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Dr.本田徹のひとりごと(44)2012.8.14

東ティモールからの便り
  - 安全な妊娠と出産のためにシスカを役立てよう!

 1年ぶりに東ティモールを訪れています。去年は、沖縄平和賞の副賞を活用して、途上国のプライマリ・ヘルス・ケアの先駆者、デビッド・ワーナーさんを東ティモールに招き、シェアが活動するアイレウ県と首都のディリでワークショップや講演会を開き、住民、保健ワーカー、教師、保健・教育関係の行政官らと実り多い交流や、共に学ぶ機会を作ることができました。
 それから1年、さまざまな障害や困難を抱えながらも、それらを乗り越えて、住民も、シェアのスタッフも現場で働く保健スタッフも、FHP(Family Health Promoter)と呼ばれる保健ボランティアも学校の先生たちも、健康な地域づくりを目指して引き続きがんばってくれていて、とても鼓舞されました。
 山がちで、雨期などに道が寸断されてしまうこの島国に住む住民にとって、移動手段の限られた中で、いざというときに適切な保健や医療のサービスを確保するのは実に大変なことです。そこで2008年以来、シスカ(SISCa) と呼ばれる、包括的地域保健活動 Servisu Integradu da Saude Communitaria. (Integrated Community Health Services).が国の重要な保健政策の一環として取り組まれて来ました。保健サービスへのアクセスの改善と、予防活動に対して人びとの意識を高め、行動変容を促すことがシスカの2つの大きな目的と言えます。国全体の政策として推進されてきたとは言え、全国の13県の中でも、進捗の度合いに差が大きいのが現状です。その中で、保健ボランティア(FHP)の養成やフォローアップ、DTTと呼ばれるトレーナー(多くの場合、保健センター・スタッフから選ばれます)によるシスカの現場での指導、さまざまな保健教育教材の開発などで、シェアが展開するアイレウ県は、モデル的な役割を果たし、保健省からも高く評価されてきました。

ラハエ村のシスカで住民に説明するシェアのスタッフ、イナシオさん

 今回は、アイレウ県のラハエ村(246家族、人口1062人)で11月7日に開かれたシスカに同行したときの様子をご紹介します。
 会場となった村の集会場(集落長の家)には、朝から大勢の子ども連れのお母さんたち(ときには、父親やおじいさんに抱かれた子どももいます)がつどい、受付や体重測定、上腕周囲径の測定、母子手帳への体重の記入、保健センターのスタッフやキューバ人女性医師による診療、ワクチン接種や投薬、説明などで、和気藹々(わきあいあい)の雰囲気のうちにもごった返していました。こうした一連の母子健診は、「6つのテーブル」に別れて行われることになっていますが、スペースの制約もあり、なかなかその通りに机を並べて行うことはできません。シスカは5歳未満の小児とお母さんたちを主要な対象にしていますが、その便益は本来地域住民全体に対して開かれています。この日とくにそのことを痛感したのは、同行したシェアの保健専門家・看護師の工藤芙美子さんに往診を依頼されたある高齢女性のことでした。オーガスタさんという74歳の身寄りのない方で、ラハエ村の水田の中に小さな小屋を立て、すこしばかりの田を耕して、暮らしていましたが、数ヶ月前から足腰が弱り、慢性的な咳も続くようになりました。徐々に衰弱していくおばあさんを見かねた隣人が、自分の家の台所に仮の寝床を作り、食事を出したりして世話していましたが、咳や痛みや足の腫れでいよいよ動けなくなり、隣人からシスカに相談が寄せられたというわけです。
 本田が、アイレウの保健専門家の尾崎里恵看護師や東京事務局の吉森悠さんらと坂をすこし下ったところにあるお宅を訪ねてみました。オーガスタおばあさんは、70歳台なかばということですが、長年の田畑での苦労のせいか、80歳を超えたくらいにお見受けします。暗い穴倉のような、竈(かまど)の煙の立ち込める台所に、粗末な布切れで仕切りされた一角があり、そこにおばあさんは臥(ふ)せていました。早速お許しをいただいて、診察すると、両方の肺、とくに右の肺に雑音(ラ音)が著明に聞かれます。この状況、経過から私が一番心配したのはやはり結核でした。診察中も絶えず、痰のからんだ咳をしています。聞けばもう9ヶ月も咳をしているとのこと。それにお腹を触ると腹水がたまっています。体中に刺青(いれずみ)があり、もしかすると、ウイルス肝炎を刺青の針で移され、肝硬変の状態にまで進んでいるのかもしれません。それに足が腫れあがり、大きな潰瘍もできていました。
 オーガスタさんはもうここから動きたくないと言い張っていましたが、これだけ弱り切っていて、家にいながらよくなる見込みはありません。また、隣人一家の世話も限界に来ていました。その上、この台所には、子どもを含めて人の出入りが多く、結核だった場合、他にも感染する人が出てくるでしょう。なんとかおばあさんを説得し、キューバ人の女性医師に紹介状を書いてもらい、村から車で30分足らずのところにある、隣接のアイナロ県マウベシにある地域リフェラル病院(Regional Referal Hospital of Maubisse) に運ぶことにしました。受け入れの病院の方にも、キューバ人の女医さんが待ち受けていてくれ、無事入院となり、おばあさんも最後は納得された表情で私の手を握ってくださいました。彼女が今後どうなるかは分かりませんが、孤老という境遇でもあり、よほど病気が好転しない限り、元の生活に戻ることはむずかしいでしょう。ある意味、日本の山谷地域などで、日々私が直面している医療や福祉の課題に、こんなに地理的にも、文化的にも離れたアイレウの山奥でも遭遇することになったことは、実に感慨深いところがありました。

