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Dr.本田徹のひとりごと(50)2014.1.9

国際協力と「記憶は愛である」(森崎東監督)ことの意味
― 小島辰雄さんの塗り絵、「線路沿いの道」に触発されて

塗り絵 「線路沿いの道」 

「記憶海」(きおくみ)に とよもす声を 手繰りつつ
  昔を今に 生き新(あら)ためる

このホームページをご覧いただいている皆さまへ、新年のご挨拶を申し上げます。昨年はシェアの創立30周年で、いろいろなイベントを開かせていただきましたが、その都度皆さまから温かいご支援やご参加を賜り、本当にありがとうございました。
今年も、5月24日の日本国際保健医療学会東日本地方会の主催を、シェアが引き受けさせていただくこととなり、「マイノリティと健康」というメインテーマで、さまざまなマイノリティの人びとが置かれている健康格差や、人権上の課題をじっくり、共に考え、共に行動する機会としたいと念願しています。シェアは今年も目標を立ててがんばります。どうかこの学会にも奮ってご参加いただくよう、心からお願い申し上げます。
さて、私のこの「ひとりごと」もいつの間にか、このたび50回目を迎えます。振り返ってみると、初回は2004年12月6日のことで、「途上国ニッポン:かあちゃん、虫がぼくの口からでてきたよ」と題するものでした。50回に辿り着くために、10年近くを要したことになります。遅筆ぶりに我ながら、あきれ驚きますが、この気の長さを受け入れて、ときには理屈っぽい文章にのんびりお付き合いいただき、読み続けてくださった皆さまに心より感謝です。
発端は、当時シェア東ティモール事業担当であった、青木美由紀さんから、気軽にエッセーを綴ってみて、と勧められたことでした。確か、「ひとりごと」というタイトルも、「肩肘張らないように、つぶやき程度でよいですから」という配慮から、青木さんが付けてくれたように記憶します。その2年ほど前に、エルメラ県で始まった地域や小学校での保健教育活動の関連で、ロールプレイ(寸劇)などの保健教育教材を開発していく必要があり、私も恩師の佐久病院院長、故・若月俊一先生作の「いけどり」という素晴らしい回虫擬人劇を、東ティモール向けにすこし書き変え、英文にして現地にもっていき、ティモール人のスタッフに演じてもらったのでした。これが予想以上に好評で、楽しい出来事となり、エルメラの小学校などで「定番」のお芝居として演じられるようになりました。幼少期の私自身が、回虫をおなかに飼っていた体験の記憶も喚起されて、1回目の文章を書くことになったのだと思います。

さて、去年の8月か9月、私は小島辰雄さんという、97歳におなりの葛飾区在住の、いまでもお付き合いのある方から、「線路沿いの道」と題する、素晴らしい塗り絵をお送りいただきました。小島さんは、以前、私が働いていた病院の患者さんだったのですが、退職後もきちんきちんと毎月、すぐれた塗り絵を、何年にもわたって送り続けてくださっています。玄人はだしのアマチュア写真家である小島さんは、色彩感覚や構図の取り方に秀でておられ、毎月、こうした作品を創り、友人・知人に送ってくださることを、生きがいとされています。
麻痺で効き手の機能が失われ、左の手を使って、これだけの作業を毎月ご自分に課しておられる小島さんのお姿には、ほんとうに頭がさがります。この作品は、枕木を敷き詰めたような線路沿いの道や、お姉さんが年下の兄弟姉妹の世話をしているといった、子どもどうしの関係を見ても、いまや都会というか、日本からはほぼ完全に失われてしまった、一場の情景で、私自身の幼年時代の思い出と重ねあわせて、こみあげてくる懐かしさと愛惜の念に胸を衝かれました。でも、東ティモールやカンボジアに行くと、お姉さんが年下の子どもたちの世話を焼いたり、学校で習ってきたことを、教えてあげたりするのは今でも当たり前のことで、そのことを磨き上げていくと、「チャイルド・トゥ・チャイルド」(子どもから子どもへ)という、途上国で広く行われている保健(健康)教育のやり方に発展していくのかなと思いました。

昨年の暮れに私は、森崎東監督の最新作「ぺコロスの母に会いに行く」という「老親介護」をテーマとする映画の制作現場を描いた、NHKのドキュメンタリーを観る機会を得ました。番組自体にも感動しましたが、「記憶は愛である」という監督の信念が、どのように映画で生かされるのか、に興味を引かれ、数日後、私は渋谷のユーロスペースに、この映画を実際に観に行きました。
現在上映中の映画でもあり、細かいストーリーや原作の漫画のことは省かせていただくとして、長崎に住む認知症のお母さんが、伝統のランタン祭りに家族に伴われて行き、迷子になってしまうことが、この作品のクライマックスとなります。ふらふらと歩きながら、お母さんは、学童時代に歌い親しんだ「早春賦」を口ずさんでいるうちに、すでに他界した懐かしい人や愛しい人たちが歌に呼び寄せられ、互いに再会する場面は、涙なしには見ることができませんでした。人が、におい、音声、絵画などを通して、過去の出来事を一気に思い出し、取り戻すことは、大脳生理学でも、紫式部やプルーストの物語文学でも、よく知られた事実ですが、「記憶は愛である」が、「愛には記憶を甦らせる力がある」ことこそ、森崎さんが伝えたかったメッセージなのだと、映画を観て得心できました。

線路沿いの道を辿ることで、私たちは時空を超えて、自身の幼年時代にも再び行き逢えるし、東ティモールやカンボジアやタイの農村でがんばっているお母さんや子どもたちにつながる回路を見出すこともできます。その意味で、きざな言い方ですが、「国際協力は愛である」ということも、真実であり、その気持ち・初心を失わずに、歩んでいくことの大切さを、映画と塗り絵を通して再認識させていただくことができました。

2014年1月9日

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