事です。複雑な曲ほど、構成・構造を整理しておきたいですね。第2回 楽曲分析編ー前編ーでは、《英雄の生涯》の構成と登場する主題・モチーフをまとめて整理していきます!
楽曲分析編は長くなってしまったので、第5部『英雄の業績』のR.シュトラウス自作曲の引用についての解説は第3回 楽曲分析編ー後編ーに回したいと思います。

2-2. 形式と構成

《英雄の生涯》はかなり自由に拡大されていますが、ソナタ形式の体を成しているとみなすことができます。《英雄の生涯》は単楽章の曲ですが、構成としては全6部に分けて考えることができ、各部がソナタ形式における役割を持っています。一般的に、各部は次のように標題を付けて理解されていますが、元々R,シュトラウスは標題をつけていませんでした。友人から「聴衆が理解しやすいように標題を付けるべき」と助言を受けて初演前に一度標題を付けました。しかし、楽譜出版前に結局標題を削除してしまっています。ちなみに標題をつける助言をした友人はまたしてもフリードリヒ・レッシュなる人物。一体何者??


第1部 『英雄 Der Held』  
第2部 『英雄の敵 Der Helden WIedersacher』
第3部 『英雄の伴侶 Der Helden Gefährtin』
第4部 『英雄の戦場 Der Helden Walstatt』
第5部 『英雄の業績 Der Helden Friedenswerke』
第6部 『英雄の引退と完成 Des Helden Weltflucht und Vollendung der Wissenschaft 』

《英雄の生涯》はざっくりこんなストーリーです。
第1部『英雄』登場。
第2部『英雄の敵』登場。『英雄』に激しい非難・嘲笑を浴びせる。
『英雄』は落胆し意気消沈する。
第3部『英雄の伴侶』登場。
第4部『英雄』と『英雄の敵』の本格的な戦いに突入!『英雄』は『英雄の伴侶』と協力して『英雄の敵』に勝利を収める。
第5部『英雄』の回想シーン。
第6部『英雄』はまどろみながら生涯を終える(英雄の死・作品の完成)。

うーん、波瀾万丈。ソナタ形式に合いそうな匂いがプンプンしますね。

それでは、各部が曲全体でどこに位置するか、ソナタ形式ではどの部分に該当するのか見ていきましょう。スコアに書き込んでいくと構成が分かりやすくなって良いです。各部の切れ目は解説書や音源でも微妙に違っていて、統一されていないのでみなさんが思っている切れ目と違うかもしれません。第5部の頭をどこと考えるか?で分かれるようです。

第1部『英雄 Der Held』
小節番号1~117 (冒頭~練習番号13の8小節目)
ソナタ形式における第1主題部
第2部 『英雄の敵 Der Helden WIedersacher』
小節番号118~191 (練習番号14の6小節前~練習番号22の2小節目)
ソナタ形式における移行部&スケルツォ楽章
第3部 『英雄の伴侶 Der Helden Gefährtin』
小節番号192~353 (練習番号22の3小節目~練習番号41の1小節前)
ソナタ形式における第2主題部&緩徐楽章
第4部 『英雄の戦場 Der Helden Walstatt』
小節番号354~698 (練習番号41の1小節目~練習番号84の7小節目)
ソナタ形式における展開部&再現部(第1主題・第2主題の再現)
第5部 『英雄の業績 Der Helden Friedenswerke』
小節番号659~780 (練習番号80~練習番号94の8小節前)
もしくは小節番号699~780 (練習番号85の6小節前~練習番号94の8小節前)
で小節番号659~699までは第4部後半と考える。
この解説では小節番号659~(練習番号80~)を採用します。
ソナタ形式における再現部と第1コーダ
第6部 『英雄の引退と完成 Des Helden Weltflucht und Vollendung der Wissenschaft 』
小節番号781~927 (練習番号94の7小節前~最後)
ソナタ形式における第2コーダ

