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杉山勝彦とはエモーションの作家である。

普段音楽を聴く方でも作曲家のお仕事まで詳しい方は少ないのではないでしょうか??今回の記事は、”紺碧のうたプロジェクト”で作曲をしてくださる杉山勝彦さんとはどんな作曲家なのか、より多くの方に知っていただきたい!という私たちの思いに早稲田20卒OBで音楽ライターとして活躍するボブさんが応えてくださり、執筆していただいた紹介特集です!

杉山勝彦という作曲家

私が初めて「杉山勝彦」という作曲家を意識したのは、乃木坂46の「君の名は希望」を聴いたときである。そしていまでもこの曲は、あらゆる杉山勝彦作品のなかで最高傑作だと思っている。

もちろん、彼のデビューから現在までのキャリアを無視するわけにはいかない。2007年にソングライターとしてデビューして以来、倖田來未に「好きで、好きで、好きで」(2010年)、中島美嘉に「一番綺麗な私を」(2010年)、私立恵比寿中学に「仮契約のシンデレラ」(2012年)を提供している。どれも各アーティストの持ち味を生かしつつ、新たな側面を開拓した名曲たちだ。その一方で、2013年には上田和寛とともにフォークデュオUSAGIを結成。路上ライブで人気を集め、翌年にはメジャーデビューを果たした(現在はTANEBIに改名)。そして現在でも作詞家・作曲家・編曲家として幅広い活動を続けている。

ではなぜ、私は杉山勝彦作品のなかで「君の名は希望」が最高傑作だと思うのか。
この曲以上に、杉山勝彦の作家性を体現している作品はないからである。

 
杉山勝彦の作家としてのシグネチャー

「君の名は希望」は2013年3月にリリースされた乃木坂46の5枚目のシングルだ。この曲は今でもアイドルソング屈指の名曲と呼ばれ、「清楚な少女たちが悩みながらも進む」という乃木坂46のパブリックイメージを作りあげたことでも知られている。秋元康の書いた詞を要約するとこうだ。

自分を押し殺していた少年が少女との出会いによって抑圧されていた内面が解放され、少年は未来へ希望を持つ。個人の孤独が他者と出会いによって、だんだんと希望に満ちていく姿を秋元は克明に描写した。



一方杉山も、その歌詞にふさわしいメロディとアレンジを作りあげた。
清廉なで軽やかなピアノとイントロから始まり、語り出すように歌うAメロとBメロ。バックには四つ打ちのバスドラ、ギター、ピアノ、ストリングスが入ってくる。そしてサビ前のシンセサイザーのフレーズとストリングスとともに爆発する開放的なサビ。大サビでは最高音に達し、転調しラストのサビへと流れ込んでいく。そしてアウトロのピアノは、よりしなやかにイントロのフレーズを弾き直し、楽曲に余韻を持たせる。
しなやかでせつないストリングスとピアノ、ギターの音色と、開放的で疾走感のあるビートとシンセサイザーのフレーズ。あるいは、AメロとBメロで助走をつけながらサビで一気に爆発する構成。「切なさ」と「開放感」。その2つが合わさったとき、聴衆はエモーションを感じる。
そう、杉山勝彦はエモーションを喚起させることに長けた作家なのである。

このエモーションを喚起させるメロディとアレンジは、「君の名は希望」以降顕著になる。TANEBI(USAGI)の代表曲「イマジン」(2014年)や「好きを超えたヒト」(2015年)、乃木坂46に提供した「きっかけ」(2016年)、そして家入レオに提供し日本レコード大賞作曲賞を受賞した「ずっとふたりで」(2017年)は、サビにかけてゆっくりと盛り上がるメロディ展開と、ストリングスとピアノに重点を置いたアレンジで、よりエモーションを増大させた。

「せつなさ」と「開放感」の同居。これが杉山勝彦という作家のシグネチャーだ。

ではなぜ、この2つの相反する要素を持っていると、なぜエモーショナルな気分になるのか。その答えはMr.Childrenにある。


Mr.Childrenとエモーション

もしもあなたが「Mr.Childrenの楽曲」を想像しろと言われたら、どのような曲を頭に浮かべるだろうか。

Aメロ、Bメロ、サビにかけて盛り上がっていくメロディ。
恋愛にまつわる揺れ動く内面を描いた歌詞。
ピアノとストリングが強調されたアレンジ。
隙間を縫うようにはめ込まれたギター。
主張の薄いシンプルなベースとドラム。
めいっぱいに声を張り上げるボーカルスタイル。

