見出し画像

36協定と年次有給休暇取得時間

こんにちは。

IPO支援(労務監査・労務DD・労務デューデリジェンス)、労使トラブル防止やハラスメント防止などのコンサルティング、就業規則や人事評価制度などの作成や改定、各種セミナー講師などを行っている東京恵比寿の社会保険労務士法人シグナル代表 特定社会保険労務士有馬美帆(@sharoushisignal)です。
お仕事のご依頼はこちらまで info@sharoushisignal.com


先日、顧問先の担当者様から「時間外労働時間には有給休暇取得時間は含めないという認識で良いのでしょうか?」というご質問をいただきました。 

時間外「労働」時間だから、労働していない年次有給休暇(有給休暇)の時間は含めないのが当然だと思われた方、たしかにその通りなのです。

ですが、なぜ今回のような「有給休暇取得時間を含めるのか?含めないのか?」という疑問が出てきてしまったのかを考えてみたいと思います。

 

今回の担当者の方は、フレックスタイム制の場合に有給休暇取得時間を「労働したもの」とする扱いが強く印象に残っていて、通常の時間外労働時間を考える際に混乱してしまったのかもしれません。

 

まずは通常の働き方の場合の時間外労働から考えてみましょう。
 

 

<時間外労働時間の考え方>
時間外労働が実際に行われるには時間外・休日労働に関する労使協定(36協定)の締結および届出が必要になります。
そして、その時間外労働には労働基準法(労基法)で上限が定められています。 

原則的な上限は、月45時間、年360時間以内です(労基法第36条第3項、第4項)。
臨時的な特別の事情がある場合は特別条項を用いて原則的な上限を超えることができますが、それにも上限があります。
さらに時間外労働と休日労働との合計での絶対的な上限も設けられています。 

そして、労基法が時間外労働に関する規制の対象とする労働時間(労基法上の労働時間)は法定労働時間(原則として1週40時間、1日8時間)を超えて実際に労働した時間(実労働時間)です。

 実労働時間とは、実際の労働時間ということなのですが、それでは説明になっていませんよね。
実は、労基法には労働時間そのものの定義がないため、最高裁判例で「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義されています(最一小判平12.3.9)。

 

以上から、労働時間と時間外労働時間とは 、

ということになります。

 

「有給休暇を取得した日または時間」は実労働時間ではないため、時間外労働の原則的な上限である限度時間の「月45時間」や「年360時間」について考える際や時間外労働の割増賃金について考える際は、有給休暇を取得した時間を含めない、実労働時間でカウントすることになります。

 

人事労務担当者の方は、自社の従業員の方が限度時間を超えないかを毎月や毎年確認しなければなりませんが 、

という引き算で確認してみてください。
繰り返しになりますが、「時間外労働時間」には有給休暇を取得した時間は含めません

 

次に、フレックスタイム制と有給休暇について見ていきましょう。
フレックスタイム制の場合は、「時間外労働時間の割増賃金の計算」と「時間外労働時間のカウント」で、有給休暇の扱いが違ってくることが重要なポイント
です。

 

<フレックスタイム制における時間外労働時間の割増賃金の計算>
まずは、割増賃金の計算からです。

 フレックスタイム制の場合には、対象となる労働者が有給休暇を1日取得すると、労使協定で定めた標準となる1日の労働時間を「労働したもの」として取り扱う必要があります(昭和63年1月1日基発第1号、平成9年3月25日基発第195号)。 

これは、割増賃金の計算の場合の取扱いに関する通達です。
この取扱いの理由は、有給休暇を取得した時間を「労働したもの」として取り扱わないと、時間外労働の割増賃金の計算において不利な結果となってしまうからです。 

例えば、精算期間1か月のフレックスタイム制の法定労働時間の総枠が160時間、標準となる1日の労働時間が8時間、その月の実労働時間は160時間だとしましょう
フレックスタイム制では、精算期間における法定労働時間の総枠を超えた時間が時間外労働としてカウントされます。

 この月に有給休暇を1日取得したとして、その日の有給休暇取得時間(標準となる1日の労働時間である8時間)を「労働したもの」として実労働時間に足さないと、働く人が時間外労働の割増賃金の計算において損をしてしまう結果となってしまいます
次の表でご確認ください。

有給休暇取得時間を正しく「労働したもの」として扱わないと、この例では、従業員の方が本当はもらえるはずだった8時間分の時間外労働の割増賃金(残業代)がゼロになってしまいます。

 

企業の側からすると、未払残業代問題が発生していることになり、労務監査(労務DD・労務デューデリジェンス)や労働基準監督署の臨検調査で違法の指摘を受けたり、訴訟などの労使トラブルが生じたりすることになりかねません。

 

このような問題を避けるために「労働したもの」として取り扱うわけですし、労使協定で「標準となる1日の労働時間」を定めるのも、有給休暇を取得した場合の「労働したもの」として扱う時間を確定するのに必要だからなのです。

 

<フレックスタイム制と時間外労働時間の限度時間との関係>
次は、フレックスタイム制と時間外労働の限度時間の関係を見てみましょう。 

前にご紹介したように、時間外労働時間の限度時間は、月45時間・年360時間でした。
さらに、36協定に特別条項を設けると、法定の範囲内で限度時間を超えることも可能ですが、今回は限度時間を例にご説明します。

 

フレックスタイム制の場合は、「法定労働時間の総枠」を超えると時間外労働として扱われることになります。
この点については、別記事(「フレックスタイム制(法定労働時間の総枠の「原則」と「特例」)と36協定」)で詳しくご紹介していますので、ぜひご参照ください。

 

ここでは、フレックスタイム制の精算期間1か月、法定労働時間の総枠が160時間(精算期間の歴日数が28日の場合、または、完全週休2日制で月所定労働日数が20日の場合)という例にします。

 

限度時間に関して、「総枠」である160時間を超えたかどうかをカウントする場合は、「時間外労働の規制」に関する問題ですので、「実労働時間」だけでカウントします。
ということは、36協定の遵守に関して実際に労働していない有給休暇を取得した時間は関係ないということになりますね。 

時間外労働の規制に関しては、あくまで実労働時間で見ていくというのは、通常の働き方もフレックスタイム制も変わらないということです。
フレックスタイム制の場合は、割増賃金に関しての有給休暇時間の扱いの問題があるので、ここが混乱の元で、冒頭のご質問となったのでしょう。

 

今回の内容を表にまとめておきます。

労働時間は賃金と並んで労働基準法上最も重要な労働条件ですので、基本から理解しておく重要性も非常に高くなります。
このnoteでもこれまでにさまざまな形でご説明をしていますので、ぜひお時間のあるときにそれらの記事もお読みください。


それでは次のnoteでお会いしましょう。


お仕事のご依頼はこちらまで info@sharoushisignal.com
※お問い合わせを多数頂いており、新規のご依頼に関しましては、原則として人事労務コンサルティング業務、就業規則等の作成業務、労務監査(労務DD・労務デューデリジェンス)業務のみをお引き受けさせていただいております。
できる限りお客様のご依頼にはお応えするように努めておりますので、まずはお気軽にお問い合わせください。
X(Twitter)でも発信しています。

以下、執筆、解説などの一部をご紹介しています。ぜひご覧ください。



IPOの労務監査 標準手順書
https://amzn.to/43b2S2h
M&A 人事デューデリジェンス標準手順書https://amzn.to/3ISMfPL
起業の法務――新規ビジネス設計のケースメソッドhttps://amzn.to/3PgZvkE
Q&A 越境ワークの法務・労務・税務ガイドブックhttps://amzn.to/4cbon7a

8


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?