各部毎に整理をしてみると、結構しっかりソナタ形式になっていることが分かります。そして第5部・第6部という2つのコーダが付いている。この2つのコーダは《英雄の生涯》の構成上の大きな特徴です。ベートーヴェン以来の”悲劇から歓喜へ”・"絶望から勝利へ"的な交響曲のストーリーであれば、第4部の再現部で『英雄』は『敵』に勝利して大団円、となるはずですがこの曲はそうではありません。勝利の後、『英雄』のその後を描きます。第5部で人生を回想し、第6部で"諦めの境地"に達し『英雄』は静かに生涯を終える、までを描いて作品は完成するのです。R.シュトラウスが勝利の後に2つもコーダをつけて、一体何を描きたかったのか?ここらへんも下の方で考察していきたいと思います。

2-3. 曲中に登場する主題・モチーフ

曲の構成が掴めたら、次は曲中に登場する主題・モチーフを見ていきましょう。この《英雄の生涯》には、登場する主題・モチーフがとても多いです。

いや、ホントにめっちゃ多い

しかもそれらが場面ごとに調性を変えたり、形を変えたり(拡大・縮小)するので、曲中はキャラ渋滞状態です!これに加えて第5部『英雄の業績』ではRシュトラウスの自作曲から様々な主題・モチーフが引用されるので、更にキャラ渋滞は加速します。こうしたたくさんの主題・モチーフが出てくるのはライトモチーフ(Leitmotiv, 示導動機)という手法が用いられているからですね。

ライトモチーフ(Leitmotiv, 示導動機)
ある人物, 行為, 感情等を象徴する楽句(フレーズ)で、これを使用し楽曲の統一をはかり、標題楽的及び劇的意義を表現する。ライトモチーフはワーグナーの楽劇で確立され、発展を遂げた。

《英雄の生涯》の登場人物は『英雄』、『英雄の敵』、『英雄の伴侶』です。これらの登場人物やその人物の場面ごとの感情を表現するために主題・動機がとても多くなっています。

ちなみに「愛の主題」がめちゃくちゃ多い(余談)

ではまず、『英雄』・『英雄の敵』・『英雄の伴侶』を表す基本的な主題から見ていきます。

1. 『英雄』の主題
この曲における主要主題(第1主題)。冒頭から16小節目までEsdurで歌い上げて、『英雄』=Esdurあることが印象付けられています。冒頭の『英雄』は基本的にEsdurですが、途中11小節目(練習番号1の2小節前)からの2小節間一瞬Edur(ホ長調, E Major)に一時転調します。指揮者のサヴァリッシュ曰く「EdurはRシュトラウスにとって"愛・恋愛の調性"である」ので、僕としてはRシュトラウスが気高いだけじゃなく愛のある『英雄』の性格をチラッと見せている気がします。少し和声的な話をすると、岡田暁生氏著 リヒャルト・シュトラウス(音楽之友社)の中で、R.シュトラウスの和声法の特徴に調の半音スライドがあることについて書かれています。この部分でもまさにEsdur→Edur→Esdurになっていて、その特徴の片鱗を見ることができます。冒頭については、作曲家別名曲解説ライブラリー9 R.シュトラウスに僕とは違う視点の解説が載っているので、参考に読んでみて下さい。


小節番号1(冒頭)
Hr. Vc. Cb

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2. 『英雄の敵』の主題
『英雄の敵』の主題は、カリカチュア化(戯画化)したり『英雄』の主題をパロディ化した主題の寄せ集めです。『英雄』に対する批判・嘲笑・無理解を表現していて、いずれも無調的に書かれています。特に『英雄の敵』-a, bは『英雄の敵』の登場場面で何度も使われます。僕はここでR.シュトラウスが批判・無理解を無調・連続5度を使って効果的に演出していることにシビれました。個人的に『敵』の『英雄』へのマイナスな感情を演出するのにピッタリの手法だと思っていて、興奮ポイントです。時代はロマン派の後期も後期、"調性からの解放"には関心が高まっていましたから、R.シュトラウスもこの実験的な手法を積極的に自作曲に取り入れています。R.シュトラウスの無調的な技法は後のシェーンベルクの無調(12音技法)の先駆的な部分も見て取れます。R.シュトラウスはシェーンベルクとも親交がありましたし、実際シェーンベルクが書いた曲のスコアをR.シュトラウスに送り意見を求めたりしていてお互い少なからず影響は受けていたようです。

小節番号118(練習番号14の6小節前)
『英雄の敵』-a
『英雄』への批判を表す。
Fl.