おそらく、これが一般的な「Mr.Childrenの楽曲」に対するイメージであろう。彼らの代表曲「Sign」や「しるし」は、まさにこのイメージに合致する。




フロントマンである桜井和寿が、このスタイルを確立したのはデビューから8年後。アルバム『Q』に収録された楽曲「つよがり」においてだ。


お互いの本心をわかり合おうとする男女の心情を描いたこの楽曲は、低いキーから始まるAメロは、Bメロにかけて徐々に高いキーに移行していき、サビで最高音に達する。そしてメロディの盛り上がりに寄り添うように、サビのメロディでは流麗かつ壮大なストリングスが展開されていく。
桜井のメロディと声の持つ切なさとエモーショナルさを、アレンジによって増幅しているのである。

プロデューサーの小林武史が手がけたこのアレンジは、後期ビートルズの楽曲(「The Long And Winding Road」、「Let It Be」)からの影響を感じさせるものだ。

実はストリングス&ピアノのアレンジは、ビートルズのメンバーからも不評だった。過剰なまでに切なさとエモーションを喚起してしまい、曲の繊細さを削いでしまうからだ。

しかしこうしたアレンジは、Mr.Childrenの折り目正しく展開していくエモーショナルなメロディラインや恋愛の葛藤を歌った歌詞、そして桜井和寿の声と相性がよかった。

「つよがり」はアルバムの収録曲でありながらベストアルバムに収録され、ファンからの人気が高い楽曲にまで成長していく。

そしてその後もMr.Childrenは小林武史とともにストリングスとピアノを強調した楽曲を生み出していった。

いつしか、桜井和寿のサビにかけて盛り上がるメロディ展開と、小林武史のストリングス&ピアノの緩急を用いたアレンジは、聴衆にエモーションを喚起させるものとして浸透していく。例えば、ゆずの「栄光の架け橋」(2004年)やコブクロの「蕾」(2006年)、いきものがかりの「SAKURA」(2006年)などは、どれもそのフォーマットを踏襲した楽曲だ。
そしてみな「エモい」と形容されるような楽曲である。

ここでの問いをまとめると、Mr.Childrenと小林武史はエモーションを喚起させる「黄金比」を2000年代に見つけた。それは「切なさ」と「開放感」をほどよく同居させることであった。そしてその手段は、折り目正しいメロディ展開とストリングス&ピアノのアレンジだ。それがいつしか他のJ-POPアーティストに真似されたことによって、Aメロ・Bメロ・サビで展開していくメロディと、ストリングスとピアノの音色を聴くと聴衆は自然と「エモく」なるようになったのである。

つまり、杉山勝彦が「エモーションの作家」になったのは、Mr.Childrenから多大なる影響を受けたからではないだろうか。


杉山勝彦はもはや「ひとりMr.Children」である

1982年に生まれた杉山は、多感な10代をMr.Childrenの音楽と共に過ごした。ミュージシャンを目指すきっかけも2001年に開催されたツアー「POP SAURUS 2001」を目の当たりにしたことだという。2017年7月に放映された『関ジャム』では、スキマスイッチと共にMr.Childrenの魅力について熱弁をふるっていた。いわば、彼の音楽の原点には「ミスチル」があり、作曲家としての血肉になっているのである。
しかし、杉山勝彦という作家が恐ろしいのは、ただMr.Childrenの影響を受けているだけではないことだ。

なんと彼が作曲した乃木坂46の「きっかけ」を桜井和寿がカバーしたのである。桜井はこの楽曲について「小林武史アレンジのMr.Childrenの曲」と評した。杉山は、もはや桜井和寿と小林武史の要素を併せ持った、最強の「ひとりMr.Children」なのである。


「紺碧のうた」プロジェクトで生み出されるコロナ時代の「エモさ」

このように杉山勝彦とは、心のなかのエモーションを喚起させられる作曲家だ。だからこそ、今回の「紺碧のうた」プロジェクトに彼が参加したことには大きな意義があると思っている。

このコロナ禍において、多くの人が家に籠って「フィジカル・ディスタンス」を取らなければいけなくなり、「密」を避けることを強いられている。しかしながら入学式や卒業式、あるいは様々なイベントは「密」になることでエモーションを生み出すものだ。「早稲田大学校歌」や「紺碧の空」は大勢でシンガロングしてこそ、「エモい」ものなる。「密」を生み出せない状況では、エモーショナルになれないのである。

しかし杉山勝彦の「切なさ」と「開放感」が同居した楽曲ならどうだろう。それぞれが心の内側でエモーションを感じることができるはずだ。人によっては音の要素が、コロナ禍で感じた混沌とした想いと共振し、より深いなにかを感じるかもしれない。
校歌や「紺碧の空」とは違い、同じ場所にいなくても、一緒に歌わなくてもいい。曲を聴いてなにを思い、なにを感じるかも人それぞれだ。けれども、自然と「エモさ」は感じる。そんな楽曲が新しい早稲田のうたになるのではないだろうか。

(ライター ボブ)