ラハエ村の民家の台所で病気のおばあさんを診察する本田

 さて、シスカの乳幼児健診ですが、やはり、この地の多くの子どもたちの栄養や成長が伸び悩んでいる様子は、毎回の体重測定のカーブを見ていくと明らかで、これだけシスカがシステムとして地域に受け入れられた今、これからの課題として、見つかった子どもたちの栄養失調にどう対処していくか、ということも見えてきました。いずれにしてもこれはコミュニティ全体の問題ですので、住民の代表やそれぞれの子どものお母さん、お父さんたちと膝を突き合わせて相談し、解決を図っていかねばなりません。

 最後に、このシスカ活動の翌日、シェアの全スタッフはディリのチームハウスに集合し、まとめの話し合いをしました。午後のセッションでは、私にも時間が与えられ、お産をめぐる病気の話をさせてもらいました。風疹などの感染症が、妊娠中にかかると恐ろしい先天性の障害を、生まれてくる子どもに引き起こす危険性あることを説明し、結核、マラリアなどの病気のおさらいをしました。私が強調したのは、東ティモールではお産がもとで、まだまだ多くの母親が命を落としているということです。2006年の推計で、MMR(妊産婦死亡率)が出生10万あたり660となっていました。最近この数字が半減してきているというのですが、慎重に推移を見守る必要があるでしょう。

妊娠出産に伴う病気の説明をする本田

 お母さんが妊娠後期にかかる病気で最も恐ろしいものの一つに、子癇(しかん)前症(英語で、Preeclampsia)があります。妊娠高血圧腎症と最近は呼ばれることの多いこの病気の原因はなお不明ですが、胎盤を構成する夫の側に由来する抗原(たんぱく質)に対する一種の免疫反応という側面も疑われています。異常な高血圧や蛋白尿、浮腫、頭痛などを伴い、放っておくと母親と胎児両方の命を奪います。根本的な治療として、胎盤を一刻も早く母体から出してあげることが、必要になります。そのために、帝王切開や分娩の誘発など専門的な治療、また痙攣(けいれん)の予防・治療のための硫酸マグネシウムの注射などが施されます。
今回私は、ソフィーという若い女性が初産をする予定になっていたところ、妊娠8ヶ月の段階で子癇前症を発するという想定で、寸劇(ロールプレイ)を書きました。
題して「産婆さんのとっさの判断で危ういところで助かったお母さんと赤ちゃん」
ソフィーの夫のオーガストは気のいい男だが、酒好きで、ソフィーが急に具合悪くなった夜も夕方から友達と飲みに出かけてしまう。ソフィーは急に息苦しくなり、頭痛や腹痛も耐えがたくなったため、グランマつまり、オーガストの母親に助けを求める。グランマはすぐに信頼されている地域の伝統的産婆さん(TBA)のイレーネを呼びにやる。イレーネは飛んできてくれ、異変に気づく。これは命に関わる一大事というので、イレーネ自身がつき添ってすぐにヘルスセンターに連れて行く。ヘルスセンターの医師ステファンは血圧が180にも上がり、尿に蛋白が多量に出ていることを確かめ、子癇前症と診断し、その日のうちに分娩を誘発し、母子ともに救う。
一方、家では酔ったオーガストが遅くに帰ってくると、母親は激怒し、箒(ほうき)で息子のお尻を叩き、目を覚めさせる。すぐにヘルスセンターに行って、ソフィーのそばにいてあげなさい、と母親は厳命します。
翌朝、ステファン医師は母親と子の枕元を訪れ、1日遅れたら助けられなかったかもしれないと説明する。「次の妊娠からは、きちんとシスカに参加して、血圧を測ってもらい、妊婦健診を定期的に受けておくこと」と、助言し、ソフィーも納得する。
 次に、そばに座っている夫オーガストに向かってステファン先生は大声で叱正する。「この酔っ払いの大ばか者! もし賢い産婆のイレーネがいなければ、お前の妻も子どもも死んでいたところだぞ。反省しろ。」 
 「はい、先生。すみませんでした。二度とこんなばかな真似はしません。」
そう言って彼は妻と子を抱きしめる。
 最後はめでたしめでたしで、この寸劇は終わります。今回は、研修のしめくくりに大慌てて演じてもらっただけですが、結構笑えました。
 何度か練習して、そのうちにシスカで演じてもらい、妊婦健診の大切さが、地域のお母さんやお父さんに伝われば幸いだと思っています。

寸劇「産婆さんのとっさの判断で危ういところで助かったお母さんと赤ちゃん」 妊婦ソフィーの脈を取りお腹を調べる伝統産婆のイレーネ

それでは、今日はこのへんで失礼します。

2012年11月10日


【お知らせ】NHKドキュメンタリー番組「Asia Insight」 で
       シェア東ティモールの母子保健活動を紹介! 11/19(月)

シェア東ティモールは2007年より、東ティモールの国家プログラムである 保健ボランティアの育成や母子健診を支援しています。 病気の予防方法を人々に伝え、お母さんと子どもの命を守る母子健診活動を 行う農村の保健ボランティアを、シェアはアイレウ県で約200名養成して きました。
保健ボランティアの村での活動と、彼らを支援するシェア東ティモールスタッフを追ったドキュメンタリーです。 東ティモールについて、そしてシェアの活動について最新の映像を ぜひご覧ださい!

「East Timor's Mobile Health Clinics  命を守れ ~東ティモール移動健診~」 30分間

 NHK BS1(日本国内で放映・日本語副音声あり)
 11月19日(月) 午後14時~14時30分
 11月24日(土) 深夜3時~3時半 再放送



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