『英雄の敵』の主題-a


『英雄の敵』-b
『英雄』への無理解を表す。“空虚5度”を使うことで無理解が表現されています。しかも連続5度を使うことで、更に効果的に表現されています。ちなみに、連続5度は和声学では厳密には禁則とされますが、これを無理解の表現に使ってしまおうというRシュトラウスの発想に脱帽です。


空虚5度
三和音の3度の音を省いた完全5度のみの和音。長調・短調いずれの性格を持たず、空虚な印象を与える。ベートーヴェンが交響曲第6番や交響曲第9番の冒頭で使用したことで有名。


Tenor Tuba, Bass Tuba

『英雄の敵』の主題-b


『英雄の敵』-c
『英雄』を嘲笑する主題。
Ob

『英雄の敵』の主題-c

『英雄の敵』-d
英雄』をカリカチュア化(戯画化)している主題。
Ob

『英雄の敵』の主題-d

これ以外にもイングリッシュ・ホルンによる『英雄』の主題のパロディ(小節番号129, 練習番号15)なんかもありますね。ここはFgの方が聴こえるので、気づきにくいですが(笑)

この『英雄の敵』の主題について別の見方として、R.シュトラウスが"批評家たちをカリカチュア的(戯画的)に描いている"という解釈もあるようです。ワーグナーが《マイスタージンガー》の中で彼に批判的だった批評家エドゥアルト・ハンススリックを笑いものにする目的でベックメッサーという役を作ったことのパロディと考えられるからです。確かにRシュトラウスはワーグナーのことを尊敬していたので、この解釈もできそうです。この解釈だと、『英雄の敵』の主題は内容的にも音楽技法的にもパロディ要素が強い表現ととらえることできて、とても面白い解釈だと思います。

3. 『英雄の伴侶』の主題 
この曲における第2主題。『英雄』への愛の主題。

小節番号192(練習番号22の3小節前)
Solo Vn.

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各登場人物を表す基本的な主題は以上です。ここらへんは比較的分かりやすいですね。

次は、各場面を特徴づける主題を見ていきます。ちょっと何を表現しているのかイメージしにくい主題が多いかもしれませんが、できるだけイメージしやすい表現を採用しています。こちらは色々な解釈ができるので解説書でも書かれていることがバラバラです。是非自分のイメージに合う解釈を考えてみて下さい!!楽しいですよ!

4. 陽気で自信に満ちた愛の主題
第二の『英雄』の性格を表す主題。愛の主題。

小節番号24 (練習番号2)
Vn.

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5. 傲慢な主題
第三の『英雄』の性格を表す主題。『英雄』の傲慢さを表す。

小節番号21(練習番号2の4小節目 3拍目)
E.H. Hr. Vla.

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6. 勝利のモチーフ
『英雄』の勝利を表すモチーフ。『英雄』の勝利を象徴する場面で使われます。作曲家別名曲解説ライブラリー9 R.シュトラウスでは“英雄の行動力を描く”と解説されていて、個人的には「行動力??ちょっと意味がわからない。」となりました。今回はオイレンブルク版の解説の表現を採用します。

小節番号27アウフタクト(練習番号3の2小節前アウフタクト)
Ob. Cl.

勝利のモチーフ

7. 男性的な主題・男たちの主題
音楽学者リヒャルト・シュペヒト氏はこの主題を男性的な主題・男たちの主題と呼んでいます。個人的にイメージをしにくいのですが、戦場で雄叫びを上げる『英雄』とその仲間たち、という感じでしょうか。

小節番号288アウフタクト(練習番号32のアウフタクト)
Ob. Cl. Fg. Solo Vn. Vc.

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8.愛の牧歌の主題
この主題はGesdur(G♭Major, 変ト長調)で書かれています。実はこのGesdur(=Fisdur)はR.シュトラウスがとても頻繁に用いる調性で、指揮者のサヴァリッシュ曰く「このFisdur(=Gesdur)はこの世のものとは思えない美しさ, 夢想, 願い, うっとりした気分が関係している時に使用される。」
《英雄の生涯》ではほかにもGesdur, Fisdurのところがいくつか出てきますが、やはりうっとりと陶酔しているような場面であることが多いです。
小節番号309(練習番号35)
Ob. Solo Vn. 1st Vn

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9.敵対者の主題
この主題は『英雄の敵』-a の主題の断片を拡大して作られていると思われます。『英雄の敵』の性格を持つ主題。

小節番号436(練習番号49の7小節目 2拍目裏)
Tp.

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10.愛の主題または勝利の歌の主題
第5部『英雄の業績』冒頭に登場します。第4部最後の陽気で自信に満ちた愛の主題を引き継いで演奏されます。勝利を収めた『英雄』はここから人生の歩みへの回想に入っていきます。

小節番号659(練習番号80の2拍目)
Ob. 2nd Vn. Vla.

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11. 牧歌的モチーフ
平穏の訪れを示すモチーフ。

小節番号828(練習番号99の2拍目裏)
E. H.

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12. 諦めの主題
この主題は第6部『英雄の引退と完成』のからその全貌が明らかになりますが、実はこれまで部分的に第3部・第5部で登場しています。

小節番号854アウフタクト(練習番号102の4小節前アウフタクト)
Vn.

諦めの主題

部分的に登場
小節番号229アウフタクト(練習番号26の7小節目)
Solo Vn.

諦めの主題 断片1

小節番号705アウフタクト(練習番号85アウフタクト)
Cl. Vla.

諦めの主題 断片2

"諦め"とはなんのことを指すのか?これは今日一般的に使われる、"見込みがなく断念する"という意味ではなく、"真理を悟り、迷いが去った"状態のことを指します。仏教用語の”諦念”の概念に近いイメージでしょう。岡田暁生氏著 リヒャルト・シュトラウス(音楽之友社)の中で次のように書かれています。

第2次ミュンヘン時代の交響詩から新たに加わってくるのが、すでに述べたような哄笑と力への意志、そして哀愁に満ちたフモール(※ユーモア)の要素である。ただ力を誇示し嘲笑するだけではない。ツァラトゥストラも、ドン・キホーテも英雄も、あるいはティルも、最後は自分の卑小さの認識に至り、諦念の微笑みの中でこと切れるのだ。これによって音楽は、単なる自己顕示にとどまらない、ある種の客観性を獲得する。

皆さんこの"諦念の微笑み"についてイメージできるでしょうか。僕には人生の幕を閉じる時に想う”諦め”がどんなものなのか正直まだイメージできませんが、この『英雄』は笑って人生を終えられた気がします。R.シュトラウスはただ『敵』に勝った『英雄』で終わらせるのではなく、"諦念の境地"に達した『英雄』までを”本当の勝利”と考えて描きたかったのではないでしょうか。ここまで考えると、R.シュトラウスの本当に意図していた《英雄の生涯》の終わり方はやはり初稿版だったんじゃないか、と思います。(現行版派の方、すみません。)

以上が、《英雄の生涯》の主題・モチーフでした。
今回は長かったですね!お疲れ様でした。
まとめに行きましょう!

まとめ

《英雄の生涯》の構成・主題について、整理できたでしょうか?パッと見複雑ですが、整理していけば段々と見えてくるかと思います。スコアを見ながら何度も読み返して頂ければ嬉しいです。
《英雄の生涯》、知れば知るほどおもしろいですね。

では、次は第3回 楽曲分析編(後編)でお会いしましょう!

今回の一枚

R.シュトラウスの自作自演盤。作曲者の自作自演は参考に聴いておくべし。
今回はR.シュトラウス生誕150年記念として2014年発売にドイツ・グラモフォンから発売された自作自演集。モノラル録音です。音は聴きやすく処理されていると思います。





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